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魔王子は女騎士の腕の中で微睡む  作者: 小織 舞(こおり まい)
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パーティーの支度

 さて、二の姫セリーヌ様のご婚約披露パーティーに向けて、ギュゼル様は大変お忙しくなっていった。



 ドレスの採寸はもとより着けていくジュエリー、靴、扇子、下着にいたるまですべてを選ばなくてはならない。コルセットもこのパーティーのために新調することになった。なぜなら、これまでギュゼル様は公式の場にお出でになることがなく、この離れでは着ける機会もなかったので持っていらっしゃらなかったのだ。



 おかげで朝から夕方まで連日、商品のサンプルを手に手に色んな人間がやってくる。今まで一部の人間以外には忘れ去られていたような寂しい場所がにわかに騒がしくなる。



 ギュゼル様もオーリーヌ奥様も口にはなさらないがとても楽しそうで、また嬉しそうだ。そういう連中の粗相の後片付けをせねばならない婆やは迷惑そうだったが。



 正直、ドレスの良し悪しなどわたしには分からない。ただ、こういった支度にしても国王陛下から「すべて最高の物を用意せよ」とお達しが出ていることから、誰もが名を売るチャンスと浮き足だっていることだけはさすがに分かる。大金が動くことでもあるし。


 わたしにできることは、呼んだ商人の中に怪しい者がいないか目を光らせることと、ダンス特訓のお相手を務めることだけ。



 ダンスの方は……わたしが男性パートしか踊れないと聞いて、ギュゼル様や奥様が不憫そうな目でこちらを見つめてこられたのが少しだけ心苦しかった。



「ま、待ってください。これにはワケがあってですね」


「いいのよ、ルベリア。わかってるから!」


「えっと……」


「ルベリアくらい綺麗で格好よかったら、女の子は誰でも踊ってほしがるもの! だからエスコート役ばかりになっても仕方がないわよね。そうでしょう?」


「そうね……確かにそうかもしれないわ。ルベリアさんは立っているだけでも素敵ですものね」


「でしょう? やっぱりお母さまもそうお思いよね!」


「ギュゼル様、奥様……」



 まぁ、実際にその通りなのだった。


 女ばかりの騎士見習い時代、武術の稽古だけでなくダンスに歴史、法律、音楽、礼儀作法と様々なことを叩き込まれた。ダンスの練習の際には、背の高い私は必然的に男役に回ることとなる。思い出せば授業以外でも踊ることもあったが、男性に誘われたことなどないし、普段男役ばかりやらされてきた同期たちのためにエスコート役を務めるばかりだった。



 だが、わたしは可愛い女の子は好きであるし、これを損な役だなんて思ったことはない。事実、こうしてギュゼル様の練習相手という名誉なポジションを得られたのだから大満足だ。



「お役に立てて光栄です、ギュゼル様」


「こちらこそ。こんなに上達したのは、全部ルベリアのおかげよ」



 奥様の奏でられる弦楽器に合わせて、ギュゼル様とわたしは緩やかなテンポでステップを踏んでいた。



「まるで夢みたい。ずっとこうしていたいわ」


「……光栄です」



 うっとりと微笑むギュゼル様。それはわたしも同じ気持ちだった。


 いきなりやってきた公式の場への出席の機会、これは変化の兆しに過ぎないだろう。願わくば、その変化とやらがギュゼル様にとって良きものであるように。そして少しでも長くわたしの愛しい姫と一緒にいられますように。





◇◆◇





 それはダンスがようやく形になってきた頃のことだった。ギュゼル様のドレスも無事に決まり、四人だけの離れにもそろそろ落ち着きが戻ってくるかと思われた。……ギュゼル様のこのお言葉がなければ。



「さぁ、ルベリアのドレスを選びましょう!」


「え?」


「カタログからにはなるけれど、素敵なのがたくさんあるわよ。楽しみだわ~、ルベリアのドレス姿!」


「あ、いえ、私は騎士服で……」


「ダメよ! 髪の毛も足して、結い上げている風に見せましょ。それから……」



 いけない……!


 どうやらわたしは魔境へと足を踏みこみつつあるようです。ギュゼル様の選ぶ様子を見ているだけでも精神的に疲弊したというのによもや自分のドレスなど……!



「ふん、礼儀作法も叩きこまなきゃならんね」



 タンジー婆やの小さな一言がわたしをさらなる絶望へと追いやる。


 実は、宮廷礼儀作法は先生に頼み込んでギリギリ合格にしてもらったのだ。騎士の職にあっては、見る機会はあっても自分ではやらないし、絶対錆びついているに決まっている。



「王族主宰のパーティーだ、失敗出来ないよ」


「うぅ……やっぱり無しとかは……」


「吐いた唾は飲み込めんさね」



 口の悪い婆やは木尺(きじゃく)を装備し始めた。

 あれ、叩かれると地味に痛いやつだ。



 遠い過去を思い出しながら、これから課されるであろう試練の数々に思いを馳せていたとき、奥様の柔らかいお声がその妄想を中断させた。



「ルべリア、私のドレスで良かったら、今から着付けてみましょう。礼儀作法のおさらいも、ドレス姿でないと出来ませんからね」


「ありがとうございます奥様」



 わたしのためのドレス選びだろう、すっかりカタログに夢中になっておられるギュゼル様にお声がけして、わたしと奥様は共に退室した。階段を静かに上がりながら奥様は何事か思い詰めているご様子だった。伏せられた長い睫毛がその貌に影を落としている。細い、頼りない肩が震える。



「ごめんなさいね、ルべリア。あの()の我が儘を許してやってちょうだい」


「とんでもないことです、奥様。確かにわたしは舞踏会などは苦手ですが、ギュゼル様に頼られてこれほど嬉しいことはありません」


「そう言ってくれると嬉しいわ。私の立場がこんなに弱くなければね……。あの娘にもいらぬ気遣いばかりさせてしまって」


「奥様」


「ごめんなさい。さぁ、ドレスを選びましょうか」



 目許を細い指で拭い、奥様はわざと明るい声で仰った。わたしからは何も言うことはできない。けれど、奥様とギュゼル様のこの小さな聖域を守るためにできることなら何だってしよう。

 騎士として、どのような戦いにも挑もう。





◇◆◇





「痛たたたたた!! もう無理、無理ですって!!」


「馬鹿たれが、身体が太過ぎるんだよ!」



 タンジー婆やは口が悪過ぎると思いますが!?

 確かにどのような戦いにも挑むとは言ったが、コルセット相手には分が悪い!



 というわけでわたしは今、ドレスと格闘中です。実際に汗だくで私の背中を足で踏みつけ紐を引っ張っているのはタンジー婆やですけども。わたしも苦しみと戦っておりますよ。



「婆や、もうそのへんで……」


「いいや、奥様。ここで止めたら不恰好だ。そら、もう一回!」


「あああああ!」



 できれば腕っぷしを試されるような戦いがいいです!

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