テオドールとルべリア
こちらは本日二話更新のうちの一話目になります。続けて次話もご覧ください。
わたしは悩んでいた。
城へ行ってどうしようとか、そもそも城へ行ったところでテオドール殿下にはお会い出来ないし、アウグスト様がいらっしゃるかも分からないし、全く何の具体案もなかったことに飛び出してから気が付く。
ギュゼル様に……いや、ギュゼル様にはお分かりにならないだろう。やはりアウグスト様に直接お話を……。
「ルべリア!」
「ギュゼル様!」
こちらに大きく手を振り、駆けていらっしゃる愛おしい姫君……と、足元のけだもの。け、汚らわしい魔物めっ!
くんくん鳴くな。その短い尻尾を振るんじゃない! ギュゼル様から離れろ!!
どうやらお茶の時間を離れでお過ごしになるようである。ギュゼル様の後方から、会うつもりのなかった、いや、お会い出来ると思っていなかったテオドール殿下が供の者と一緒にこちらに歩いてきていらっしゃる。
「お兄様とお茶をいただくの。ルべリアも一緒にどう?」
「ええっと……」
わたしが足元の毛玉を見下ろすと、ギュゼル様はぷうっと頬を膨らませて、そのご不満をお示しになられました。ああ、可愛いらしい。その薔薇色のほっぺたをつんつんしたいです……!
「こんなに可愛いのに、ルべリアは嫌いなのね!」
「申し訳ありません……」
「仕方がないわ……仕方がないけど、むう~」
「ギュゼル様、申し訳ありません」
思わず弛む頬を引き締めつつ、わたしは謝るのみなのでした。
「やあ、ルべリア、ごきげんよう。ほら、見てごらん可愛い仔犬だよ」
「あんっ!」
「っ………!」
「あぁっ、お兄様、ルべリアは……」
「あ~、苦手、だったかな?」
「そうなの、無理なんですって」
「それは悪いことをしたね」
「いえ……」
一足跳びに後ろへ下がったら、テオドール殿下も分かってくださったようで、腕の中のけだものを庭の方へ追いやってくださいました。……叫びそうになりましたとも。あんな、あんなけだものを……!
「ギュゼル、トミーとタペンスを庭で遊ばせておいでよ」
「はぁい、お兄様! おいで、トミー、タペンス」
「あ、ギュゼル様……」
「ルべリア、後でね」
黄金の髪を揺らしながら、わたしの姫は去っていってしまわれた。後にはわたしと、テオドール殿下が残された。……あの手に掴まれたら、きっともう抜け出せない。
距離を取るわたしを、テオドール殿下は寂しそうに笑って見ていらっしゃる。だが、騙されてはいけない、あの無機質な瞳を見てしまってから、あの方の全てが偽りに思えて仕方がないのだ。挙動の一つ一つが、わたしを安心させて懐柔しようとする演技にしか見えない。
「そんな風に警戒しなくても……っ、あ……」
「テオドール殿下!!」
突然、胸を押さえて膝から崩れ落ちそうになったテオドール殿下を、わたしは抱き止めて支える。殿下の頭がわたしの肩に載せられた。
息は荒く、見れば経絡を流れる気の脈が乱れている。やはり、まだ無理は出来ないお体でいらっしゃるのだ。早く治療の出来る療術士でも寄越してもらわないと……。
「ごめん、ちょっと、息が……」
「ご無理をなさるからです。今に、楽になりますから、さぁ、ゆっくりと息をしてください」
「うん……、ありがとう」
「テ、テオドール殿下?」
ぎゅっと抱き締められて、わたしは焦った。前回のようにまた、口づけを迫られるのではないか、と。
振りほどきたい……、だが、殿下の体を放り出すわけにもいかない。わたしはとにかく治療を急ぐことにした。
「ああ、ルべリア……。このまま離したくない。アウグストのところには行かせない……!」
「殿下、何を……」
「可愛い、僕の太陽……。君のためなら王位など、王太子の身分など捨てても構わない。僕と結婚して欲しい、ルべリア!」
「お戯れを……」
「戯れなものか! 先日の披露パーティの夜からずっと、君を目で追っていたんだ。ルべリア……!」
「あ、殿下……」
テオドール殿下は、苦しげに顔を上げると、わたしの目を覗き込んできた。
掴まれた、肩が痛む。
目を、逸らせない。
「僕はもう長くない」
「そんな!」
「自分の体だ、よく分かってる。だからこそ、諦めたくないんだ。アウグストこそ戯れに君に口づけているけれど、それでどうなる? 別れが辛くなるだけだろう」
テオドール殿下の言葉に胸が痛んだ。
そうだ、別れなければならないんだ。アウグスト様とも、ギュゼル様とも……。
「僕と行こう。僕なら、君を幸せにするよ……。ルべリア……」
「い、いけません!」
テオドール殿下は私に口づけしようとなさった。
わたしはそれを、精一杯の力を込めて、その腕から逃れて唇を避けた。この口づけを受けるわけにはいかない、そんな思いがあった。
「待っているよ……」
テオドール殿下のお声が背後から投げ掛けられ、殿下が城へ戻られるのが気配で分かった。……ああ、テオドール殿下はわたしの陽の気に当てられておかしくなってしまわれておいでなのだ。もう少し間を置けば、きっと、冷静になるに、違いない。
わたしはどうしたら良いか分からないまま、その場に蹲った。涙が落ちては石畳を濡らす。
テオドール殿下を、跳ね除けられなかった。
わたしは、わたしはなんて弱いんだろう………。




