ルべリアの誘惑
主人公(女)がセリーヌ姫を口説きます。ガールズ・ラヴ要素があるので苦手な方は飛ばして、本日同時更新の次話からお読みください。
※ガールズ・ラヴのタグを追加します。
城の中をとぼとぼ一人歩く。
テオドール殿下は、病弱でいらっしゃるとの話は真実だったようだ。だが、この目で見た限りにおいては、あれは病ではなく気の乱れであったように思う。
そうであれば心の臓に負担がかかる筈。テオドール殿下も胸を押さえておられた。詳しくは調べてみないと断定出来ないが、何度か気の乱れを起こして聖堂教会の施療室に運ばれてきた者を診てきたので間違いない、と思う。
図書室とか、医療部の記録とか、断定するための何かが必要だ。ギュゼル様かテオドール殿下に話してお願いするべきだ。
「あら、ギュゼルの騎士じゃないの。どうしたの、その格好。引き裂いたらもっと似合ってよ?」
「二の姫殿下……」
廊下に立っていたのはセリーヌ姫殿下だった。何故か供も連れずにお一人で。扇から顔を半分覗かせてこちらをご覧になっている。わたしはスカート姿だったため、侍女の礼を取った。
「うふふ、兄上はいないのに、何故ここにいるの? 誰かと逢い引きかしら」
「いいえ。もう戻るところです」
「ゆっくりして行きなさいな。ほら、顔をよく見せて……?」
セリーヌ姫殿下の扇がわたしの顎を持ち上げ、上向かせられた。目が合うと、セリーヌ姫殿下が動揺したように身を震わせた。
……まずい、今日は体を動かしていなかったから、陽の気が濃い。向こうの体調にもよるものだが、これは、良くない事態になりそうだ……。
「……はぁっ、……ふ、何だか、体が……」
「しっかりしてください、姫殿下。今どなたかを呼びに行ってきます」
「貴女、私に何をしたの!? ……ぁぁ、この、魔女め……!」
「落ち着いてください」
「誰か、誰かー! この女を捕らえなさい!! 牢に繋いで……っ!?」
わたしは姫殿下の口を手で塞いだ。
牢はまずい……最悪、処刑されてしまう。
この手は正直使いたくはなかったが、この際、仕方がないか……。
二度と使わないと決めた力だったが、こうなっては姫殿下を黙らせるより方法がない。
「むぅ! んー!!」
「セリーヌ……」
「!?」
姫殿下の体がびくんと跳ねる。わたしはその折れそうに細い腰をさらにきつく左腕で抱いた。
アイス・ブルーの瞳が大きく見開かれ、そこにはもう、わたししか映っていない。
右手はもう離しても良さそうだ。わたしは姫殿下の薄い唇から、頬に手を移した。
「ぁ……」
「セリーヌ、わたしの愛しい姫。わたしは貴女を慕う騎士です。哀れな恋の下僕……どうかわたしに優しくしてくださいませ」
「私の、騎士……」
「そうです、セリーヌ」
「あ……、私の、愛する御方……」
わたしは姫殿下の目を見詰めたまま、その手をわたしの口許に寄せた。レース越しに姫のたおやかな指、一本一本に唇を落としていく。
姫殿下の手から扇が落ちる、かすかな音がした。
姫の頬は上気し、薔薇色に染まっている。吐息は乱れて甘くなり、わたしを求めて切なげに開く。
心臓は弾けんばかりに脈打っているだろう。
「ああ! 体が熱い……! お願い、キスして? 私のこの体を鎮めてちょうだい!!」
「なりません、姫。この身は貴女の唇に触れられる程、清くない。わたしには過ぎる光栄です」
「では、では、どうしたら良いの……? 望みを言って。さあ、早く!」
「誰にも見られぬ部屋にわたしを隠してください」
「わかったわ! この廊下の先、アウグストの部屋を過ぎて奥の塔、最上階で待っていて……!」
「それから、テオドール殿下の施療記録をください」
「勿論、今すぐに!」
「感謝します、セリーヌ……」
「……ぁあ!」
「これはわたしと貴女だけの秘密。誰にも言わずに塔まで来てくださいね」
わたしが耳許で囁くと、姫殿下の体が一際大きく震えた。そっと体を離すと、姫殿下は潤んだ瞳でわたしを見て、踵を返して去っていった。
◇◆◇
わたしには秘密がある。
女性と目が合うと、なぜかその女性は取り乱してわたしに愛を囁いてくることが、多々あるのだ。昔からそうで、しかもわたしが望めば、女性を意のままに操ることができる。幼かったわたしにとっては物心ついたときからそれはすでに当然の事だったので、なかなか気付くことができなかった。でも……。
音がして、塔の最上階の小部屋に姫殿下が現れた。
……良かった、お一人だ。
しかし、先程までの昼間に着る首を覆ったサンドレスではなく、肩を剥き出しにした夜会用のドレスに着替えてきていた。
「あぁ、会いたかった……!」
「わたしもです、セリーヌ。蝶のように艶やかなお姿に、いけない期待をしてしまいそうだ」
「良いのよ! 私を滅茶苦茶にして!」
「しかし、貴女には婚約者がいらっしゃる。分かっていらっしゃるでしょう?」
「それは……! そうね……。わかっているわ……」
姫殿下は悲しみに顔を曇らせて、俯いてしまわれた。言わなければ良かったかもしれないが、これ以上雰囲気を高めてしまうと本当に道を踏み外させてしまう。それはいけない。
「例のものは?」
「ここよ」
姫殿下は持っていた革の紙挟みをわたしに見せた。
「セリーヌ、これでわたしの望みは満たされた。次は貴女の番です」
「私の、騎士様……。あぁ……!」
「その前に約束してください」
「するわ! 何でもする!」
「わたしのことは、誰にも言わないで……。わたしの望んだ品についても他言無用です」
「……わかったわ」
「それから、わたしのことは貴女の心の奥に仕舞ってください。決して思い出してはなりません」
「でも、どうして……?」
「貴女の可愛い姿は、わたしだけが占有していたいからですよ、愛しいひと」
「……わかったわ」
「わたしが扉を閉じたら、今日わたしに会ってからの全ては貴女の記憶から消える。テオドール殿下の施療記録は、貴女が自分で読んでどこかに忘れてしまったのです」
「ええ……そうよね……そうだわ」
「だから、それまでは共に楽しみましょう。わたしの、愛しい、姫君……」
わたしは姫殿下の首筋に唇を這わせ、陽の気を注ぎ込んだ。
姫殿下の細い体が震え、糸の切れた操り人形のように崩れ落ちる。わたしはそれを抱き止めて、さらに気をやる。せっかくなので限界まで注いでおこう。
こうしておけば記憶が飛んで、暗示がもし解けても何も覚えていない筈だ。
わたしは、塔にある石の寝椅子に姫殿下を横たえた。白い肌は上気して汗ばみ、薔薇色に染まってなまめかしい。
乱れた呼吸で胸が上下しているが、心臓にも問題無さそうだ。
「……ぁ、ゃ…いかないで……」
「さようなら、セリーヌ」
去ろうとするわたしの気配に目を開いた姫殿下の額に口づけて、わたしは部屋を出た。扉が閉じる。秘密の逢瀬はこれでしまいだ。




