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魔王子は女騎士の腕の中で微睡む  作者: 小織 舞(こおり まい)
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遠乗り

登場人物紹介にラフ画を追加しました。是非ご覧くださいませ。


http://ncode.syosetu.com/n2221dh/

 トマス殿の助言はわたしの心構えをするのには役立ったが、結局何をしたら良いかには繋がらなかった。親しい同僚もいないし、兄弟もないわたしには良い贈り物の見当がつかない。



 もういっそ本人に聞いてしまおう、そう思ったら城に足が向いていた。



 城に行き、アウグスト殿下に伝言があると言えば、第二王子付きの使用人の待機場所へ連れていかれた。わたしはそこで椅子に腰掛け、アウグスト殿下にお伺いを立てて返事があるまで待つことになる。



 ここでアウグスト殿下のために働く使用人は男性ばかりだ。お茶を用意するのも給仕するのも男性とは、少し、いやかなり珍しい。



 貴族や商人でもないのにお茶を淹れてもらってしまい、恐縮してしまう。しかもいつもわたしが使う分厚い湯飲みではなく紙のように薄い、白磁に金で装飾された紅茶専用のカップだ。思わず手が震えてしまう……。



 しばらくしてアウグスト殿下の部屋に通された。殿下は乗馬用の手袋を留めていらっしゃるところだった。



「今日はまだ呼んでいないぞ」



 ちらりとこちらを一瞥し、また身支度に戻られる。

 突き放された態度に、わたしは来たことを後悔した。しかも聞きたいことも本人に聞いていいのかどうか……。



「用件なら早く言え」



 そうですよね。すみません。

 聞く気がないなら通さず追い返しているだろうし。ええい、思いきって聞いてしまえ!



「あの、殿下がわたしに望むことって何でしょうか?」


「……それを私に聞くのか?」


「う……。その、殿方を喜ばせる方法がわからなくて……。こういったことには不慣れで」



 わたしの背後でトマス殿がむせ込んでいた。大丈夫だろうか。



「くっ……くはははは! あっははは!」


「殿下……?」



 何がおかしかったんだろうか。すごく笑われている。笑わせたら勝ちとかだったら良かったのに……。こんなに笑っていらっしゃるなら朝の件は無効にしてもらえないかなぁ。



 トマス殿に何がおかしいのか尋ねたら、「ちょっと、な」と言葉を濁された。



「その言葉、他の男に言うなよ。良いようにされてしまうぞ」


「良いなら良いのでは?」


「馬鹿め」



 タンジー婆やにもよく馬鹿、馬鹿って言われます。



「それで、私の喜ばせ方だったか」


「はい……」


「何でも良い。例えば……そうだな。お前も騎士ならこれはどうだ」


「…………」



 殿下が指し示されたのは戦盤(いくさばん)だった。

 白と黒に塗り分けられた盤で、これを戦場に見立てて駒を動かし、勝敗を決める。細かなルールがあり、遊び方は様々だ。



 沈黙の示す通り、わたしが大の苦手とする知的遊戯である。

 騎士だからと見習いを始めた頃にやらされ、わたしがあまりにも勝てないので皆が面白がって総当たり戦をやったところ、教師どころか先輩、同期全員に敗かされたという……。



 わたしは運が絡まないゲームでは勝てません。絶対に。



 わたしの表情を読み取ってか、アウグスト殿下の瞳がまたしても輝いている。まるで獲物を見つけた猫だ。あれは、死ぬまでいたぶってやる、という目だ。



「お前に有利なルールにしてやろう。トマスも付けてやるし、駒も私の分は一つ二つ抜いても良い。さぁ、勝てば褒美をやろう」


「……でも」


「殿下は国一番の指し手だぞ。よしておけ」



 トマス殿がわたしのすぐ後ろで耳に手を寄せて囁いた。アウグスト殿下は面白く無さそうな顔だ。



「そろそろ時間です」


「ああ、そうだったな」


「どこかへお出掛けですか?」


「社交だよ。今日は平原へ遠乗りに行く」


「そうでしたか」



 羨ましい。

 そんな気持ちを見透かされてか、アウグスト殿下はわたしを見て言った。



「一緒に来い、ルべリア?」


「アウグスト様!」


「よろしいのでしょうか」


「命令だ」



 殿下は悪戯っぽい目で笑った。

 命令なら、仕方がありませんね!





◇◆◇





 トマス殿の乗馬服の予備を着て、手早く準備をする。手足の長さはそこそこ問題ないが、いかんせん胸や胴回りが余っている。トマス殿が調整を手伝ってくれて何とか様になった。ちなみに、靴はアウグスト殿下の物をお借りしている。



 遠乗り用の馬は舗装された道を嫌うので、厩舎から出したら脇の小さな門から王城を抜け、王都の外に出た。


 平原の中程に昼食の席が設けてあり、そこで同年代の貴族の子弟に会うのだという。十人程集まるというから、使用人を合わせると四十人近くなる。



 わたし一人増えても問題ないということだ。



 馬に乗るのは久し振りで、頬を撫でる風が心地好い。

 よく晴れており、確かに野遊び(ピクニック)にはぴったりだ。



 アウグスト殿下はトマス殿の他にもう一人連れていくつもりだったようで、その彼がわたしの代わりに留守番になってしまった。心苦しいが、その分しっかり働こう。土産の入ったバスケットを提げて平原を馬を駆ると、大きな天幕が見えてきた。



 天幕の下には机と様々な食べ物が置かれ、サンドイッチの入ったバスケットや、焼き菓子の入ったバスケット、コルクで栓がしてある陶製のピッチャーなどがある。わたしも土産のバスケットをここに置いた。



 敷物が広げられ、皆、思い思いに座っている。日傘を差した若いレディたちがこちらを見ていたので、腰を折って挨拶すると投げキッスをいただいてしまった。



「何してる」


「え、挨拶を……」


「私は向こうに行かねばならない。私の馬に餌をやっておいてくれ」


「わかりました」



 不機嫌なアウグスト殿下は、そう言ってトマス殿を連れて人の集まっている場所へ行ってしまった。



 わたしはトマス殿の馬に積んである餌袋を開けて、三匹が均等に食べられるよう餌やりの桶に穀物を入れていった。



 よくこうやって集まるのだろうか、天幕を中心に簡易的な露営所とでもいうべき空間が整備されているようだ。井戸や屋根のある休憩所も見える。



 ギュゼル様も来られれば、お喜びになられただろうに。



 口には出せない思いが溜め息となって出ていった。

 アウグスト殿下の黒い馬が慰めるようにわたしの腕に鼻筋を擦り付けてきた。



 そろそろデザートの人参をあげようか。

 わたしが掌に人参を置くようにして馬に差し出した時、横から声をかけられた。

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