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魔王子は女騎士の腕の中で微睡む  作者: 小織 舞(こおり まい)
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隠れ屋敷 2

「妹弟子だと……?」



 アウグストの言葉にレイヒは頷き答えた。



「ええ。まさかここで出会うとは思いませんでしたし、彼女はぼくのことは知りません。ですが、奥方もぼくを自分と同種のニンゲンだと分かった、そうですよね?」


「…………」



 しかしレイヒの問いにルベリアは返事をしなかった。警戒しているかのようにアウグストの前に進み出ている。



 ピアスにはルベリアがいつでもレイヒに跳びかかれるように構えているのが分かった。掌に暗器を忍ばせたピアスはいつでも対応できるように手首を柔らかく保つよう細かく揺らした。しかし、攻撃の代わりにルベリアから吐き出されたのは疑問だった。



「貴方も大魔導師様にお会いになったのですか?」


「ええ。そして選ばれた。貴女と同じように。ただし、ぼくはまだ貴女ほど完全に近いわけではありませんがね」


「でも……」



 王城でのあの理不尽なまでに大きな魔力と、展開された障壁魔術の異様さを見ているルベリアは、自然と声が硬くなってしまう。目の前で笑っている優しそうな中年の男性と、背後に(うごめ)く魔力とが噛み合わないのだ、警戒もしようというものだ。



「不思議ですか? ぼくの力が安定していることが。貴女もアウグスト様も暴走の危険を抱えていらっしゃいますからねぇ。……制御法を、知りたいですか?」


「……ええ」


「それはね……」



 レイヒが声を落として薄く笑いを浮かべる。



「ずばり、年の功ですよ」



 あっけらかんとレイヒは笑う。

 釣り込まれていたアウグストとルベリアはガクッと糸を外された格好になった。ピアスも内心で「そりゃあないぜ」と二人に同情しつつ、こっそりと暗器をしまい込む。先程までの剣呑な空気は完全に消失していた。



「あのぅ、制御法……」


「そんなものはね、年と共に楽になっていくのですよ。暴走するのは若いうちだけ。……貴女がたならあと一回あるかないかでしょう」


「そういうものなんですか?」


「そういうものなんです」



 ばっさりと話を切って、色とりどりの輝石を繋いだ飾りを揺らす灰色ローブの療術士は、地下の牢屋(こべや)に続く階段へと足を向けた。



「お困りの際にはいつでもぼくをお訪ね下さい。兄弟子の(よしみ)で、また主人の奥方様という縁で、ご相談に乗りましょう」



 含み笑いと共にレイヒは去っていった。二人に礼をしてピアスもそれに続く。残されたアウグストとルベリアは顔を見合わせた。



「不思議な方ですね」


「ああ。そうだろうとも。未だに何者か掴みきれていないからな。ただ、私の持ち物の中で一番高価(たか)い買い物であったことだけは確かだな」


「え……」



 レイヒを「買った」と取れる発言にルベリアは絶句する。

 そしてその言葉に隠された真意を探ろうと考え始めた。そんなところに現れたのはいつまでたっても始まらない晩餐に(ごう)を煮やしたタンジーだった。



「ルベリア、旦那、いつまでそうしてんだい。せっかくの夕飯がオーヴンで乾いちまうよ」


「!」



 いきなりの出現にルベリアを抱き寄せようとしていたアウグストがギクリと手を止めた。



「タンジーさん! こ、言葉遣いが……」


「アタシはこれで通ってるんだ、いまさら直せるもんかね」


「し、しかし!」


「……そんなことで責めるつもりはない。ええと……」


「婆やで結構だよ。さあ、客だか部下だか知らないが、一人はもう席に着いてるんだよ」


「ダントン、か……。うん、あれは部下だ」


「そうかい。なら、旦那用のを取り分けないでおいて良かったよ」


「アウグスト様、よろしいんですか?」


「構わない。行こう」



 アウグストはルベリアを伴って食堂へ向かった。そこには食事の為に服を着替えたダントンが、同じく文官服から給仕用の服に着替えたハリーに接待されていた。食事自体はまだ始めていないようだ。だからこそタンジーが呼びに来たのだろう。



「よぅ、遅かったな」


「ダントン……。なぜハリーに給仕させている?」


「はは、まずそこかよ。部下のくせに席に着いて待っているな、とかじゃなくて? お前は本当に変わり者だよ、アウグスト」


「貴殿に言われたらおしまいだろう。細かいことは気にしないさ、面倒だからな。ハリー?」


「お座りください、アウグスト様。まさか奥様に給仕をさせるわけにはいきませんから、僕が引き受けたんです。大丈夫、文官だからと騎士たちの世話係にされていたので慣れてますよ」


「それは……すまなかったな」



 ルベリアに椅子を引いてやりつつ、アウグストは苦笑した。

 思えば騎士たちは自分のことなら何でも出来るとはいえ、所詮は戦いが仕事の武官である。屋敷を維持するための細々したことや、こういった「客への対応」はハリーに回されてしまうのだろう。アウグストにはいつもトマスがついており、護衛騎士の本分を超えて仕えてくれていたのでどうしても忘れてしまいがちなのだ。



「この分は給与に上乗せしてくださると嬉しいです」


「そうか、お前らしいな。それにしても、よくまぁダントン相手に……」


「客をもてなさないとあってはアウグスト様の不名誉になりますからね。とはいえ、招待もしてない、すでに平民で、アウグスト様の部下になったこの人にはこの程度の扱いで良いと思いますけど」


「いてっ」



 アウグストの銀杯に冷えた水を注いでいたハリーだが、くるりと向きを変えると尻を撫でてきたダントンの頭に向かってお盆を縦に振り下ろした。



「…………」



 何とも言えずその様子を見ていたルベリアに、ダントンは悪びれもせずにこやかに手を振った。ルベリアは、「そういえば自分も同じような目に……」とハリーに同情の視線を送るのだった。同僚として一緒の空間に居たくないのも分かる。



 さて、タンジーがオーヴンに入れておいてくれたおかげで、美味しく温かい食事を摂ることが出来た。



 ぶどう酒も酌み交わし(もちろんルベリア以外だが)、賑やかな晩餐を終え、皆がそれぞれの部屋に戻っていくと、ルベリアは約束通りタンジーの部屋を訪ねていくことにした。

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