告発 ★
「トマス、しばらく入ってくるな」
「……はっ!」
扉は閉まり、わたしはアウグスト様と二人取り残された。
先程からアウグスト様はわたしに何も仰らない。今も、表情を落とした白い貌から、わたしは何の考えも読み取ることが出来ないでいる。
……怖い。
背中にぞくぞくと悪寒が走る。
アウグスト様の目だけが、陰になった貌の中で鈍く光っている。いつもは紫水晶の輝きを放つ双眸は、怒りのためか黒曜石のように変色してしまっていた。
一歩、アウグスト様がわたしに寄る。
わたしは二歩、後退した。
そうやって互いに足を運んでいくと、いつの間にかわたしは寝台に追い込まれていた。踵をぶつけて、はずみで寝台の上に腰を下ろしてしまう。
アウグスト様がすぐ近くまで来て、わたしの顔を覗き込んでこられた。
「さて、どうしてやろう。滅茶苦茶にして、苦しめて、慈悲を請うお前を辱しめてやりたい……」
「…………」
自分の顔から血の気が引いていくのが、よく分かった。
どうしよう。逃げられない……!
わたしは、アウグスト様の腹を右足で蹴って距離を取り、その隙に寝台を下りて、素手でアウグスト様と組み合って気絶まで持ち込めるかを真剣に考えた。
……駄目だ。すんなり無力化出来そうにない。
そもそも王族に逆らって傷を付けるなんて、考える事すら許されないというのに。
「ルべリア……」
「ひっ……!」
目を瞑って待ったが衝撃はない。
それどころか、言葉とは裏腹に、頬を撫でるアウグスト様の指は優しかった。
人指し指が頬骨から顎を、つ、と撫でる。かと思えば、親指の腹がわたしの上唇と下唇を円を描くようになぞっていった。こちらを見る黒い目は、強い力でわたしを惹き付けてやまない。先程までは怒りに満ちているように思えたのに、今は切なげに、わたしに何かを期待しているような輝きを帯びている。
優しく、優しく……アウグスト様の指が、首筋を下りて胸元まできたので、わたしは悲鳴を飲み込んだ。アウグスト様の指が触れる部分だけが冷たくて、火照った肌に気持ち良い。このまま目を閉じて、アウグスト様のお好きなようにこの身を投げ出してしまいたいという欲求が込み上げてくる。
アウグスト様は、きっとわたしを傷つけないだろう。
ああ、でも油断させて袖口に隠した刃で、さっくりとこの喉を掻き切るつもりかもしれない。
……この方ならやりかねない!
(こんなところで死にたくない……。死ぬなら騎士らしく、ギュゼル様を守って死にたい!)
なにやら涙が滲んできた。
アウグスト様はそんなわたしを見て、優しく涙を掬って言った。
「そんな表情をするな、決心が鈍る」
やっぱり殺す気だ!?
「ぃやっ……! いや、嫌ですっ……!」
わたしは首を横に振って後ずさった。でもシーツがくしゃくしゃになるだけで距離は開かない。
アウグスト様はちょっと傷ついたような表情をして、わたしの方に手を伸ばしてくる。
「心臓はこのへんかな……」
「!?」
やっぱり、やっぱり、殺す気なんだ……!
ああ、さようならギュゼル様……。そしてごめんなさい。お別れすら言えないなんて……。
「心臓に手を当てて音を聴くと落ち着くというが……。本当だろうか?」
「……へ?」
「本当に酷くしたりはしない。ただ、少し意地悪をしてやろうと思っただけだ」
「…………殺さないんですか?」
「ぷっ、くく……。まさか殺されると思っていたのか? 」
「だって、辱しめるって……。それにとても怒っていらっしゃったから」
アウグスト様はくすりと笑って、わたしの頭を撫でた。
……頭を撫でられると、遠い昔に父にそうされた事を思い出して落ち着かない気持ちになってしまう。
「お前に怒っていたわけではない。兄上に腹を立てていただけだ」
「でも、わたしのことも殺しそうな目で見ていらっしゃいました……」
「そうか、そう見えたか」
「ひゃっ!?」
アウグスト様はさっと下からわたしのシャツの中に手を入れて、わたしの腹筋を優しく指先でなぞられる。くすぐったくて、手で阻止しようとしたら、その手を掴まれてそのままアウグスト様の口許に……。
音を立てて口づけされると、力が抜けてしまう。
「安心するが良い。今からその身に快楽を刻み付けてやろう。消せぬように、何度も、何度も……」
「っ、アウグスト様っ……!?」
「もう良い、喋るな……」
きしりっ、と寝台が悲鳴を上げて、アウグスト様がわたしに覆い被さってこられた。唇を塞がれ、舌を吸い上げられる。
わたしは、もう逃げられないのだと悟った。
「愛してください」と、戯れに請うた時の続きなのだ、これは。アウグスト様がわたしを求めていらっしゃる。ならばわたしは与えるべきなのか……。
「アウグスト様……、わたしは……」
「アウグスト、だろう?」
「……アウグスト」
しかし、その時、騒がしい声と共に扉が破られた。事態はわたしが考える最悪の方向へ転がっていった。セリーヌ姫殿下の高笑いと共に……。
◇◆◇
「まだ何か用か、セリーヌ」
アウグスト様の底冷えするような声が間近でして、わたしは思わず身を固くした。アウグスト様は、槍が突きつけられ、トマス殿も抑え込まれているというのに超然としていらっしゃる。
対するセリーヌ姫殿下も負けてはいらっしゃらない。蜜色の巻き毛を揺らし、こくんと首を傾げて見せる。そこには怯えなど一切無く、無邪気さすら漂わせていらっしゃった。
「あらあら、兄上には用などございませんわ。私の用は、その、女騎士にですの」
「……ルベリアにか。私が代わりに聞こう」
「いいえ。必要ございません。さあ、お前、この耳飾りに見覚えがあって?」
「――っ! ……はい」
「そう。そうよねえ? だってこれは、お前の部屋で見つけたのだから!」
「どういう事だ、説明しろ」
「私の失われた記憶についての、これ以上ない証拠よ。私、セリーヌ・マルティオネの名において、この女を魔女だと告発しますわ!!」




