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魔王子は女騎士の腕の中で微睡む  作者: 小織 舞(こおり まい)
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甘く囁く愛は毒を含んで ★

 ギュゼル様のパレードに合わせて、少なくない人数が一気に動いた。そのヒトの波に飲まれて、わたしイザヨイとアデレードさんの二人とはぐれてしまったのだった。



「ああっ、どうしましょう……」



 城まで行きたいのだが、このまま一人で行って良いものか分からない。きょろきょろと見回してみてもフードを被った者が多すぎて見つからない。



「ルベリア……」


「!」



(アウグスト様……!)



 後ろから囁かれた名前に胸が高まる……。振り向こうとしたらその前に抱え込まれていた。



(違う……!? アウグスト様じゃない!)



 鼻腔をくすぐったのは甘く爽やかなラヴェンダーの香り。

 ぞくぞくとした衝撃が体の芯を駆け抜け、背中が粟立った。瞬間、思い出されるのは絵の具の匂いと日の注ぐ部屋……。


「王太子殿下……!」


「その通り。ああ、会いたかった……ルベリア」



 ぱさり、とフードが落とされ、髪にキスされる気配がした。

 自然と体が震えて歯が小刻みに音を立てる。ああ、治まれ、治まれ……。



「お離しください、殿下……」



 毅然と言いたかったのに、口から出たのは弱々しい言葉だった。王太子殿下がわたしの耳許でくすりと微笑を漏らされたのが酷くわたしの心を引っ掻いた。



「可愛いね……震えているの? 大丈夫、僕が保護してあげるからね」



 子供をあやすような声音でそう言いながら、殿下の腕が締め付けをさらにきつくする。息が詰まって足がよろめいた。



「守ってあげるよ。どんな事からも。絶対誰にも傷つけさせない、約束する。だから、君に触れさせておくれ」


「……。申し訳、ありませ……」

「ああ、ダメだダメだそれじゃあ。断るときはもっとはっきり言葉にしないと。そんなのじゃあ男は止まらないよ? 特に、僕は」

「ひっ……」



 首筋に顔を埋められ、わたしの体は硬直した。

 鳥肌が立ち、涙が浮かんでくる。生暖かい息が鎖骨のあたりに纏わりつき、肩までのなだらかな首の筋肉に歯を立てられる。



 怖い……。動けない……!



 ダントン・ノレッジ卿とひと悶着あったときはもっと、殴ってでもやめさせてやろうという気概があった。それなのに今は、わたしを絡めとるこの腕をふりほどく事が出来ない。あの日の、ガラス細工のような瞳を思い出すと、どうしても足が震える。



(アウグスト様……!)



 ちゃり、と鎖の音がして、わたしは咄嗟に指先までピンと伸ばして手刀を作った右手を音源に叩き込んでいた。狙いは(あやま)たず当たった。手に衝撃が走る。加減はした。わたしは弛んだ戒めから抜け出して王太子殿下と真っ正面から対峙した。



「さすがに素早い」


「どう、して……?」



 王太子殿下の手から滑り落ちたのは……



隕鉄鎖(いんてつさ)ッ!」


「そうだよ。気や魔力の影響を断ち切る隕鉄の鎖だ。ブレスレットでも良かったんだけど、君には鎖の方が……よく似合う(・ ・ ・ ・ ・)


「どうして……どうしてですかっ! 貴方は聖堂の秘密を知りすぎている!」


「どうしてだろうね? 僕のところへ来れば教えてあげるよ」


「いやだっ!」


「……八重歯が可愛いね」


「はうっ!」



 気を付けていたのに……!

 わたしは両手で口を押さえたがもう遅い。隠したかったものを見られてしまった。



「この鎖……懐かしいだろうね?」


「……っ」


「隕鉄鎖に繋がれたら、魔力が溜まっても逃げていかないし使うことで減らせもしないから、負荷で体がどんどん傷んで、血を吐いて、内側から腐っていくんだ……」


「うっ……」


「苦しかった?」


「い、やだ……」


「水と蜜と塩だけで生かされて……、あの、暗い……」


「やめてください!! ……もう、やめて……」



 暗い地下牢に一人、繋がれて死を待つしかなかった。父が助けてくれたけれど、刻み付けられた恐怖は、長く、記憶の深くにしまうことすら許されなかった……。



「まさか君のことだとは知らなかった。でも、嬉しいな。君も、僕と同じような苦しみを味わったことがあるなんて……親近感を覚えるよ。僕も、長く苦しんだんだ、君とは違って、病気でね」


「…………」



 歪んでいる……!

 この(かた)は愛を履き違えている!



 触れられたくない傷を抉られて取り乱したが、鎖にさえ囚われなければいつでも逃げられる。吹き出す汗を感じながら、わたしは努めて冷静であろうとした。



「おいで、ルベリア。いい子にしていれば鎖で繋いだりしないよ。僕は君が欲しい……、ルベリア、愛しているよ」


「お断りします、王太子殿下」


「……断っても無理やり連れていくさ」


「鎖のない貴方に、わたしを押さえることなんて出来ません」


「こんなに……愛しているのに……」

「…………」



 感情の抜け落ちた貌のなかで、かんらん石(ペリドット)の瞳だけが燃えるようにこちらを見詰めていた。



 ヒトの波がわたしたちを置いて去っていく。わたしと殿下は少しの間お互いの瞳の中を覗き込んでいた。



「愛してる……愛しているんだ、ルベリア……!」


「わたしは……貴方を愛していない。これから先も貴方を愛したりはしない」


「それでも僕は…………殺したいほど、愛してる」


「!!」



 彼の歪んだ口が三日月をかたちどると、言葉に出来ない感情がわたしの背筋を寒くした。



『アウォー―――――ン!!』



 鐘のごとく大きく響き渡る遠吠えに、誰もが皆身構え、硬直し、耳を塞いだ。これはイザヨイの合図だ、呼んでいる、ギュゼル様が危ない!



「ギュゼル様……!!」



 わたしは躊躇った。

 ここでこの人に背を向けたら……!



「行きなよ……」


「えっ」


「ギュゼルのことも、大切なんだ」


「…………」



 そう言ってわたしを見る王太子殿下は、ちょっと困ったような残念そうな微笑みを浮かべていた。



「さあ、早く。僕の気が変わらないうちに」


「あの、ありがとうございます、テオドール様」


「…………く、あはははは! あはははははは!!」



 わたそは何故か大笑いしていらっしゃる殿下に背を向け、体に(よう)()を循環させた。足を強化し、一気に民家や商家が立ち並ぶ町の屋根まで跳ね上がる。驚く者や悲鳴を上げる者もいたが構うものか。わたしは城まで一気に駆け抜けた。





 ◇ ◇ ◇ ◇

「女装中のルべリア」

挿絵(By みてみん)

大笑いのテオドールさん

「やっぱり諦めたくないなぁ」


ルベリアの対応は不正解でした!

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