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魔王子は女騎士の腕の中で微睡む  作者: 小織 舞(こおり まい)
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馬上の二人

 目的の港はテオドールの領内にあった。

 ガイエンとの裏の取引はテオドールの名で行われたからだ、というのが一つ。もう一つはその港が一番大きいからだ。



 アウグストは早馬を飛ばし、馬車で一日と半分(※)かかる道程を短縮すべく駆け抜ける。夕刻の閉門までに滑り込めなければ、馬車で行くのと変わらない。おそらく、間に合う筈だ。このまま何事もなければ。


 村への分岐は無視だ、休憩するつもりはアウグストにはなかった。どうせ次の町に着いたら馬を変えるべく停まらねばならないのだ、少しでも時間を節制したい。



「ア、アウグスト様~、雪ゾリの方が良かったんじゃないですか~!?」


「真冬ならな! 私の魔力も無尽蔵じゃないんだ!」


「でも~、もう尻が限界ですよぉ! 休憩……」


「休んでろ、先に行く!」


「それが出来たら苦労してないでぇす……」



 アウグスト御用達、国内最速移動手段の雪ゾリは冬季限定であった。アウグストもハリーも、馬を操る腕前は確かだが、長時間の移動は馬と乗り手の両方を疲弊させる。二人とも酷使した脚を黒術の鎮痛作用で誤魔化しながらの騎乗だが、術を多くは使えないハリーとしては、ついていくのがやっと、という有り様だ。



「この私にこんな手間をかけさせやがって、ダントン、レオンハルト、覚えていろよ! 馬で引き摺って帰ってやる!」


「げ、元気ですね、アウグスト様……」



 トマスが居ればその口調を咎めたであろうが、ここには疲れきったハリーの他は誰も居なかった。アウグストとて元気な訳ではない。こうやって怒りを燃やしていないと、元々が持久力の乏しい体に鞭打って走り続けられないのだ。



 次の町では、町に入る直前の場所に天幕が張ってあった。馬や水桶なども用意してある。五人の男たちが馬上の二人に礼をして出迎える。



「挨拶は不要だ、馬を換えろ。すぐ立つ」


「はっ!」


「殿下、果実水をお持ちしています」


「ああ、貰おう。……気遣いに感謝する」


「勿体ないお言葉、ありがたく存じます!」



 棒のようになってしまった足で馬から下り、勧められるままに椅子に腰を沈めたアウグストは、言葉少なに指示を飛ばした。陶器の器に入った果実水を受け取り労をねぎらえば、最敬礼を返されてしまい却って良くなかったかと首をひねった。



「で、ハリー?」


「はあっ! 生き返った!!」


「……馬水桶だ、それは」


「だって、本当に死ぬかと思ったんですよ!? あ、アウグスト様も浴びます? 気持ちーですよ?」


「…………いや、良い」



 馬水桶に頭を突っ込んで上半身をずぶ濡れにしていたハリーに何をしているのかと声を掛けると、真顔で返事があって妙な気分になるアウグストだった。ダントンの部下は「着替えも用意があります」と勧めてきたが、さすがにここで水浴びしても意味がない。まだこの先は長く、五つの町を中継して港のあるイスダールまで行かねばならないのだ。



「ハリー、もう行けるか?」


「え〜〜。あ、いや、行きますけどね」


「なら発つぞ」


「はーい」



 用意の終わった馬に乗ろうとしたとき、男の一人が(うやうや)しく小箱を差し出した。



「殿下、我が主人よりお預かりしました“活力の指輪”にございます。是非お持ちください」


「ほぅ、相変わらず魔道具の蒐集(しゅうしゅう)に熱心と見える。ありがたく借り受ける」


「主人が喜ぶでしょう」



 箱の中には、銀の輪に茶色の石が嵌まった、一見何の変哲もない指輪が二つ埋まっていた。綺麗とは言えない石といい、飾りのない輪といい、どう見ても安物の玩具である。だが、ダントンの鑑定なら間違いはない。



「地味……。え、親指に嵌まんないですよ、これ」


「なら別の指にしろ。私のは親指に嵌まったぞ」


「えっ、あ、サイズ違いますねこれ。あー……小指じゃユルい。薬指かぁ」


「どうだ?」


「何も感じませんよ~?」


「効果を得るための合言葉も共に預かっております。言葉は【(おの)が肉体に隷属せよ】でございます」


「悪趣味……」



 ハリーの呟きにアウグストも内心同意していた。



「えーと、【己が肉体に隷属せよ】と……。あ、本当に楽になった。便利ですよ、これ。アウグスト様は使わないんですか?」


「道程は長い。ここで使ってしまってお前こそ良かったのか?」


「だってもう足が辛くて辛くて。何でそんな可哀想なものを見る目で僕を見るんです?」



 アウグストは何の躊躇(ためら)いもなく怪しげな指輪を使ってしまったハリーを見て何とも胸がざわついた。あの(・ ・)ダントンが寄越すのだ、効果はあるだろうが、それよりも副次的に表れるものが無いとは言い切れない。



「ダントンの魔道具だぞ? どこか変わったところはないか?」


「…………怖いこと、言わないでくださいよ。あっ、外れないこれ!?」


「やはりか」


「げ~、あのヤロ……じゃなかった、あの方はもう!」


「私のは外れるぞ。……さて、行くか」


「ちょっ、アウグスト様! 何とかしてくださいよ!?」



 アウグストは狼狽(うろた)えるハリーを後目にさっさと馬に跨がると、ダントンの配下に別れを告げて馬を進めた。町中ではスピードは出せないので体に響かないが、再び道に出てからは辛くなっていく。



「アウグスト様~、待ってくださいよ~!」


「早く来い、ハリー」



 慌てて追ってくる従者に苦笑を返しつつ、馬首と同じ方へ顔を向け直す。次の町に着く頃にはアウグストも指輪の力に頼らざるを得ないだろう。そしてイスダールに入ったら、船を沈めて、レオンハルトを王都へ連行せねばならない。



 アウグストがイスダールの門へ辿り着いたのは、閉門の鐘が鳴る直前のことだった。

※馬車で一日と半分の距離


まず、この世界の旅時間は朝四時から夕方の六時までの十四時間としています。ここでは、日の出ている間を指して「一日」と表現しているわけです。


さて、殿下が出発したのが午前十時で、閉門の夕方六時に滑り込むというので、実際に馬上にあるのは八時間未満です。食事と乗り換え、休憩や町中にあって全力疾走出来ない時間を引いたら…五時間程は走っている馬に揺られているのでしょうね。


魔術でサポートしないと、大変ですね。

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