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魔王子は女騎士の腕の中で微睡む  作者: 小織 舞(こおり まい)
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宴前夜

 あれから連日連夜の厳しい修行が始まった。慣れないあれやこれやをやらされて、安息の時間などありはしなかった。何せ一挙手一投足が礼儀の作法であれとの教えである、身体は休まれど心はヘトヘト、疲労感が拭えていない気がする。


 そして心なしか体重が落ちている気がする……わたしの筋肉が~!



 いつもの鍛練をさせてもらえないので仕方がなく、立ちながら歩きながらに筋肉を鍛えようとするのだが、すぐにタンジー婆やにバレて木尺(きじゃく)が襲いかかってくるのだった。


 最初のうちこそ木尺に痛い目にあわされたものだが、パーティー前日の今、すでにそんな物は怖くない。この拘束具(コルセット)(もっ)てしても回避に支障が出なくなったのだ。これも修行の成果、誇って良いはずだ。


 あの苦しかった日々は無駄ではなかった……。



「ルべリアったら、努力の方向が間違ってるんじゃなくて?」


「ギュゼル様。大丈夫です、ちゃんと扇の使い方も、踊りもマスターしております」


「そう? なら良いのだけど」



 ギュゼル様はお上品に微笑まれた。幼いながらも完成された、気品に満ちたそのお顔だが、大輪の花のような笑顔が見られず、少し寂しく思う。わたしはどうしても、歳相応の無邪気さを持った、以前のギュゼル様の笑顔を好ましいと感じてしまうのだ。



「さあ、来賓の皆さまのお顔を間違えないように、もう一度貴族名鑑をおさらいしましょう」


「ギュゼル様は陛下とご家族の皆さまに挨拶なされたら、後は座って挨拶を受ける側でしょうに。なぜそこまでされるのですか?」


「あら、知っていて挨拶を受けるのと、知らずに挨拶を受けるのとではやはり違うわ。心の問題よ。それに、どなたかが(わたくし)にダンスを申し込んでくださるかもしれないじゃない?」



 ダンスに興じるギュゼル様……さぞお可愛らしいでしょうね。

 まだ結い上げていない金糸のような髪が、ダンスの動きに合わせてふんわりと舞う様を想像しただけで、ギュゼル様の朗らかな笑い声まで聞こえてきそうだ。



 陽に透かした翠玉(エメラルド)に似たその瞳に見つめられたら、すぐにでも抱き上げて、誰にも見つからない場所へ(さら)ってしまいそうだ。



 ああ、ギュゼル様……!



 と、いつもならこの辺でたしなめられるのだが、今に限ってそれがない。ギュゼル様を見て、そのご様子がおかしいことに気付く。馬鹿をやっている場合ではない。



「ギュゼル様?」


「ああ! ルべリア、(わたくし)、怖い!」


「ギュゼル様……」



 椅子から立ち上がってわたしの腰に抱きついてこられたギュゼル様の背中を撫でさせていただいた。ぎゅっと強く縋りついてくる小さな淑女(レディ)にして差し上げられることなど、それくらいしかなかったのだ。


 奥様をお呼びするべきか、それともわたしがこのままお慰めするべきか、迷って首を巡らすも誰の姿も見当たらない。



「……怖いの。怖いの。失敗するんじゃないか、笑われるんじゃないかって、ずっとずっと!

  陛下に恥ずかしい娘だと思われたら、(わたくし)、生きていけないわ!!」


「ギュゼル様……。ギュゼル様は今までたくさん練習してこられたじゃありませんか。大丈夫に決まっています」


「でも、もし転んだら? うまく言葉が出なかったら? だって初めてのパーティーなのよ……」


「大丈夫です。堂々として、ゆっくりお話しになれば良いんです。全ての動作をゆっくりすれば、心臓も落ち着いてくれますよ」


「そう? そういうものかしら……」



 ギュゼル様の頬に、流れた涙の筋が見える。わたしは、親指の腹でその雫の跡を拭い去った。それでも不安そうなわたしの可愛い姫をお慰めするためには、どうすればいいだろうか。考えた末に、わたしの昔の失敗談をギュゼル様に語ることにした。


 そっと椅子までリードし、腰を下ろしていただく。そのお側に(ひざまず)けば、ちょうどわたしたちの顔が同じ高さほどになった。泣いたことで鼻の頭が赤くなってしまった姫様の髪を指で()く。くすぐったそうな表情で、強張った頬にようやく笑みが浮かんだ。



「失敗なんてしない方がよろしいのですが、意外に何とかなるものですよ。

 わたしなんて、騎士叙勲の時に一歩下がるタイミングをすっかり忘れていて、一人だけ列からポツンとはみ出てしまったことがあります。あの瞬間は忘れようにも忘れられませんね。あの時の騎士団長の鬼のような顔は是非ともお見せしたかったです。こんな風に角が生えておりましたよ」


「え、嘘……、やだぁ!」



 ギュゼル様のお顔に、笑みが花を咲かせる。

 うん、この調子でいきましょう。



「それから、ある茶会で御婦人方とお話ししていた時の話ですが。わたしの腰に下げていた剣の鞘が、後ろに座っていた男性のカツラを押し上げてしまったことがあって……」


「うふふふふ、それでどうなったの?」


「それが、その男性は奥方にカツラを強制されていたようで、むしろこれからは着けなくて済むと喜んで、ご自分のカツラに丁寧に別れを告げだしまして……」



 わたしとギュゼル様は、椅子にかけて馬鹿馬鹿しい話にうち興じた。ギュゼル様の悲しい涙はもうすっかり乾いて、笑って笑って(しま)いには笑いのせいで涙が出るくらいだった。これで明日のパーティーも緊張せずにいられると良いと願った。



 きっと大丈夫だ、こんなに頑張ってパーティーに備えておられるのだから。ギュゼル様ならば上手くおやりになられるだろう。心配なのは、むしろわたしの方ではないだろうか?

ルべリアさんは残念なだけじゃなくてヘンタ…げふんごふん

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