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魔王子は女騎士の腕の中で微睡む  作者: 小織 舞(こおり まい)
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誘拐

本日は二話続けて更新しております。こちらが二話目ですが、前話は不愉快な表現があり、読まずとも問題はありません。

苦手な方は飛ばしてこちらをお読みください。

 ルべリアが離れに戻ってからしばらく、アウグストとトマスの主従は部屋で作戦会議と洒落込んでいた。



「パンドーラ商会の長は拐って私の領地にでも押し込んでおけ。その際、使い走りもまだ生きていれば一緒にな」


「商会は立ち行かなくなるのでは?」


「私の子飼いの織物商が買い取るさ」



 パンドーラ商会も規模は大きくないとはいえ、王都に拠点を構える商人だ、利がなければ姫の暗殺などに関わる筈もない。そして、手を組んだログサム卿が口封じをしようとしても簡単にはいかないだろう。



 ただ、既にアウグストが動いているので、それに勘づいたログサム卿がトカゲの尻尾切りとばかりにパンドーラ商会の長を始末する可能性はある。もし黒幕がセリーヌかその母親だったとして、計画が失敗してログサム卿の指図だと暴露されたらどうするか。勿論、知らぬ振りでログサム卿を見捨てるだろう。それどころか彼女たちにとってはログサム卿すらトカゲの尻尾だ。



 例えログサム卿が訴え出ても証拠がなくてはどうにもならない。が、死んだ首より生きた首だ。ログサム卿を捕らえるのはアウグストの権限では不可能なので、彼がいつ死んでも良いようにパンドーラ商会の長の身柄を確保して尻尾を握っておくのだ。



(間に合っても間に合わなくとも、どちらでも構わない。本命は次に仕掛けてくる時なのだから。どうせあの女たちはこれで手を引きはしまい。駒を進めて相手の動きを待つさ……)



 アウグストはギュゼルを囮に罠を仕掛けるつもりだが、それはまだトマスにさえ言っていない。トマスは真面目で融通が利かない。命令には従うが、きっと文句を言う。



 だからいつも通りに他の者にやらせるが、今回に限っては、ルべリアの悲しそうな顔が脳裏に浮かんでアウグストの心をざわつかせた。



(なぜだ、なぜこんなにあの女騎士のことが引っ掛かる? あれが泣こうがどうしようが、私には関係ないというのに……)



 さらに言ってしまえばアウグストにとってトマスとテオドール以外の人間など、気にかけることなどないし、そもそも他人の進退などそんな些末(さまつ)な事を意識したりしない。



 ギュゼルが例えば目の前で命に関わる大怪我をしたとして、助けはするだろうが動揺はしない。ようするに大切なものの範囲が極端に狭く、またその他のものに全く頓着しない男なのである。



 その彼が、会ったばかりの女騎士を大切なものの中に入れようとしている。ルべリアはアウグストが初めて執着を示した女であった。その執着がどのような形で二人を結びつけようとしているのか、この時のアウグストはまだ知らなかった。





◇◆◇





「そう言えば、ルべリアについてもっと分かった事はないのか?」


「……ご自分でお聞きになれば良いでしょう。今日みたいに」


「それは……、ほら、お前の仕事を横取りしてはいけないと思ってだな」



 言葉を濁すアウグストを横目で見やり、トマスはふとすれば緩みそうになる頬を引き締めた。昨日も今日も、彼の主人は上機嫌で、紫水晶(アメシスト)の煌めきも温かいものに満ちている。



 ちょうど、テオドール殿下と夏の日に過ごした日々のように。



 ルべリアはその色に相応しい温もりを提供してくれたようだ。トマスの主人の好意はいささか行き過ぎな気もするが……。ルべリアが本気で嫌がっていたら身を呈して止めようと心に誓うトマスだった。



「ルべリアは、非常に女性を惹き付ける力を持っている、と感じましたね。今日の調査に同行した際、話をする女性が皆、ルべリアを見て頬を染めていたので驚いたものです」


「ふん、鈍感なあいつのこと、気が付いていなかったに違いない」


「確かに」


「ルべリアの放つ(よう)()が、女を寄せ付けるのだろう。まるで火に向かう蛾のようにな」



 これはまた悪意に満ちた解釈だ。もしくは嫉妬か。

 ルべリアに媚びを売って擦り寄る女を想像してみて、アウグストに実際に近寄ってきた女たちを思い出す。……蛾に例えたくもなる、か。



「しかし、その理屈でいけばアウグスト様は男に……」


「この話はやめよう、いいね?」


「あっ はい」





◇◆◇





 その夜、王都の外れにあるパンドーラ商会の倉庫では商会長のピグレムと使い走りの少年、レントーンが二人で仕事をしていた。普段より遅い時間なのにピグレムはレントーンを帰そうとしない。先程から何度も帰りたいと言っているのに何事か理由をつけてはレントーンを引き留めるのだ。



(オレも、消されるのか……?)



 レントーンは青くなった。体が震える。前にも丁稚(でっち)が一人いなくなった。いきなりの事で家に帰ったとか、他の店に行かされたとかの噂があるなかで、「親方のヤバい仕事をヘマしたから消されたんだ」というのがあった。



 ……心当たりはある。昨日買いに行かされたショコラの事だ。あれはおかしかった。なぜ別々の店で一箱ずつショコラを買ってきたのか。なぜ主人はショコラを持っていったはずなのに持って帰ってきて別の箱に詰めさせたのか。なぜその日に限って城に届け物をさせられたのか……。



 ふと、作業中でしゃがんでいたレントーンの上に影が差す。



「なぁ、レントーンや……」


「っ!」



 ピグレムの猫なで声がした。

 いつの間にか樽のように膨れた腹のピグレムが、のっそりと背後に忍び寄っていたのだ。逃げようにも周りは商品の入った木箱がうず高く積み上がっている。レントーンは、体当たりして逃げようとピグレムに向き直った。



「ぅあっ!?」



 一瞬で視界が奪われる。



 麻袋だ。

 レントーンは死の予感に怯え、無茶苦茶に足をばたつかせた。だが、ピグレムの体がどすんと腹の上に落とされ、太い指が喉にかかるとその抵抗も徐々に力を失っていく。



「すまない、すまない……。赦しておくれよ……」



 レントーンのもがき苦しむ声が小さくなっていく。その時、倉庫の戸がすごい音を立てて破られた。男が数人、走り込んでくる。



「な、な、なんだ!?」



 ピグレムが驚いて指を放してしまうと、肥った体に押し潰されていたレントーンが空気を求めて噎せた。



「間に合ったか。三の姫暗殺未遂の疑いでお前たちを連行する」



 男の一人がそう言うと、部下がピグレムとレントーンを後ろ手に縛り上げて猿轡(さるぐつわ)をかますと、手早く表の護送用の頑丈な馬車に乗せて去っていった。後には戸の壊されたままの倉庫の中に、蝋燭がぽつんと灯っていただけだったが、吹き込む風にそれも消えた。

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