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魔王子は女騎士の腕の中で微睡む  作者: 小織 舞(こおり まい)
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小夜更けて――ルべリア――

 胸の内にトマス殿の言葉が甦る。



『殿下は今、目まぐるしく動く情勢の中で国のために最善の行動を取るべき大事な時期にある。

 そんな時にお前が横にいて殿下の目が曇ることがあってはならない。明日は呼ばれても城に来ないでくれ。

 もしどうしても来て貰わねばならなくなったら、今日のように殿下を気絶させてくれ』



 トマス殿はわたしに頭を下げてまで、来ないで欲しいと頼んできた。



 わたしは……、わたしだってあのような事をされるアウグスト様の側にいるのは怖い。

 今までも口づけはされてきたけれど、今日の口づけはどこか違った気がする。何だか、飲み込まれてしまいそうで……。



 だが、呼ばれたら行かないわけにはいかない。

 アウグスト様の機嫌を損ねて、ギュゼル様のことが中途半端になってしまったら、と思うと肝が冷える。もう事態はわたしの手には負えないのだ。



 わたしの姫を助けるためには、アウグスト様におすがりするしかない。トマス殿には悪いけれど。



 ああ、でも、わたしがお側にいると邪魔になるのか。もうどうしたら良いのか分からない。



「あら、そこで何をしているの」


「!」



 アウグスト様の部屋の近くで百面相をしていたら、誰かに見られてしまった。背筋を正して騎士の敬礼姿勢を取る。通りかかった貴婦人は金木犀の強い香りを纏っていらっしゃった。トリシア・ノレッジ様、アウグスト様の御生母で、側妃のお一人だ。



「貴女、今この部屋から出て来なかったかしら?」


「……はい、呼ばれましたので」


「そう。……ちょっと、顔をよくお見せなさいな」



 扇でわたしを指し招く。

 わたしは覚悟を決めてお側に寄った。



 トリシア様の眉がひそめられ、まさか、との呟きが漏れた。そう、トリシア様は、以前、わたしと伯爵夫人の醜聞の元になった場面に偶然立ち会われた御方でいらっしゃるのだ。



 わたしの(よう)()が夫人を惑わし、彼女は人前であるにも関わらずわたしへすがりついて、愛を求めた。まるで恋愛歌劇のような愁嘆場だった。そのせいで、わたしは騎士という職を失いかけたのだ。



「貴女のような者がいていい場所ではないわ。……まさか、貴女が最近息子に近づく悪い虫かしら?」


「…………」


「答えなさい!!」



 トリシア様の扇がピシャリとわたしのこめかみを打つ。痛みが引くと、それはじんわりとした熱に変わった。



「名前をおっしゃい」


「ルべリアと申します」


「やっぱり! まだ男みたいな()()ちをしているのね。もうここには来ないで頂戴!!」


「殿下のお呼びとあらば、来ないわけには……」


「ならば、城から消えなさいな!」



 トリシア様は、近くにあった花瓶から生花を抜くと、わたしの顔に投げつけて去ってしまわれた。



「……花が」



 可哀想に。

 幸い、わたしの頭が濡れただけで花はまだ元気だ。花瓶に戻し、わたしは離れに戻ることにした。何て言い訳しようかな、これ。





◇◆◇





 離れに戻ると、奥様が目を丸くなされて、あわてて奥に引き込まれた。暖かい台所で頭を拭かれる。騎士服も上着を脱がされた。おお、かなり濡れている。タンジー婆やがわたしの部屋から着替えを持ってきて放り投げてくれた。



「ルべリア……、何があったのか聞かない方が良いのかしら」


「ちょっと、花瓶を倒してしまっただけですよ」


「でも、頭に……」


「はい、頭が割れなくて幸いでした」



 奥様は曖昧に微笑まれた。

 でも、知らない方が良いし、ギュゼル様にも知っていただきたくない。



「ったく、昼もお茶もすっぽかすなんて、用意したのが勿体ないねぇ。ふつう言ってから出掛けるもんだよ」


「すみません、ちゃんと食べますから」


「……馬鹿娘が」



 タンジー婆やの文句には、心配してくれたのであろう、安堵が滲んでいたように思う。



「奥様、婆や、心配をお掛けして申し訳ありませんでした。今日は色々ありましたが、明日はこちらにいられると思います」



 わたしの言葉に、奥様は目に見えてほっと安堵されたようだ。



「それで、あの王子様とやらに贈り物は出来たのかい」


「はい、おかげさまで」


「アンタ、昨日までとは様子が変わっちまってるが、まさか……」


「タンジー! おやめなさいな」


「?」



 昨日と違う?

 何か違うんでしょうか。どこが違うんでしょう?



「やっちまったのかい?」


「タンジー!」


る? いえ、何もしていません。あ、失敗もやらかしてませんよ! 今日は、ちょっとは怒られましたが、あれは不可抗力……」


「……まぁ、なんだね、それならいいんだよ」



 あれ、なんか疲れてませんか?

 わたし、按摩マッサージは得意ですよ。



「いいよ、いいったら」

「そう仰らずに」



 わたしはタンジー婆やの肩を揉んだり叩いたりした。固いなぁ……。何だか苦労ばかりかけている娘……いや、孫の気持ちになってしまいますね。



「アンタ……、アンタはいい娘だよ」


「急になんですか?」


「ギュゼル様が城に行っちまった今、アンタはどこか他所に移った方がいいのかもしらんと、ちょっと奥様と話してたんだ」


「え……」


「このままだと、何か良くない事に巻き込まれるんじゃないかってさ」


「…………」



 黙ってしまったわたしを、奥様が気遣うようにして体を支えてくださいました。



「ギュゼル様の命を守ってもらって、本当に貴女には感謝してもし足りません。でも、ここにいては、殿下が……。いえ、ギュゼル様の命を狙う者に貴女も酷い目に合わされるのではないかと」


「奥様! それは貴女様も同じです。婆やもそうです。せめてわたしがいないと何かあっても戦えないではないですか!」


「奥様、はっきり言ってやった方がいい。ルべリア、アンタは、殿下から妾になれって言われたら断れんだろ」


「タンジー……何てことを」


「本当のこった。奥様はアンタには同じ目にあって欲しくないのさ」


「…………。わたしはここを離れません。今、アウグスト殿下はギュゼル様のために犯人を探してくださっています。わたしはその代わりに、命と純潔以外の全てを差し出しました。今のわたしはアウグスト殿下の剣です」



 奥様が息を飲んだ。



「アンタ……、それじゃあ命令されたらなんも逆らえないじゃあないか。……馬鹿だねぇ、馬鹿だよ……」


「ルべリア……ごめんなさい、ごめんなさい!」


「婆や、奥様……。わたしは自分の意思でここにいます。ギュゼル様の幸せがわたしの幸せです。それに、殿下のことも、嫌々従っているわけではないんですよ。心配することなんて何もありません」



 そう言っても、奥様は泣いて謝るばかりだった。

 湿っぽい夕飯を終え、ギュゼル様を出迎え、体を清めて寝台に倒れ込む頃には疲れきってクタクタになっていた。



 それでも、アウグスト様とのことが思い出されてなかなか寝つけなかった。



 こんなに鮮明にアウグスト様の声が、わたしを見詰める紫水晶(アメシスト)の輝きが近くに感じられるのに……。



 恋とは何だろうか?

 愛とはどんな物なのだろう……。



 誰かが教えてくれれば良いのに……。そうしたら、アウグスト様の望みを叶えて差し上げることが出来るのに。



 あの時、帰り道で……。



『ルべリア、お前がわたしを恋しく思うようになれば良いのに……。わたしに請い、願えば、お前の全てを今すぐ奪ってやるのに』



 その声がまだ耳に残っているようで、わたしはぞくりと背筋を走る何かに体を震わせた。

作者の中で「殿下、手加減してください」派と「いいぞ、もっとやれ」派が日夜戦いをくりひろげているという…。

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