ユージェニア隊長
軍務や法務など、そういった部署は皆、城を囲む壁の中にまとめて建っている。わたしが懸念する、要人の暗殺などの暴力沙汰については軍務の領域だ。
このショコラを持っていけば、中身を調べてくれるし、送り主を特定して逮捕してくれるだろう。犯人が貴族である場合も、調べて証拠があれば逮捕し法務で裁く事が出来るのだが……ただし、それは下級貴族の場合であって、伯爵より上は難しいと言える。
まず、疑いを持っても証拠を探すより何より、話をさせてもらえないのだ。結果、もたもたしている間に犯人として使用人の死体が差し出されることになる。有力な伯爵なら調査をねじ曲げることも出来るだろう。嫌な実力主義だ。
結局、わたしが何を心配しているのかというと、この差出人が書かれたカードだ。
キンバリー伯爵家の紋もはっきり捺してあるので証拠としてはかなり強い。ただ、普通であれば送り主は家長である伯爵本人としてなくてはならないこと、そしてエルンスト少年がギュゼル様を害するとは思えないことが気にかかるのだ。
わたしにはこれがキンバリー伯爵家の名を騙った別人の仕業に見える。
だが、軍務がわたしと同じ判断を下すかは分からない。カードがはっきりと差出人を示しているからだ。
キンバリー伯爵家にギュゼル様を害する動機はないと思う。ならば、わたしのギュゼル様を邪魔に思うのは誰だろう?
……わからない。
とにかく、このカードを今すぐ軍務に渡すのはよそうと思う。まずはショコラの中身だ。そして、個人的に伯爵に話を聞きに行こう。会ってもらえるかは分からないが、行動しなければ何も見つけられないままなのだから。
◇◆◇
ショコラを受け取った軍務は、蜂の巣をつついた騒ぎになってしまった。ギュゼル様をこんなにも慕ってくれている騎士が多いとは、嬉しい限りだ。
「俺たちの姫を傷つけようなんざ、そんな野郎は畳んじまえ!!」
「おー!」
「見つけ次第にぶちかませ!!」
「おー!」
……この短絡っぷり、どうやらカードは渡さなくて正解だったようだ。
「あの姫さんは、引退した護衛騎士団“鷹の爪”の団長がずっと守ってきたんだ! 俺たちのことを怖がらず、嫌がらず、笑いかけてくれた姫さんを、殺そうとするなんて許せねぇ!!」
「まだ殺そうとしたとは……」
「いいや! そうに違いない!」
まぁ、確かにわたしもそれは思ってますが。
もしキンバリー伯爵じゃなかったとして、この方たちで陰謀を暴くことが出来るんでしょうか。
「ルべリア……お久しぶり」
「ユージェニア隊長!」
わたしはとっさに「気をつけ」の姿勢を取った。ユージェニア隊長は、女騎士だけの護衛騎士団“山猫の爪”の中で、平騎士を纏める隊長格のお一人で、大変な美女である。今日もまた全身から匂い立つような色香を放っておられる。
「何か事件みたいね……。でも、騒ぎすぎ」
「はぅっ! 申し訳ありません!」
先程、あんなに声を張り上げていた騎士が、ユージェニア隊長が現れただけで敬礼の姿勢になっています。隊長はそんな彼の顎を優美な人差し指でなぞって、艶を含んだ声で笑った。
「ふふ、お髭が少し残っていてよ」
「す、すぐに剃って参ります!」
「ワタシがやって差し上げましょうか?」
「い、いえ、ユージェニア様のお手を煩わせるわけには……!」
「そう?」
いつもより三倍は色っぽいです、隊長。
その騎士は髭を剃られている最中に喉をかき切られても満足だと思います。わたしも犬のように転がって腹を見せろと言われたら迷わず従います!
「お疲れのようですね、ユージェニア隊長」
「まぁね。このところ、婚礼の準備やらで人の出入りも多いし、可愛らしいワガママも、ね……」
御苦労、お察しいたします。
「それで、ルべリアは何故ここに?」
「はっ! 実は……」
わたしはユージェニア隊長に、ショコラの件をかいつまんで話した。もちろんカードのことは秘密で。隊長は詳しく調べると請け負ってくださったので、ひと安心だ。
さぁ、次はキンバリー伯爵家だ、張り切って行きましょう。
キンバリー伯爵は幸運にも在宅だった。仕事は徴収された税の監査や、税の使い途についての調査だと聞く。忙しい御方なので言付けだけでもと思ったが、手間が省けた。
裏口に回り、出てきた使用人に「正式な訪問ではない」事をはっきり言った。伯爵に「エルンスト様が三の姫に贈った品についてお聞きしたい」と伝えてもらう。回りくどいやり方だが、わたしにはこれ以上は無理だ。ギュゼル様の使者だと捉えられては困る。
四半刻待たされて、伯爵の書斎に招かれた。もうすぐお茶の時間になってしまう……お腹が鳴らなければ良いと願った。




