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魔王子は女騎士の腕の中で微睡む  作者: 小織 舞(こおり まい)
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暗雲

 二の姫セリーヌ殿下の婚約披露パーティーが終わって、ギュゼル様を取り巻く環境は一気に変わるかに思われた、のだが……。



 何故か全く変化がなかったのであった。おかしい。わたしの覚悟はいったいどこに置いてくれば良いのだろうか。



「ルべリア、朝ごはんにしましょ!」


「はい、今行きます」



 ちょこん、とわたしの部屋に外から顔を覗かせるギュゼル様。寝起きの三つ編み姿が大層可愛らしくていらっしゃる。まるで物語に出てくる朝露の妖精のような無邪気な笑顔がわたしを魅了してやまない。ああ、何という素晴らしさ!



「……恥ずかしい」



 顔を赤らめるギュゼル様が尚更お慕わしい!!

 心の声が駄々漏れ? 何の事か分かりませんね。





◇◆◇





 さて朝食の席にて、話題は必然、昨日のパーティーについてであった。



 王室の方々の衣装についてや贈り物の素晴らしさなど、わたしにはよく分からないがギュゼル様にとっては重要な事のようだ。来賓についてやパーティーの趣向など、ギュゼル様の言及される事柄は多岐(たき)に渡り、その観察眼には驚かされるばかりだった。



 耳には入っても頭にあまり残らないのは、わたしの不徳の致すところだが、頑張って相槌を打っているので許して欲しい。



「それから、エルンスト様から薔薇のミニブーケをいただいたの。もしかしたら、縁があるかもしれないからって……」


「ああ、あの少年ですか」


「うふふ、綺麗でしょう?」



 ああ、それで卓に花が活けてあるわけか、とわたしは今さらながらに理解した。朝露に濡れたような赤い薔薇の花弁はまさに(ほころ)ぼうとしている。



 しかし、赤、か……。初めて会う相手に渡すには、少し気が早いのではという気がする。



 まあ、エルンストという少年自体に悪い印象は抱いていない。むしろ名前がギュゼル様の瞳の翠玉(エメラルド)に似ているのがわたしにとって高ポイントである。見た目も礼儀作法も、ギュゼル様に似合いの好男子であった。



「はぁ、エルンスト様……。是非またお会いしたいわ」


「……そうですか」



 彼はすでにギュゼル様のお心をガッチリ掴んでいるようだ。ギュゼル様、そんなにすぐに、よく知らぬ殿方を好きになられるなんて、ルべリアは心配でたまらなくなってしまいます。



「そうだわ、午後から先生がいらっしゃるのよ。授業を段々難しくしていくんですって」


「では、励まないとなりませんね」


「ええ!  頑張れば公務も任せてもらえるかもしれないもの。病院にお菓子を届けたり、幼稚舎の子どもたちに物語を読んであげたりするの」


「素晴らしいですね」



 午前中、ギュゼル様は奥様と詩の暗誦(あんしょう)を、わたしはタンジー婆やの手伝いで牛酪(バター)を作った。こういった力仕事は得意なので、クリームをふんわりと泡立てるのもよく任される。



 牛酪(バター)が上手く作れたらクッキーを焼いてくれると婆やが言うので、いつも以上にはりきって練っていた。段々と暑さが和らいできている。ギュゼル様のお声を遠くに聞きながら裏庭で過ごす午前中。風がとても気持ち良かった。





◇◆◇





 昼食の後にゆっくりしていると、この離れに直に贈り物が届いた。贈り主はエルンスト少年である。またしてもプレゼントとは、なかなかやりますね。



「まぁ、ボンボン・ショコラだわ!」



 包みをほどいたギュゼル様が嬉しそうにそう仰った。

 姫とはいえ離れに隔離されている日々を送るギュゼル様である、なかなかこういった品は食べる機会がないのだ。ギュゼル様の大好物のひとつと記憶している。



「ふふ、嬉しい! すみれの砂糖漬けが載っているのがあるわ。(わたくし)、これが大好きなの!」


「あら、そうでしたっけ」


「ええ、昔からね。どうして(わたくし)の好きなショコラが分かったのかしら?」



 ピリリと、わたしの直感に警告してくるものがあった。ギュゼル様がまさに今、その小さなお口に入れようとしていたショコラを、わたしはそっと指で摘まんで止めた。



「ルべリア?」


「お茶の時間に持って参りましょう。もう先生がお着きになりますよ」


「まぁ、いけない、(わたくし)ったら!  ありがとう、ルべリア」


「もったいないお言葉です」



 ギュゼル様の背中を見送り、わたしは全てのショコラを調べた。その結果、すみれの砂糖漬けが載ったショコラにのみ、細工が施してあることに気がついたのだ。



「これは、まさか……!」


「どうしたのです、ルベリア?」


「奥様、大変です。すぐにこれを軍務部に持っていかなくてはなりません」


「まぁ、どういうことかしら」


「何が入っているにせよ、これが見逃せないことなのは確かです」



 わたしの説明にオーリーヌ奥様は動揺して、椅子に倒れ込むように座ってしまわれた。タンジー婆やは届けられた包みやカードを纏めて、わたしに手渡してくれた。さっさと行ってこいということだろう。



 まったく、せっかくの晴れた昼下がりが台無しだ。わたしは騎士服がちゃんとしているか見直して、軍務部へとひとり向かったのだった。

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