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魔王子は女騎士の腕の中で微睡む  作者: 小織 舞(こおり まい)
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くちづけ

 馬車に揺られながら、わたしは先程の事を思い返していた。



 娼館の中の豪華な一室、その閉じられた扉からは冷気が漏れていた。まだ名乗らぬ騎士がドアを開けて私を招き入れた。カーテンの閉じられたままの広い部屋には要所要所に角灯が置いてあり、薄暗いながらもきちんと中が見渡せる。



「ルベリア・ラペルマ、参りました」


「入れ」



 聞き覚えのある声が、天蓋付き寝台の垂れ幕の内より聞こえた。寝台のある部屋の扉は開けっ放しなので色々と丸見えだ。



 ざっと見回してみても、他に誰かが隠れているようには見えない。最悪の予想は回避されたようだ。しかし、まだ予断は許されない。



 部屋に入り、中央に立つ。背後の騎士は入口に立ったままだ。どう判断したら良いのか分からない。わたしは待った。



「私のことをよもや忘れてはいないだろうな? 」



 衣擦れの音がして、第二王子殿下が姿を現した。

 先ほどまで寝台に横になっていたのだろうか、寛げた胸元もそのままに、非常に目のやり場に困るお姿だ。



 じろじろ見るわけにいかないので、目を伏せる。

 間近で見るのは二度目になるが、やはり、美しいひとだと思った。



 第二王子殿下は寝台を降りて部屋の奥の肘掛け椅子に腰を沈められた。どうやらわたしを品定めしているようだ。一体、何のために呼ばれたのやら。



「髪が違うな……。切ったのか」


「え、いえ。わたしは騎士です、長い髪は邪魔になります。夜会に出たときには、髪を足して結い上げているように見せていたのです。淑女に見えるように……」


「そうか」



 しかし、細い(かた)だ。御生母である側妃様とはあまり似ていないように思う。第一王子は正妃様にそっくりでまるで生き写しなのだが。そう考えるとこの(かた)はわたしが見たことのある王室の誰にも似ていない。



「そこに跪け。少し触れるぞ」



 わたしは素直にその場に膝をついた。



 アウグスト殿下が椅子から立ち上がってこちらに歩いてこられると、かすかに鈴蘭の香りがした。殿下の手がわたしの肩に触れると、ピリッと、冬に金属製の物に触れた時のようなものが体を走った。痛みではない。これが何なのかは分からないが、体に違和感がある。



「気に入った。お前を私の側近として取り立ててやろう。私の領地に来い」


「!」



 驚いた。

 わたしの何を気に入ったのだろう。デカくて命令に従うくらいしか能のないわたしだ。少しだが殿下よりも高い。



 …………。自分で思って自分で傷ついた……。

 それはとにかく、このお申し出はお断りしなくてはならない。ギュゼル様の側を離れることなんて、わたしには出来ない!



「……申し訳ありませんが、その命令をお請けすることは出来かねます、アウグスト殿下」


「何故だ。ギュゼルのことが気にかかるか」


「わたしは王命により三の姫様を護衛しております。そして、わたし自身もギュゼル姫殿下に剣を捧げたいと思っております。ですので、アウグスト殿下に従って御領地に参ることは出来ません」



 わたしの言葉に、殿下は黙ってしまった。

 戸口で待つ騎士が緊張に体を固くしているのでわたしも体に力が入ってしまったが、殿下はあっさりと「下がって良い」と言ってくださった。



 しばらく王都にいらっしゃるそうなので、また呼び出される事があるかもしれないとか何とか。だがおそらく気紛れだろう。



 わたしはトマスという名であるらしいと分かった例の騎士と連れ立って、殿下の部屋を辞した。ちらりと振り返った時、殿下は何事かを考えておられるようだった。





◇◆◇





「断るとは思わなかった」


「殿下の側付きの話ですか」


「昇進だろう」


「あなたがアウグスト殿下とあるように、わたしはギュゼル様のお側にいます」


「……そうか」



 トマス殿がふっと柔らかな笑みを浮かべたので、少しだけ驚いた。厳格をそのまま形にしたような、騎士の鑑のような彼も笑うのかと、そしてその笑みの中に含まれたアウグスト殿下への、年長者が幼子を見守るような感情に。



 階段を降りようとした時、走る足音が聞こえてわたしは壁に押しつけられた。相手が殿下だったために、反射的に振り払おうとした己の体を無理に止めたので受け身が取れなかったのだ。背中が痛い。



「殿下……!」


「ギュゼルの命を助けたいか……?」


「っ!」



 それはわたしから次の言葉を奪うのには充分だった。



「さあ、どうする? 己の主人のために、その命と純潔以外の全てをわたしに捧げられるか?」


「わたしは……」



 はい、と答えるしかなかった。ギュゼル様の為なら命さえ惜しくはない。



「では、その唇は今から私のものだ」



 わたしの唇に、冷たい唇が重なる。先程と同じピリッとしたものが体に流れた。殿下の舌がわたしの唇をこじ開けて入ってきて、わたしはピリピリとした感覚が何だか分かった。



 力が抜けていく。わたしの体から(よう)()が奪われているのだ。逃れようとしても壁が背後を塞いでいて動けない。



 膝からも力が抜けて、もう倒れるかと思った時、ようやく唇が離れて脱力はなくなった。頭がボンヤリする……。





◇◆◇





「殿下の振舞い、止められずにすまなかったな」


「いえ」


「後できちんと話をしておく」


「今まで出会ったご婦人方の中には、わたしに接吻を、と望まれる方も過去にはいらっしゃいました。しかしその相手が男性で、ましてや本当に触れられるとは思っておりませんでしたので、少し驚いただけです」


「……初めてだったのか」


「はぁ。そうですね」


「…………」



 トマス殿はそれきり黙ってしまった。

 わたし、何か変なことを言ってしまっただろうか? 言ってしまったかもしれない……。



 馬車は一度城門で止まり、中を調べられる。この時、どうせこの大きさでは離れの前に着けられないので馬車を降りると申し出たのだが却下された。



 城の前を抜け、離れの小路の前で馬車は停まった。

 わたしは一人で車を降り、トマス殿と互いに挨拶を交わして別れた。

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気,を補い、姫を守ってもらう、新たな協力関係。目が離せない。
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