囲いの中のお姫さま 3
こちらは本日二話更新のうちの二話目です。前話は拷問描写があるため、苦手な方は飛ばしてこちらをお読みください。
結局、夕飯を終えてもトマス殿は現れなかった。不安が大きく膨れ上がる。まさか、アウグスト様に何かあって、トマス殿もそちらに向かっているのでは……?
「あの、わたし、やっぱり……」
「ダメだっつってんダロ!」
「しかし……しかし! わたしは騎士です、助けが必要ならば!」
「アンタは騎士じゃない、ダロ?」
「!!」
「とにかく、今はおとなしくしててくれ」
イザヨイはそう言って扉を閉めてしまった。鍵まではかけていかなかったようだが、こちらからは開かないのだ。
騎士じゃない、かぁ……。
自分ではまだ騎士のつもりだったのだが。そうは思ってもらえないということだ。今のわたしは、囚われた魔女、か。
「ギュゼル様……!」
お会いしたい、抱き締めたい、あの黄金の髪に顔を埋めて焚き染めたジャスミンの香りを思いきり堪能したい!!
あ、ちょっと元気が出てきた……。
ギュゼル様のお声が、眼差しが、いつもわたしの背筋を正してくださる。ギュゼル様との温かなやり取りのその一つ一つがわたしの心を慰めてくれる。
たとえわたしが、もう騎士でなくても。処刑を待つだけの魔女であっても。アウグスト様の愛に縋りたくて仕方ない惨めな女であっても。
そんな、後ろ向きな自分の一切合切を捨て、前を向いて歩いていける自信をくださるのだ。
「よし、大丈夫! わたしは、ギュゼル様の騎士なのだから……。いえ、そうでなくとも、わたしは騎士。そうだ、トマス殿にお伝えしたら、この国を離れて、氷の大地にでも冒険の旅に出掛けましょうかね!」
父が昔、話してくれた。放浪の騎士の物語を……。夜明けの騎士、その偉業の数々を。だからわたしも騎士になりたかった。人々を助けられる、騎士に。
◇◆◇
わたしは取り合えず、開かずの部屋を脱出することにした。
ここから逃げるわけではない、ただ、閉じ込められることに嫌気が差したのだ。まあ、それだけではなく、処刑される前に逃げ出す選択肢を残しておきたいという思いもあった。
「うっ……かたい……!」
扉を蹴り壊したり燃やしたりはしたくないので、爪を立てて引っ張っているのだが、なかなか上手くいかないもので……。何か道具があればと考えたものの、この部屋は徹底してそのような部品を排斥しているのか、見当たらなかった。
そろそろ爪が割れるか折れるかしてしまいそうだ。現に爪の根元に負荷がかかって痛いし、爪が浮き始めているのが分かる。
「ん~~~! あっ、動いた!」
ついに、ついに開いた!
ちょっとでも扉が動けば何とかなるもので、後は指を使って引き開けた。
部屋から続く廊下は、足音を吸収してしまいそうなくらいフカフカの絨毯に覆われていて、素足にくすぐったく気持ち良い。
廊下には灯りが一切なかった。窓はあったし、カーテンはかかっていなかったが、今は真っ暗だ。階段を誰かが上がってくる。音がしないのは、手練れだからか、絨毯のせいか。
わたしは廊下に顔を出した人物を見て思わず声を上げていた。
「トマス殿!」
わたしが声をかけたのと、通路の床に投げナイフが刺さったのとはほぼ同時だった。爪先に当たりそうだったんですが。というか……ずいぶんゴツいダートですね、長さといい幅といい厚みもちょうど、わたしの拳一つ分ですよ。額に刺さったらかぱっと割れちゃいますよ。かぱっと。
「あの、これ……。すっぽ抜けました?」
「すまん。もう投げる直前でな。無理に止めたら手を痛めるから軌道だけ変えた。大事ないな」
「あっ、はい」
トマス殿はきょろきょろ辺りを窺っている。
そうか、夜目が利かないのか。
「今、灯りを点けますから」
「ん? ……ああ」
わたしは火打ち石をカツンと合わせて、火を呼び起こすとそれを右手で提灯に導いた。白術の達人なら無から生み出せる火種も、わたしの腕前ではこれが精一杯だ。
「なっ!?」
「あ」
灯りに照らされたわたしを見て、トマス殿は驚きに目を見開いた。そんな風に驚くこともあるのかと、少しおかしくなる。
「お前、その髪、それに……!」
髪? ああ、そうか。
「鬘です。上手く染まらなくて」
「その姿は……」
「男性客に化けてもすぐバレるので。ほら、わたしも女、ですし」
「ん……う、ん……?」
もしもし?
「それよりも! お伝えしなければならないことが、あります……。信じられないかもしれませんが、セリーヌ姫が国王陛下を……、弑逆なさるおつもりなのです!」
わたしはセリーヌ姫から聞き出した全てをトマス殿にお伝えした。
「そうか……、そういうことだったか。レオンハルトはアウグスト殿下が確保している筈だ」
「良かった。貴方が遅いので、何かあったかと思いました」
「……すまない」
「い、いえ、そんな……」
「ところで、本当に姫が自らの行いを喋るのか?」
「はい。アウグスト様が聞き出せば、必ず」
「ふむ。ではそう伝えよう。だが、どうやって?」
「…………」
それは、ちょっと。後ろ暗い秘密があるので……。
「まぁ良い。それが確かなら二つとない証言だ」
「はい、信じてください」
わたしとトマス殿は頷きあった。
しかし、見れば見るほど不思議な格好だ。今夜のトマス殿は騎士服ではないし、髪の毛も下ろしている。普段からは考えられないような、戦闘向きの格好だ。基本になる鎧は革の服の上に着けた鎖帷子だが、これがつや消しの黒ときている。
肩当て、腿当て、膝当て、肘当て、これ等は全て革製。籠手は無くて革手袋……滑り止め……。ブーツはあまり音を立てないタイプの特注品のようだ。それに、どの部位も何故か色が黒一色ではなくて灰と茶が混じり合い、所々に濃淡が……。
……肌に暗い顔料を塗っているのも、拾い上げている髪を隠す帽子も、ひょっとしてどこかに忍び込んで誰か、殺し…………。
「気付いた事をすぐに口にする奴が、いるだろう?」
「……ハイ」
「それは、迂闊だろう。殺されても文句は言えないんじゃないか?」
「…………」
トマス殿は、足音を立てつつわたしに近づいた。そして、通路に突き立ったダートを抜く。それを見ていたのに、見ていた筈なのに見失った。
「……ぁ……」
「なぁ、ルべリア?」
「……っ!?」
攻撃しようと力を込めた瞬間、まだ動いてもいないのにトマス殿の右腕が背後からわたしの体を抱え込んでいた。
……凄い、石みたいにガッチリ“嵌まって”いて動けない。
こ、これは……殺される!?
「……ぅ……!」
わたしの怯えを感じ取ったのか、トマス殿はダートを持った手のままで器用に前髪を掻いた。
「ああ、くそ。違う、そうじゃないんだ。勘違いするな、お前を消すわけないだろう」
「……は」
「お前を殺すなんていつでも出来る。」
「い……?」
トマス殿の腕にさらに力が込められる。
……い、痛い。くるし……。
「!!」
トマス殿はいきなりわたしの首筋に、顔を埋めてきた。鼻筋が、唇が、冷たくてくすぐったい。
「だから……、詮索してくれるな。何も聞かずにここにいろ……」
「はい、はい、わかりました!」
ふっと抱き締められていた腕から力が抜けて、トマス殿がわたしから離れた。
音がしない……?
ゆっくり振り返ると、もう、そこにはトマス殿はいなかった。きっと仕事に向かったのだろう。護衛騎士とは、どんな任務もこなさないといけなくて大変だなぁ。だが、出来ればヒト殺しはしてほしくないなぁと思った。




