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魔王子は女騎士の腕の中で微睡む  作者: 小織 舞(こおり まい)
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そして歯車は回りだす

「ったく、ここへ来て二年も経つって言うのに、まったく成長しない娘だねぇ!」


「ううう……」



 タンジー婆やが呆れたように言う。

 そう、わたしは今、まさに叱られている最中なのだった。



「まあまあ、もう良いじゃありませんか、タンジー。ルベリアも反省しておりますし」


「……ふぅ。仕方がないねぇ」


「奥様ぁ、ありがとうございます!」



 ギュゼル様の黃金の髪を櫛で漉きながら、オーリーヌ奥様が微笑む。



 助かった!

 タンジー婆やはわたしに厳しすぎるのです!



 婆やはこの離れを一手に取り仕切る存在で、主な業務は炊事、洗濯、掃除に経理……ほぼ全部ですね。本人は主にわたしを叱ることだと言っていますが。



 真っ白い髪を頭の上でお団子に結んだタンジー婆やは、ギュゼル様が産まれたときからオーリーヌ奥様たちのお世話している古株で、年齢は怖くて聞けないがそうとういい年齢であることは確かだ。小柄でテキパキしていて、口うるさくて怖いひとだが、わたしは彼女と、彼女の作る料理が大好きなのだ。



 ここは国王陛下の住まわれる城がある区域の北の外れにあり、通称は「離れ」と呼ばれている独立した小さな家だ。二階建てで、一階には広めの台所や浴室、洗濯場も完備された豪華っぷり。サンルームと応接間と小さな書斎がある。



 二階はギュゼル様と奥様がお(やす)みになる主寝室、ドレッサールーム、ギュゼル様のお部屋がある。あと、タンジー婆やの部屋と客室がひとつ、物置部屋。わたしの部屋はその上、屋根裏部屋だ。



 ここをタンジー婆やひとりで管理できるのかと言うと、それが出来てしまうのですよ……タンジー婆やは有能なのだ。ギュゼル様のお母上であるオーリーヌ奥様は、ここの女主人ではなく召使いというお立場なので、タンジー婆やを手伝ってはいるものの実際にはギュゼル様のお世話が主な業務だ。



 ……オーリーヌ奥様のお立場は複雑だ。

 それを語るなら、まずはこの国と国王陛下について語らねばなるまい。





◇◆◇





 島国と呼ぶには少々大きすぎるきらいがあるものの、アウストラルは周りを海に囲まれた豊かな王国だ。羊の畜産と漁業が主な産業で、真珠もよく採れる。また、腕の良い細工師が多く、アウストラルから輸出されるアクセサリ類は飛ぶように売れるらしい。



 島をちょうど二分したところから東の半分はアウストラル国王の領分で、西の半分は聖典を納めた聖堂教会の自治区となっている。実質国がふたつあるようなものだ。



 わたしはその聖堂教会のある西部大森林自治区の出身だ。自治区だけにアウストラルとは法律が違うが、税金はアウストラルに納めているという不思議な状況である。



 この西部大森林自治区には多くの魔物が出るのだが、そこ以外の土地にはあまり出現せず、アウストラルは大陸にある諸外国に比べて魔物の害がなく平和だと言われている。



 時の国王コルネリウス陛下には五人の子がいらっしゃる。上から順に王太子テオドール殿下、すでに嫁がれたラグーナ姫殿下、”氷の魔王子”と恐れられるアウグスト第二王子殿下、美姫と名高い二の姫セリーヌ殿下、そして末の三の姫ギュゼル殿下だ。



 コルネリウス陛下の正妃はオデッサ様で、王太子殿下とラグーナ姫殿下の生母でいらっしゃる。側室にも妃がふたり。第二王子の生母で国の大物貴族ノレッジ侯爵家のトリシア様、ニの姫セリーヌ様のご生母で、おふたりから少し格は落ちるものの美しさで民衆の支持を得ているルマイヤーズ伯爵家のエヴァンジュエル様だ。



 正真正銘、本物の王女でいらっしゃるギュゼル様が、城の離れというこんな狭い場所に閉じ込められ、教育も身の回りの品々も姉君二人に差をつけられているのには理由がある。ギュゼル様のご生母であるオーリーヌ奥様は、何の後ろ盾もない、吹けば飛ぶようなご身分でいらっしゃるのだ……。



 オーリーヌ奥様は位の低い貴族の末子であり、本来は陛下の寵愛を受けることは有り得ないはずだった。だが、奥様を見初められた陛下との道ならぬ恋に落ちてしまわれて、お立場の弱いままにギュゼル様をご出産なされたのだという。



 腹立たしいことだが、ギュゼル様は功績のある者に下賜(かし)される褒美のように、いずれは国内の貴族に降嫁(こうか)させるべく王宮の(かたわら)で育てられているに過ぎない。決して公式の場にお出になれないわたしの主人を、周囲の者たちは大切に隠されている病弱な末の姫として認識しているのだ。



 ……なんとも皮肉な話である。



 そんなギュゼル様の護衛として二年前からお仕えしているわたしルべリア・ラペルマは、本来ならここにいられるような人間ではない。



 騎士試験を通って無事にお勤めを始めたものの、わたしは庶民の出なので王室のご家族にお仕えできるような立場ではないのだ。上級騎士は皆、最低でも騎士階級の家柄、つまり貴族なのだから。



 それなのに他の上級騎士たちと同じく城の設備を使わせてもらえているのは、わたしがギュゼル様付きの女騎士だからだ。正直、肩身が狭い。針のむしろと言ってもいい。



 だが、わたしは誇りを持ってこの職に就いている。

 ギュゼル様に忠誠を誓い、ただ一人の彼女の騎士として日々敬愛を捧げている。



 ギュゼル様は明るく、わたしたち使用人にもお優しい。誰を羨むこともなく、健やかに成長されており、お勉強も楽しく修めてお過ごしだ。その幸せをお守りすることが、わたしのただ一つの使命であり、願いでもある!



 つまり、ギュゼル様かわいい!

 はぁ〜、わたしは今日も幸せです!

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