渦中へ 3
戦闘回です。暴力的な描写があります。
セリーヌが下がったその時、いきなり貴族席右翼から立ち上がった男が杖をかざした。
「【竜咆】!」
「【空間歪曲】」
杖の先の紅玉から迸った直径五フィート程の、ギュゼルを丸飲みに出来る大きさの火の球はしかし、コルネリウスとギュゼルに降り注ぐ前に、一階客席に居たレイヒの魔術によって跳ね返された。
跳ね返されたというのは正しくない。まさしく空間を捻じ曲げたことにより、火球は杖を振るった男の眼前で弾けたのだ。ドンと広間を揺るがす轟音。男の臍から上は消し炭と化し、その右腕は階下へ跳ねてセリーヌの肩に当たった。
一番前列に居たその男の左右と後ろ二列は巻き添えで落命、また火傷や熱波による怪我人もあった。カラン……と杖が転がり落ちる固い音が静寂を打ち破った。
悲鳴が、怒号が、沸き上がる中まず動いていたのはトマス、ピアスの二人だ。どこかで狼が吠えるのを聞く。一階広間の端と端から飛び出した二人はギュゼルの隣にトマス、国王の隣にピアスが並んだ。
「レイヒさん、他にやり様は無かったのかよ!」
「あったらやってます。人肉が焦げる匂いを嗅ぐのは久々ですね~」
ピアスの叫びにのんびりと答えるレイヒ。
二階席では近衛騎士らが槍を手に貴族らを囲んでいた。
さらに、
「国王陛下をお守りしろー!!」
号令の下、一階右翼の近衛騎士三名が壇上へ向かう。同時に立ち上がったハリエットが叫んだ。
「跳びなさい! 【影縛】!」
トマスは咄嗟にその場で跳び上がった。ハリエットの影が伸びて近衛騎士らの動きを止める。彼らは槍ではなく不似合いな短剣を手にしていた。
「よくやった」
「癇に障る男ね!」
無愛想な男の上からな言葉に無愛想な女は舌打ちする。
ハリエットの黒術に、騒ぎは高まった。得物を手に右往左往する寄せ集めのギュゼル姫護衛騎士団は、トマス率いる影の騎士団に襲い掛かり、要らぬ闘いが始まった。ユージェニアはそれを抑え込むことに手番を取られていた。
「おのれ……。インヴェリオはどうした……!」
策が不発に終わったと知ったダヴェンドリ公爵は、白術士を手配したインヴェリオ子爵を見たが、一階客席に居たインヴェリオは悔しげに顔を歪めたまま硬直し、動けずにいる。
(ぬぅ……、魔導師かっ!?)
先程グラーバー男爵の火球を跳ね返した男の仕業だろう。ダヴェンドリは左手の指輪をかざした。
「【障壁】! 陛下!」
だが、ダヴェンドリが魔道具を起動させる前に動いていたのはキンバリー伯爵だった。彼もダヴェンドリに負けず劣らずの鍛えぶりであり、まだまだ戦士としての動きが出来る。
同じく指輪の魔道具を起動させ、コルネリウスの前に投げやった。と、指輪から漏れた歪んだ虹色の半透明な膜がコルネリウスとピアスを包み込む。
「【雷撃】! ……キンバリーめ、邪魔立てを!!」
一歩で遅れたダヴェンドリが唸る。
彼が手を振るや、バジッと耳障りな音を立てて光の矢が膜を揺るがしていた。
「あっぶね!?」
ピアスが吠える。膜が二人を包み込むのと目に見えぬ速さの雷撃が刺さるのとはほぼ同時だった。
「もう降参なさっては? こちらの人々は、ぼくの術下で動けませんしね~」
「黙れ! 術士風情が!」
ダヴェンドリの一喝に、レイヒは困ったような微笑を浮かべた。二階席では、悲鳴を上げ続けてとうとう立っていられなくなったトリシアが、そのふくよかな体を床に投げ出していた。
◇◆◇
(何が……、何が起こっているというの……?)
目を見開いたまま、セリーヌは一歩も動けずにいた。
足元にはきな臭い腕が……胴体から離れた焦げた腕があるのだ。頭上の母が上げる奇声、悲鳴。貴族たちが情けなくわめく様。何より、こんな、肉が焼ける臭いや火が燻り木製の椅子が立てる異音や煙たさなど、こんなこと聞いていない。
(私は何も、……こんなことになるなんて聞いていないわ)
ただ、魔道具を使えば簡単に父と義妹を消せると、そう言われただけだ。
(何を、どうすれば良いの……? ああ、こんな時、レオンハルトが側に居てくれたら……!)
じわりと、セリーヌの目に涙が浮かんだ。
コルネリウスを見、ギュゼルを見て、セリーヌの心は乱れた。
独りきりの自分、守られているギュゼル……。父はセリーヌを愛さなかった。笑いかけても話しかけても、応えてはくれなかった。だがギュゼルはどうだ? 何の努力もなしに、セリーヌの権利さえ破って継承順位を上げたギュゼル。コルネリウスに愛され、アウグストに、テオドールに大切にされるギュゼル。
何が違ったというのか。
セリーヌは壇の後ろを回り、ギュゼルに近付いていった。トマスはハリエットが縛れなかった刺客二人を相手取って乱闘中で見ていない。ハリエットもまた術の維持に手一杯だった。
「お前さえ……!」
袖に隠しておいた毒針を手に取る。狙いはギュゼルただ一人だ。針を振りかぶり、義妹に向けたセリーヌだったが、ギュゼルのこぼれそうなくらい大きな翠玉の瞳と視線がぶつかって腕が止まった。
「お姉様……」
「…………!」
息を飲み、毒の美姫はその顔をくしゃっと歪めた。再び手を動かしたかと思うと、セリーヌはそれを自らの白い首に向けた。
「お姉様!!」
ギュゼルは渾身の力でセリーヌのたおやかな細腕にぶら下がった。
「離しなさいな! 針に触れれば死ぬわよ!」
「嫌です! 駄目よ、お姉様!!」
「私に妹なんて……」
いないわ、と。
言えればどんなにか楽だったか。
これまで戦盤の戦争に見立てて計画に参加していたセリーヌは、こんな目の前で人死にが出るまでそれが実際にどんなものであるか分からなかった。他人の手を借り、預かり知らぬところで消してきた、そんな命が幾つもあった。
人が死ぬ、それがどれ程の衝撃をもたらすのか、セリーヌは今の今まで知ることはなかったのだ。
ギュゼルを、自分を姉と呼ぶ、呼んでくれる幼い姫を、あんな風に消し炭にする、そう、してしまうところだった……!
セリーヌはさらに力を込めた。
「だ、め……! お姉、さ、ま……!」
「…………っ!」
ギュゼルは食いしばった歯の中で呟いた。
(助けて、ルべリア……!)
ガシャンッ!!
と、二階廊下の硝子窓が格子ごと吹き飛んだ。白壇上にもきらきらと乱反射しながら破片が降り注ぐ。
「【拡大障壁】……。やれやれ、派手なことを……」
レイヒの展開した虹色の半透明な膜がそれらから舞台を守る。セリーヌとギュゼルの柔肌が傷付くことはなかった。
「ルべリア!!」
「ギュゼル様、ご無事でいらっしゃいますか!?」
黒い髪を振り乱した裸足の女がそこにいた。




