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魔王子は女騎士の腕の中で微睡む  作者: 小織 舞(こおり まい)
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間章

こちらは本日二話更新の内の一話目になります。続けて次話もお楽しみくださいませ。

 静かな部屋の中、アウストラル王国の正妃であるオデッサ・フロンティア・アイゼンビーは憂えた表情で書き物机に向かっていた。



 机上にあるのは飾り物に欠かせない貝殻の収穫量の報告だ。今年は例年以上によく獲れている。揺り戻しには注意が必要だが、これで翌年の職人たちの仕事は確保出来た。良い報告に、オデッサ・アイゼンビーは愁眉(しゅうび)を開いた。



(懸念していた貝の収穫が良好なら、あの予言はいったい、何を示していたというのかしら……?)



 オデッサは形の良い指で顎の下をなぞった――最近、とみにたるんできている気がして、気を使っているのだ――新年の祝いの夜に城を訪れた大魔導師を名乗る不快な老爺が残した予言によると、今年はアウストラル王国にとっては大いなる試練の年になるらしい。



 オデッサは本気にしなかったが、夫のコルネリウス国王は違った。その日から全ての物事に気を配り、財を(あらた)め、人材(ひと)を検め……。頑張りすぎて体を壊してしまった。



 コルネリウスも、もう齢六十を数える。体にガタがくるのは仕方がない。とはいえ、典医(せんせい)の話では年齢のせいであって、すぐさま命に関わることではないとのこと。



「大いなる試練、ねぇ」



  コルネリウスの替わりにオデッサが政務を()るようになってからも、王国には何ら変わりがない。危惧していた災害も、疫病も、何も起こらず夏を越した。冬は冬で気を付けなければならない雪の事故があるが、疫病に比べたらまだしも対処のしようがあるというもの。



(それに、私にはエイゼルバートが居てくれるもの……)



 エイゼルバート・ダヴェンドリ、アウストラル王国唯一の公爵である。王妹クリスタニアの夫にして、ガイエン国の王の血筋に連なる高貴な男性……。



 今回のセリーヌとレオンハルトの婚約にも骨を折ってくれた、アウストラルとガイエンの橋渡しを担う重要人物だ。



 エイゼルバートはオデッサの六つ歳上の五十歳であり、髭も濃くまだまだ壮健の美男だ。若きオデッサは少なからずエイゼルバートに惹かれていた部分もあって、現在も頼りにしているのだ。



 一方、コルネリウスはアウストラルの旧い伯爵家であるキンバリーばかりを重用している。オデッサはキンバリーを好きではない。あの、堅苦しいばかりで四角い顎のキンバリーを生理的に受け付けないのだ。いや、キンバリーがエイゼルバートをまで検分の対象にしようとするような冷血漢だからだ。そんな、国の要を疑うような男など……!



 激しく扉を叩く音に、オデッサの物思いは破られた。しかし何事だというのだ、正妃の部屋をこんな風に訪れるなぞ……まさか、コルネリウスに何かあったのだろうか。



「どなた? まさか陛下に何か……?」



 部屋の内から問い返すが、返事はない。代わりに閉じていた扉が破られた。同じ室内に控えていた侍女が、オデッサを守るように寄り添う。とき()しく中に護衛の女騎士がいなかった。いや、おかしい、部屋の前には女騎士が二人居る筈だ。だったら何故?



「オデッサ・フロンティア・アイゼンビー妃殿下、王太子テオドール・グレゴリオ殿下が城中にて乱闘騒ぎを起こされました。

 領地にて蟄居(ちっきょ)せよ、との仰せにございます。つきましては、正妃殿下も共に御下がりに なられるようにとの御意思があり、お連れせよと命令を受けております」


「……は…………?」



 いったい、この騎士は何を言っているのか。全く分からない。

 は? テオドールが乱闘? 蟄居?



「既にお支度は整っております。さあ、こちらへ……!」


「ひ……! 嫌ですわ。これは何かの間違い……陛下に御会いしなくては!」


「なりません。さあ、正妃殿下!」



 強い口調で騎士が言う。

 板金鎧(ハーフプレート)姿に、槍を装備した厳つい男は、オデッサの体を掴もうと丸太のような腕をぬっと伸ばしてきた。



「!!」



 恐怖に目を瞑るオデッサ。だがそこに、颯爽と現れたのは騎士に劣らぬ立派な体格を持った壮年の男、エイゼルバート・ダヴェンドリであった。



「止さぬか! この御方に触れることはこの儂が許さぬ!!」


「エイゼルバート様!」



 エイゼルバートの剣幕に、さしもの騎士もその身を退けた。だが、エイゼルバートを、そしてオデッサを睨み付ける険しさは変わらない。



「オデッサ様……御無事で良かった」


「ああ、エイゼルバート様……」



 あまりの出来事に心乱されたオデッサは、己の立場も忘れてエイゼルバートの胸の中に飛び込んだ。その厚い胸板に頭を預けると、涙が知れず浮かんでくる。



「オデッサ様、テオドール殿下はアウグスト殿下と争われ、城の中で剣を抜いてしまわれた…」


「そんな……!」



 城中での抜剣(ばっけん)は重罪だ。悪くすると、蟄居では済まなくなるやもしれない。



(また、アウグスト……!)



 オデッサは騒ぎの原因をアウグストに見出だし、内心で歯噛みした。



「ここは、一度テオドール殿下の御領地に下がって、陛下に御会い出来る機会を待つべきかと……」


「でも、(わたくし)には執務も……」


「それはこの私にお任せを」



 なんて頼りになるひとだろうか……!

 オデッサは心からの感謝をエイゼルバートに捧げた。そして、彼に伴われて城の玄関から馬車にて、テオドールの領地へ向かったのである。


(ノ∀`)アチャー

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