朝の訓練場
わたしは走り込みは程々にして、剣の型を訓練することにして訓練場にやってきた。すでに練習している騎士や女騎士が何人かいて、こちらを見て会釈してきた。わたしも会釈で返す。
相手になってくれそうな者は居ない。男性騎士や見習いはあからさまにわたしを避けるし、女騎士は皆、相手を伴ってここに来ている。仕方ない、一人でやろう。
わたしは髪をぎゅっと絞って紐で結んだ。自分でやるのは難しいというが、それも慣れたものだ。十の頃からこの髪型だ。
わたしが練習用の革のベストを留めていると、ふいに鈴蘭の香りが鼻をくすぐった。
「ルべリア」
「おはようございます、アウグスト殿下、トマス殿」
「一人か?」
「ええ、まあ」
「では私につき合え。トマスの剣筋はもう見切ったからつまらなくてな」
「アウグスト様、自分は長剣を使うのに、殿下に合わせて突剣にしているのですよ」
「ふん、細剣でも良いぞ」
「折れるので使いません」
子どものような掛け合いに思わず笑ってしまう。それがアウグスト殿下の嗜虐心を煽ってしまったのだろうか、わたしに練習用の突剣を突きつけてきた。剣先についた玉がわたしの顎をくすぐり、胸元をつつく。
「さぁ、来たまえ、レディ?」
「お相手しましょう」
わたしは練習用の突剣でアウグスト殿下の剣を払いのけた。それが合図となり、わたしと殿下は土の練習場に対峙したまま移動した。
構えに隙がない……。
くるくると踊るように足を運びながら攻める時機を見計らってはいるが、難しい。わたしは左手の肘を九十度に曲げてホールドしているが、殿下は左腕を後ろに回し、背中にピタリとくっつけている。かなりの熟練者だ。
「来ないのか? ならばこちらから行こう」
「っ!?」
胸元に吸い込まれるようにスッと入ってくる剣先を突剣で弾き返そうと手首を動かした、そのときにはもう左の太股に殿下の剣先が触れていた。フェイント……!
だがまだ負けではない。巻き返すために乱れた姿勢を正そうと足を一歩下げたその時、わたしの右肩に剣先が当たった。
「もう後がないぞ?」
その通りだった。
次々に繰り出される剣先を避け、叩き、突き……。しかしわたしはどんどん壁際に追い詰められていった。
「っはぁ、……っ」
強い!
このままでは負ける。わたしは殿下の剣を絡めて取り上げようと賭けに出たが、逆にあっさりと取り上げられてしまった。
「さぁ、覚悟しろ。痛いぞ?」
「!」
とどめの一撃。わたしは心臓への突きを覚悟した。ベスト越しでもアザが出来、悪ければ肋にヒビが入る。情けないことに目を閉じてしまった。
だが、いつまでたっても痛みはこない。代わりに、ひき結んだ唇を舐められた。
「ひゃうっ……!」
「私の、勝ちだ」
アウグスト殿下はわざとわたしの耳に息をかけながら勝利を宣言した。体から力が抜けていく。わたしは膝を折り、しゃがみこんで壁に背中を預けた。
「大人気ない……」
「うるさい」
トマス殿の言葉にアウグスト殿下は噛みついている。そして、いつの間にか練習に来ていた騎士たちは手を止めて、わたしと殿下の試合を見ていたようだ。拍手が聞こえてくる。女騎士たちがわたしを見て笑っているように思えて恥ずかしくなり、わたしは腕で顔を隠した。
まさかアウグスト殿下があんなに強いとは思わなかった。わたしは突剣がそんなに得意な方ではないが、それでも手も足も出ないほどの差があるとは……。これでは何もかも敗けっぱなしではないか。
「さて、私が勝ったのだし、何をしてもらおうかな?」
「え……? そんな約束……」
「してないな。今決めた」
「そんな……」
そんな事は困る、と言いたかった。だが、敗者は無力だ。しかし言うだけ言ってみよう。
「わたしが勝っても同じ事を仰いましたか?」
「勿論だとも。お前の望みなら何でも、私に出来る範囲で叶えてやったさ」
とても意地の悪い顔でそう嘯く。なんて生き生きしているんだろう、この男は。まぁ例え嘘だったとしても敗けたわたしが疑えることではない。従うしかないだろう。
「アウグスト殿下なら何でも命令出来るではありませんか。何をしろと仰るのですか?」
「そうだな。だから、お前が私に何をするか考えろ」
「え……」
「楽しみにしているとしよう」
「…………」
なんとも困った事になったものである。
ルべリアは決して弱くはありません。ただ、条件反射的に動くので、技術とかルールとかに弱いだけです。そして試験になると実力を発揮出来ないという…。
ゲームに例えるとルべリアは基礎値が高くて戦闘でそこそこ使えるも、ミニゲームになるとスコアが伸びずに攻略を後回しにされるタイプ。
アウグストは知力と魔法がカンストしてるけど、体力が無いのと、怠惰だから内政が上がらないタイプ。足元がお留守になりがちなので、負ける時は負けるひと。




