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魔王子は女騎士の腕の中で微睡む  作者: 小織 舞(こおり まい)
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呼び出し

 昼食には余裕をもって戻ることが出来た。さすが、庭園をつっきると早い早い。木登りは得意なんです。柵越えも慣れてますからね!



「早かったね。手伝いな」


「はい、着替えて手を洗ってきます」


「ついでに(かめ)に水を足しといとくれ」


「わかりました!」



 タンジー婆やがご機嫌だ。オーヴンからは良い匂いが漂っている。パイかな、それとも……。口の中に自然と唾が溢れてくる。



 さぁ、着替えて仕事をしよう!



 昼食は羊肉の挽き肉パイ包みと魚のスープ、サラダだった。夏が終わってしまい、胡瓜やトマトが消えて寂しい。だが、もう少ししたら茸が届くだろう。そうしたら、牛酪(バター)を練って、焼いた茸に……。ふふふ、楽しみだ!!



「気持ち悪いねぇ……」


「酷いです!?」



 そんな嫌そうな顔をしなくたって良いじゃありませんか!!



 そんな風に食後のお茶を一服いただいていると、誰かが裏口に現れた。



「第二王子殿下からの招集です。ラペルマ殿に伝言です。すぐに城へとのことです」


「……ご苦労様です。確かに伝言を承りました」


「それでは、失礼します」



 若い伝令だった。まだ見習いだろうか。

 彼が仕事から帰ったあと、もしわたしが行かなかったとしても、その事で叱られたりしなければ良いのだが……。



 トマス殿は来るなと言ったが、一応、登城の用意だけはしておこう。重い気分のまま皿を洗い、婆やの目を避けるように部屋へ戻って騎士服に着替えた。



「失礼します」



 裏口にまた誰か来たようだ。出てみると、この場には似つかわしくない侍女服を着た女性だった。



「ルべリア・ラペルマ、二の姫殿下がお呼びです。ついていらっしゃい」


「……二の姫殿下が、ですか?」



 三の姫(ギュゼル様)ではなく? いったい何故……?



「良いから、早くいらっしゃい!」


「ちょっ、痛っ……」



 侍女はわたしの手首に爪を食い込ませて、力任せに引っ張った。ついていくしかないようだ。



「城へ行って参ります!」



 わたしは声を張り上げると、侍女について城への小路を辿った。乱暴な侍女だ。手を放してほしいと言ったら睨まれた。わたしは跡のついた手首を擦りながら彼女についていく。二の姫様がどんな用件でわたしを呼び出すのかは分からないが嫌な予感しかしなかった。





◇◆◇





 城に入り、王族の私室がある区画へと真っ直ぐに向かう侍女とわたし。ここにはアウグスト様やギュゼル様の部屋もある。使用人が歩き回る時間ではないので、誰にも出会わない。


 二の姫様といえば、美姫として名高いセリーヌ姫殿下だ。

 蜂蜜色のたっぷりとした巻毛と、猫のようなアイス・ブルーの瞳、小さな唇はまるで固く(つぼ)んだ薔薇だ。



 夢見るような声で笑う姫殿下に魅了されぬ男はいないという。新年の祝いの席では王太子殿下の奏でる楽の調べに合わせて、セリーヌ姫殿下の歌声に皆が聞き惚れるのだ。



 賢さで知られた、王太子殿下の妹御であるラグーナ姫殿下が嫁いでしまってからは、「お姫様」といえばセリーヌ姫殿下のことを指すようになった。



 わたしにとっては雲の上の御方で、まさかセリーヌ姫殿下がわたしをお呼びになるとは想像もしなかった。もしかして、王太子殿下と同じく、セリーヌ姫殿下もギュゼル様の事件で胸を痛めていらっしゃるのかもしれない。



「あの、二の姫殿下がわたしに何の……」


「ご自分でお聞きなさいな」



 すげなくあしらわれてしまった。



「ルべリア、遅かったではないか」


「アウグスト様……?」



 後ろから、アウグスト様の左手がわたしの首の下、鎖骨のあたりを押さえ込んできた。そのまま寄せられてよろめくようにアウグスト様の腕の中に囚われる。



「伝令を寄越してからこちらに来るまでに時間が掛かり過ぎだ。まさか、迷ったのか?」


「いえ、あの……」


「まぁ良い。こちらに来い」



 おおう、侍女が凄い顔でわたしを睨んでいます。



「失礼ですが、殿下」


「何だ。お前に用はない、退がれ」


「ですが……」


「退がれと言った。さっさと消えろ」



 アウグスト様が底冷えする声で侍女をお叱りになった。

 いつもわたしが逆らえない、あの低い声とはまた違う、心の臓が凍りつきそうな程の冷たさだ。



 この方の機嫌を損ねてはならないと、本能が大きな警告音を立てている。わたしには高圧的だった侍女も、己の劣勢を悟ったのか、無言で一礼して去っていった。



「まったく……。朝も現れないし、直ぐには来ないし……反抗的だな」


「いえ、そんな!」



 滅相もありません。



「仕置きが必要か……?」


「すみませんでした。わたしが悪かったのです」


「急に素直になったな。では、選ばせてやろう。痛いのと恥ずかしいのと、どちらが良い」


「どっちも嫌です!」


「どちらともとは、欲張りだな、ルべリア」



 違いますよ!?



「っ!!」


 後ろから抱きすくめられて、わたしは悲鳴を飲み込んだ。

 首がくすぐったくて、振り払いたいのに、怖くて振り払えない。しばらくの間、わたしはくすぐったさに耐え続けなければならなかった。



「心臓が小鳥のように早く打っているな。怖いのか、ルべリア?」



 怖いです。

 アウグスト様の全てが怖くて、逃げ出したいのです。



「可愛いルべリア……。仕方ないから仕置きは勘弁してやろう」


「えっ? 今のがお仕置きじゃなかったのですか?」


「……これで仕置きが終わったと思うとは、どれだけ手緩(てぬる)くすれば良いのだ」



 わたしに聞かないでください。



 呆れたように言いながらも、アウグスト様はわたしを放してくださった。わたしたちは正面から向き合う形となり、少し気恥ずかしく思う。



「俯くな。こちらを見ろ……」


「…………」



 アウグスト様の低い声が耳許で響く。でも、こんな事をされたら、尚更お顔を見られません……!



「ルべリア、会いたかった」


「!」


「昨日はいつの間にかいなくなっていたからな。今日は帰さない」


「こ、困ります……。お茶の時間には戻ると約束したので、心配をかけてしまいます……」


「伝言を飛ばそう」


「お客様がいらっしゃるので……!」



 いけない、丸めこまれないようにしないと……。

 ギュゼル様を悲しませないためにも、毅然とした態度でお断りをしなければ!!



「ルべリア」


「い、いけません、駄目です……」


 肩を抱き寄せられ、これはもう無理かと思っていたその時、思わぬ助け船がやってきた。



「殿下。遅いと思えば、こんな所で何をなさっておいでですか?」


「……チッ」


「トマス殿!!」



 助かりました!

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