パーティー 3
暇である。
ギュゼル様はまだ貴族たちとの挨拶が終わらないのだ。そろそろ作り笑いで頬が痛くなっているのではないかと思うと、お可哀想で涙が……!
む、この乾酪、かなりイケる。辛いお酒が欲しくなりますね。
王家主催の祝宴なので、見るものすべてが豪華の極みという表現が相応しい品ばかりだ。小卓を飾る花も滅多に見ない高価な異国のものが多いし、天井から下がる飾りもきらきらと眩く、星をそのまま飾ってあるようだ。それに、用意されている料理の数々も素晴らしい。特に味が。
卓に載せられた皿から各自好きな品を取っていくので、一つひとつは小さなものが多いし冷めても美味しい工夫がしてある逸品ばかりで、目移りしてしまう。中でも、プロシュット・クルードとやらが美味しかった。豚の塩漬けを薄切りにしたものだと聞いたが、わたしの知っているハムと全然違う! せっかくなので沢山食べておこうと思う。
そうやって卓にある食べ物を全種類制覇しようとしていると、入口でわっと歓声が上がった。振り向くと、第二王子らしき人影が入ってきたところだった。新年の席で遠くから見たことがあるくらいで、殿下のことは噂でしか知らない。
いつもの式典よりも近い距離から見る殿下は、きっちり首元まである服装にも関わらず、涼しげな印象の男性だった。殿下がギュゼル様に歩み寄って行かれたので、自然と目で追ってしまう。だが、そこに香ばしい匂いを漂わせた台車が通りかかったため、わたしの意識はそちらに持っていかれてしまった。
この匂いはきっと牛肉!
台車には熱い鉄板が載っており、料理人がせっせと肉を切ったり小皿を配ったりしている。急ぎ列に並ぶと、そこにいたのは使用人や若い子弟ばかりだった。訝しげな視線を送ってくる若い貴族子弟に微笑みを返してやると、照れたように視線を外されてしまった。なかなか可愛い反応でよろしい。
さて、肝心の肉だが、なんと二皿分盛ってくれるように頼んだのに断られてしまった。……絶対にもう一度並ぼう。口に入れた肉はまだ熱く、噛むと柔らかさと肉汁で口の中が満たされる。果実の甘味を含んだソースの香りが鼻に抜けて、肉はすぐに溶けるようになくなってしまった。喉に残る余韻さえ愛おしいくらい美味だった。
よし、もう一回……! と思っているとギュゼル様がようやくお仕事を終えて帰ってこられた。
「ルべリア、待たせてしまったかしら」
「ギュゼル様。とんでもないことです。ギュゼル様こそ、初めての公務、お疲れ様でございました」
「ルべリアの言葉を思い出して、深呼吸したら平気になったのよ」
「それはようございました」
「それでね、皆様に挨拶をした後、陛下が……」
あ、そうだ、ギュゼル様にも先程の肉を…………肉……肉がなくなっている!
ああ、まさか! もうすべて食べられてしまったというのですか? 台車も片付けられようとしているところです。
なんと、なんという……不覚……!
「る、ルべリア、どうしたの? とっても悲しそう……何があったの?」
「いえ、何でもありません……」
「でも……」
本当に、大丈夫ですから……。
「ご心配いただき、わたしは嬉しいです。ありがとうございます」
「ううん、大事ないならいいの。そうだわルべリア、アウグストお兄様がいらっしゃってるのに気がついた?」
「そうですね、先ほどちらりとお見掛けしました」
「どう? 素敵な方でしょう。私、ドキドキしてしまって」
「美しい方ですね」
「ええ。人嫌いとかで、なかなか華やかな場には顔をお出しにならないとか」
噂をすれば影。
アウグスト殿下ご本人が近くにいらっしゃるようだ。何だか顔色が悪いようだが、さて、どうするべきか。……足取りが危うい!
「ルべリア? どこへ……」
思ったときには体が動いていて、わたしは殿下の腕を取っていた。その瞬間、ふんわりと鈴蘭の香りが広がる。冬場に金属に触れたときの、ちりっとした痛みをほんの少し和らげたような衝撃があった。
「失礼、顔色が優れませんが、宜しければ座れる場所へ案内いたしましょう」
「…………」
驚きに見開かれた目が、吸い込まれそうに深い紫で、わたしはすっかり目を奪われてしまった。
ヒールを履いた私は、アウグスト殿下よりも少し目線が高かった。通常ならば、わたしと同じほどの背丈なのだろう。思ったよりもかなり近い距離で互いに見つめあってしまった。
「ルべリア! ご、ごめんなさい、アウグストお兄様」
「いや、私はもう失礼するところだ。こちらこそ危ういところを助かった、ありがとう、ギュゼル」
ギュゼル様が慌てたようにこちらへ来られて、アウグスト殿下は何事もなかったかのように体勢を立て直された。
ふっと微笑みを浮かべ、優雅に一礼して去っていく後姿は具合の悪さなど感じさせない立派なものだった。誰にも触れられない、触れさせないような、毅然とした……。
むしろ、わたしの方こそ自分の身を心配すべきかもしれない。あんなにじろじろ見てしまって、不敬罪などで投獄されないか不安だ!
「ルべリアったら! パートナー以外の男性に、レディから手を触れるなんて信じられないわ!!」
「いや、その、騎士として見過ごせなくてですね」
「今日は私の付き添いなんですからね。そういうときは他の騎士を呼ぶものよ」
ギュゼル様には叱られてしまったが、ぷりぷり怒った、そんな表情も大変可愛らしいのでわたしは幸せだった。




