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魔王子は女騎士の腕の中で微睡む  作者: 小織 舞(こおり まい)
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王城の魔王子

 宴を抜け出してきたアウグストは、城の一角に用意された部屋で寝椅子に横たわっていた。装飾を全て外し、首元を寛げているその姿は、見る者を赤面させること間違いなしの色気を放っていた。



「トマス、長靴(ブーツ)を脱がせてくれ」


「……はっ」



 従者が(ひざまず)いて長靴(ブーツ)を外している間、アウグストは物憂げな表情で自らの長い黒髪の一房を指先で弄んでいたが、ふいに沈黙を破った。



「ルべリア、だったか。どう思った?」


「はい。あの物腰、侍女にしてはかなりの腕前でしょう」


「そうではなく」


「美しい娘でした、ね? お気に召しましたか」


「違う! どうして疑問系なんだ。いや、そうではなくて。あの娘に触れられたときに、私の体に纏わりついていた(いん)()が霧散した」


「なるほど、確かにどこか威圧されるようなオーラを感じました」


「……お前が言うと、本当にそう思っているのか、時々分からなくなるな」


「お褒めにあずかり光栄です」


「……もういい」



 アウグストは疲れたように右手で顔を覆うと、左手でトマスに退室するよう促した。だが、この大柄な従者はアウグストの側を離れず、跪いたまま言葉を続けた。その表情はどこか楽しげでさえある。



「あの娘のこと、調べましょうか」


「……お前にそんな暇があるのか?」


「アウグスト様のお()りがなければ、多少は」


「その喧嘩、買った。突剣(サーベル)で良いな?」


「ならば長靴(ブーツ)無しでお相手願いましょう」


「……卑怯な」


「殿下こそ」


「殿下はよせ。もういい、下がれ。明日は誰か別の者を寄越せ」


「はっ!」



 お手本になるほど綺麗なお辞儀をして、幼馴染みは去っていった。他人行儀はよせ、と言っても、もう臣下として召している以上は無理な話だ。だがそれでも、殿下(プリンス)という称号で呼ばれるのだけは許せないのだった。



「……トマスめ」



 たまに昔が懐かしくてたまらなくなる時がある。ちょうど、今の様に……。同い年なのに体の大きなトマスにはよく泣かされた覚えがある。だが、それ以上に守ってもらってもいた。ちょくちょく一緒になってイタズラもしたものだ。そして、二人して兄に怒られたりしていた。



 アウグストは重い体をどうにか起こし、寝台へと潜り込んだ。こんな風に安らかな気持ちになったのは、魔物を討伐してくたくたに疲れきったとき以来だと微笑む。それに、手先にも温もりが戻った気がする。今夜はよく眠れるだろう。





◇◆◇





「アウグスト様、起きてください」


「ん~、気持ち良く寝ていたというのに、むさい男が寝所に忍びこんで来るとはな」


「申し訳ありませんが、もう昼ですので」


「……なぜ、起こさなかった」


「はっ! 珍しくよくお休みでしたので」


「……すぐ支度する」


「お手伝いします」


「結構だ!」



 よく眠れるどころか、盛大に寝過ごしたアウグストだった。



 急いで支度し、昼餐の席に着くと、そこには二の姫とその母、そしてアウグストの実母の三人しかいなかった。国王と正妃は昼食の席を同じくしないので、いないのは当たり前だが、兄のテオドールとギュゼルもいない。ギュゼルに至っては居ないどころか、席の用意すらない。


 国王(ちちおや)は知らないのだろうか、それとも分かっていて放置しているのだろうかとアウグストは眉をひそめた。



「あら、お兄様。朝の席にいらっしゃらないから、もうお帰りかと思いましたわ」



 嫌みか。

 昨夜、早くに宴を辞したことに腹を立てているのだろう。



「すまない。お前の香水の臭いに悪酔いしてしまってね」


「まぁ!!」


「愛しの婚約者殿はどうしたのかな?」


「レオンハルトなら、朝早くに立ちましたわ。誰かさんがぐっすりお休みの間にね!」


「残念。セリーヌのちくちくした嫌みの躱し方を伝授しようと思ったのに」


「あら、レオンは嫌みを言われるような行動は取りませんもの。おあいにく様」


「…………」


「…………」



 険悪な空気が流れる中での昼食となった。



 アウグストはフォークを口に運びながら、テオドールがこの場にいない意味を考えていた。



 もう何年も王宮を離れていたため、分からない事が多すぎるのだ。事実を知らなければ仮定することは出来ない。



 テオドールの欠席が何故か気にかかる。もし、ギュゼルに関して陛下のあずかり知らぬところで《はかりごと》があったとして。その場に居合わせるだけでも加担している事になるとしたら? それを回避する方法は勿論、近寄らない事だ。しかし、アウグストはすでにこの場にいる。ならば、どうするべきか。



(私は何も知らなかったのだ。聞いてみるしかないな)



 言質が取れれば良し、取れなくても、無関係だという主張はしておかなければならない。



「ところで、正式にファミリーに加わったギュゼルがいないのですが、どうしたのでしょうね」


「……欠席すると連絡があったのよ」


「へぇ。セリーヌは何でも知っているね。しかし、席まで取り上げなくとも良かったんじゃないか?」


「殿下、取り上げただなんて大げさですわ。いつものようにセッティングしてしまっただけなのだと思います。使用人を責めてはいけませんわ」


「そうですか」



 セリーヌの母親が愛想を振り撒きながら使用人に罪を着せている。アウグストは脇に控える給仕の顔が引き攣るのを見逃さなかった。





◇◆◇





 昼食を終えて部屋に戻ると、トマスが中で待っていた。アウグストを見るや一礼して出迎える。



「ルべリアについて何か分かったか?」


「はい。軍務部へ行って参りました。ルべリア・ラペルマの父は騎士でした」


「ほぅ?」



 軍務部とは、騎士や兵士の配置を司る国の要の一つである。ルべリアが騎士であるなら、軍務に問い合わせるのが一番早い。しかも父親も騎士なら、情報はしっかり残っているだろう。先を促すと、トマスは頷いた。



「しかも、珍しいことに聖堂騎士で、現在も勤務を続けております。母親は術士でした」


「母親はどうした?」


「ルべリアを産んですぐに亡くなっています」


「そう、か……」


「ルベリア・ラペルマは、騎士叙勲からすぐに王宮の外で貴族の夫人に仕えていたようですが、どこも長続きしておりません。二年前に三の姫付きとなっています」



 ふむ、と考える素振りをしてから、アウグストは「ルベリアの幼い頃の情報を集めよ」と指示した。



 父親が聖堂騎士であるなら、ルベリアはアウストラルの管轄ではない西部大森林で幼少期を過ごしてきたのかもしれない。それがどうして、このアウストラルへやってきて女騎士になったのかとちょっとした疑問を抱いた。



 第一印象が華やかな舞台でのドレス姿であったためか、明らかに貴族令嬢の立ち振る舞いではなかったにも関わらず、アウグストはルベリアをそこそこ良い家柄の出自だと思っていたのだ。



「今はどうしている?」


「昔、アウグスト様の住んでいらした離れに、ギュゼル姫とその母親と共に住んでいます。先程までは庭で(バター)を練っておりました」


「……それは、気軽に作れるものだったか?」


「遊牧民の中には、暇を持て余した老夫人が小遣い稼ぎに少量作っているようですが、根気のいる作業です」


「……そうか。夜会服姿を見たときには、そのような作業に興じるような娘には見えなかったがな」


「楽しげに練っておりましたが」


「…………」



 よく分からない娘だな、とアウグストは思った。

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― 新着の感想 ―
笑!庭でバターを練るヒロイン‼️斬新‼️
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