お茶会 1
イジメの話につき、ご注意ください。苦手な方は本日同時更新の次話から読むことをお勧めします。
あの後、アウグスト様は、もう用は済んだとばかりにわたしを置いて出て行かれた。わたしは追いかける事も出来ずに、開いた扉を見て立ち尽くしていた。
ギュゼル様の元へ帰らなければ……。
頭では分かっているのに、足が動かない。アウグスト様が戻っていらっしゃって、何か優しい言葉をかけてくださるのではないかと、そんな淡い期待を抱いていたのだ。
「用はもう済んだようね。姫殿下がお呼びです、ついて来なさい」
「……いえ、わたしはもう戻らなければ」
「断りを入れるのも直接お会いしてからになさいな! ただの騎士の分際で口答えなど、許されませんよ!?」
いきなりアウグスト様の部屋に入ってきて、横柄な侍女だ。
だが、確かに正論でもある。わたしは大人しくついて行くことにした。逆らう元気がなかったとも言う。
セリーヌ姫殿下の部屋に入ると、ちょうどお茶会を開いていらっしゃるようだった。セリーヌ姫殿下と、三人のご令嬢たち。席はもう埋まっているようだ。
部屋には他に、お付きの女騎士が二人、侍女は案内の者を入れて二人いて、壁の側に控えていた。
「まぁ、お前がギュゼルの騎士ね。一度会ってみたかったの!」
「お初にお目にかかり光栄の至りにございます。ルべリア・ラペルマと申します。ギュゼル様の騎士としてわたしに出来る事は何でもお申し付けください」
わたしの挨拶に嬌声を上げながら、ご令嬢がたは扇の内で何事か話し始めた。貴婦人のお付きで参加したお茶会を思い出す。ご令嬢とはどこにあっても変わらないものだと。セリーヌ姫殿下がわたしに向かって笑いかけていらっしゃる。
「そうね、色々聞かせてちょうだい。あの女泣かせの兄上にどうやって取り入ったのか。ねぇ、ルべリア?」
「!?」
セリーヌ姫殿下の言葉はわたしの血を凍らせた。
「その貧相な体のどこが良かったのかしら。兄上はベッドではどうだったの? 好かった?」
ご令嬢がたが一斉に笑い声を立てる。
口の中が乾いて上手く声が出ない……。
「セリーヌ姫殿下、誤解です。わたしと第二王子殿下とは、そのような関係では……」
「嘘は、だ、め! 騎士の訓練場でも、兄上がお前を壁に押し付けて口づけしていたのを何人も見ているのよ」
「うふふ、王子が騎士を無理やりだなんて!! しかもどちらも美形よぅ。男同士のイケナイ関係に見えて、とっても素敵! すごく話題になっているわぁ」
ご令嬢のお一人がそう仰ると、他のご令嬢がまた黄色い悲鳴じみた嬌声を上げる。わたしの方は、頭がくらくらして、まともに立っていられなくなりそうだ。
「ふふふ、イケナイ子ね、ギュゼルったら」
「っ!?」
「お前に兄上を篭絡させようなんて……」
「違います! ギュゼル様には何の関わりもない事です!」
「そう……。そうかもしれないわね。でも、皆様はどう思われる?」
「…………」
ご令嬢がたは顔を見合わせた。
先程とは違うお一人が笑って仰った。
「セリーヌ様が違うと仰るなら、信じますわ」
「そう。どうしようかしら?」
「信じてください、セリーヌ姫殿下。ギュゼル様は何もご存知ないのです……」
セリーヌ姫殿下は、閉じた扇でわたしの顎をそっと持ち上げると、優しく笑って仰った。
「お前が釈明なさいな。自分の意思で兄上に言い寄り、情けをかけてもらった、騎士の風上にも置けない女だと……」
「……っ、それは……!」
「出来ないの?」
こくんと小首を傾げて微笑むセリーヌ姫殿下は、まるで咲き始めの薔薇のように美しかった……。
結局、きちんと言えるまで、何度も何度も、やり直しをさせられた。何と口にしたかまでは思い出したくもない。はしたない言葉を言わされて、笑われて……。恥ずかしくて頭に血が上り、顔だけがやけに熱かった。
「さぁ、騎士章を自分で外して見せて?」
「……っ、はい、姫殿下」
「可愛い。騎士章って初めてこんなに近くで見たわ」
「本当! わたしにも見せてくださいな」
「あら、私よぉ。やだ、落ちちゃった」
ぱき、と乾いた音を立てて、騎士章が踏みつけられ、壊された。
「あ……」
わたしの、騎士として叙勲を受けた誇らしかった日の事が一瞬、頭をよぎった。
思わず手を伸ばそうとして、護衛の女騎士二人に押さえつけられる。もがくうちに、「すまない」と囁いた騎士の目に光るものを見つけて、わたしは抵抗をやめた。
この二人まで巻き添えにするわけにはいかない。
彼女らは命令されているだけなのだから。
わたしが小さく頷くと、彼女らの喉から嗚咽が漏れた。
「ごめんなさいね。悪気はなかったのだけれど、壊れてしまったみたい。ゆるしてね?」
「構いません。それはただの徽章に過ぎませんので……」
「そう! なら良かったわ」
セリーヌ姫殿下は、本当に楽しそうに笑っておられた。
ああ、早く帰りたい……。
「姫殿下にお願いがあるのですが、壊れてもそれはわたしには大事な物なのです。返していただいても宜しいでしょうか?」
「あらあら大変! どこへ行ったかしら。ああ、そこにあるわ。誰かが取ってくれる筈だから、頼んでみてちょうだい。自分で拾うなんて、だめよ?」
「…………はい、姫殿下……っ」
わたしは、全員に断られるのを承知の上で、お願いして回るしかなかった。どうしてこんな目に会うのか、分からない……。心と共に涙も渇いてしまって、何も考えられなくなっていた。もう、早く、帰る許可が下りないかとそればかり考えていた。
「長く引き留めて悪かったわね、ルべリア」
「いいえ、姫殿下。ご一緒出来てありがたく存じます」
「では、もう良いわ。ギュゼルによろしくね」
「はい、姫殿下」
やっと帰れる!
わたしの頭の中はそれで一杯で、喜びに浸っていたわたしは、誰かがわたしに紅茶を引っ掛けるのを、避けられなかったのだ。
「きゃあ、ごめんなさい!」
「あ、いえ、大丈夫です」
「いいえ、だめよ。服が痛むわ。すぐに脱いで」
「えっ? いえ、そのままで結構ですから……!」
「ルべリアの服を全て脱がして。替わりのものを着せてちょうだい」
侍女たちがわたしを押さえつけ、その場で全てを脱がされていった。……下着も全て。
「きゃあきゃあ、可哀想~!!」
「もっとよく見せて! ほら、早く脱がして!」
遠くで声が聞こえるような、そんな非現実感に包まれ、わたしは小さな声で抵抗することしか出来なかった。
「よく似合ってよ、ルべリア」
「本当! わたしの侍女にしたいわ」
「ずるいわ、私も欲しいのに~」
「喧嘩しないのよ、貴女たち。さぁ、ルべリア、ご挨拶して?」
セリーヌ姫殿下がわたしを床に座らせて仰った。
「ひ、姫殿下……。お願いが……」
「なぁに? 言ってみてごらんなさい」
「し、下着を返して、ください……」
「あら、大丈夫。お前の胸なら必要ないもの」
「ならばせめて、下だけでも……」
「だ~め。多少めくられても、中に手を入れられなければ分からないわ」
「そんな……!」
侍女の服を着せられ、下着は脱がされたまま……。
わたしは情けなくて、涙が滲むのを抑えられなかった。
「泣いちゃって可愛いわ……。まるで女装した少年みたいね」
「あら、わたしはもうちょっと小さい子が好きなの」
「セリーヌ様、連れて帰っちゃダメ?」
「ひっ……」
「だめよ。兄上の玩具なんだから。さぁ、ルべリア。お辞儀が出来たら帰って良いわ。今度こそ、ね……」
「はい、姫殿下。失礼いたします……」
震える足で礼をすると、セリーヌ姫殿下は、犬でも払うようにわたしに退室を命じられた。
ギュゼル様のお茶会を、またすっぽかしてしまった……。帰らなくては……。そして、帰るまでには、涙を乾かしておかなければ……。




