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魔王子は女騎士の腕の中で微睡む  作者: 小織 舞(こおり まい)
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帰郷

 イザヨイと別れてから丸一日、わたしは父のいる村の近くまで来ていた。ヒトの通らない場所は駆け足で、町の近くは歩いてごまかす。



 秋の実りは何も持たないわたしの腹も満たしてくれた。野宿も冷えない体なので苦にならなかったし、そういう意味では(よう)()が流れているのは便利だ。



 畑作業に一段落つく朝食時、わたしは村の中をこっそりと、なるだけ人目につかないように歩く。(かつら)は赤い髪を誤魔化すために着けたままにしてあるので、垂らした髪を見た男が春を買おうと声を掛けてきたら面倒だからだ。やり方なんて分からないし! アデレードさんのようにほっぺた撫でるだけで満足してくれれば良いのだが、そうじゃなければやっぱり分からない。



 ようやく家にたどり着いて、控えめに扉を叩く。もし居なかったら家の中で待たせてもらおう。



 そう思っていたら、返事があって中から父が出てきた。

 身長はわたしとほぼ同じ、撫で付けたくすんだ赤色の髪に濃い肌色、無精髭は生やしていても薄く、目はいつも眠そうに垂れ下がっているが、その眼光は鋭い。わたしは射竦められて何も言えなかった。



「……どちら様?」


「わ、わたしです、ルべリアです!」


「うちには娘は居ませんが」


「父さん!?」


「言ってみただけだ」



 ……父さんの冗談は真顔で言うから冗談に聞こえないのですよ。



「まぁ入れ。しかし酷い格好だな。まず着替え……いや体を拭いて……飯が先か? 面倒だな。畑から人参取ってくるわ」


「まさかまだ取れたて生野菜を朝ごはんだと言い張っているんじゃあないでしょうね? ちゃんと生活しているんですか!?」


「パン屋には世話になってる」


「えー……」



 この(ひと)には料理に対する情熱がなさ過ぎる。食事こそが体を作ると言うのに……。



 かつてのわたしの部屋はそのままにしてあると父が言うので、ありがたく使わせてもらうことにした。わたしが部屋の戸を開けたところで父が呼び止めた。



「何か?」


「いや……黒髪になってもお前の母には似てるようで似ていないな、と……。どうしてお前は中途半端にオレに似てしまったかな。いっそ息子なら自慢になったろうに、お前が独り立ちしてからも少女からの恋文を受け取らなきゃならんオレの気持ちになれ」


「……すみません」



 もう、どこに対して謝れば良いのかに迷う内容だった。



「まぁ、いい。今日は休みだ、じっくり話を聞かせてもらうから、時間をかけて支度をして来い」


「はい、父さん」



 鬘を脱いでさっぱりしたわたしは、着替えを持って家の中の洗い場へ向かった。幼い頃は父が狩ってきた獲物を解体してはここで水洗いしていたから色々と転がっていて、ここに一人で入るのが大嫌いだった。



 薄暗い洗い場のタイルの上で、大きな(かめ)から桶に水を汲んだ。ふと思いついて桶の中身に気を通してみると、じんわりした温かさが溢れ出した。



 ……これは、もしかして魔法石のおかげだろうか。結局あれは使い潰してしまったから、申し訳ない気持ちになる。



 温かい水で足を洗いながら、どこか現実感の薄れた気持ちでいた。



 わたしの帰る場所はここではないという思いが、胸の奥で扉を叩いては叫んでいる。鍵をかけた筈なのに、なぜまだわたしを呼ぶのだ。どうかもう眠っていて欲しい。どうか、忘れさせて……。



「間違っていない、筈、だ……」



 正しい選択をしたのにどうして胸が痛むんだろう。

 膨らみの乏しい胸に手を当ててみてもさっぱり答えは出てこない。わたしは自分と向き合うのを後回しにして、父のもとへ報告に行くために身を清めるのを優先することにした。





◇◆◇





「みごとな美男子ぶりだな」


「誉めてませんよね、それ」



 わたしが着替えて居間に入ると父が感嘆したような声を出した。



「いや、誉めてるさ。男の色気に研きがかかってる……。オレの若い頃にそっくりだ。こりゃ、黒髪の鬘を被れば古くからの知り合いの聖堂騎士すら騙せるかもしれないな」


「……なんて、嬉しくない誉め言葉でしょうか」


「はは、まあ、村のパン屋で色々買ってきたから飯にしよう。お前の好きなキノコと根菜のチーズシチューがあるぞ」


「嬉しいです! (かた)パンはありますか?」


「……微妙に失礼な話だが、昨日の売れ残りの固いパンも店に並んでたから買っておいたぞ」


「シチューにはかちかちのパンがよく合いますもんね!」



 わたしの言葉に父さんは無言で首を振ると、台所へ歩いていった。わたしも続く。戸を開けると暖かな空気と濃厚なチーズソースの匂いが漂う。



 食卓の上には木製の深皿に入ったシチューがたっぷりと、生の洗い立ての人参、薄切りの堅パン、鶏肉の炙り焼きにレモンとバジルを散らした惣菜が載っていた。



「豪勢な食事ですね」


「お前が来たからな。好きなだけ食べろ。話はそれからだ」


「はい」


「日々の糧に感謝を」


「調和のもたらす恵みに祝福を」



 わたしたちは朝食と昼食の中間のような食事を平らげ、食後は父の淹れてくれた薬草茶で一服した。じんわりとした温かみがお腹の中に広がっていく。苦味と甘みが舌の上に残り、懐かしさに心も癒された。



 どこから話したものか戸惑ったが、一度口を開くとそこからは詰まることなく話をすることが出来た。



 ギュゼル様との出会いや、離れでの生活や、話すつもりのなかったアウグスト様とのあれやこれやも……。気付いたら全てをさらけ出していたのは、わたしの口が軽いからではなく、父の聖堂騎士流の誘導尋問のせいである。そうだと思いたい。



「疲れたろう、ゆっくり休むといい。明日は明け方から夕方まで留守にするが、食事くらい用意してやるから家から出るなよ」


「……仕事ですか」


「ああ。そろそろ引退したいがね」


「わたしが騎士としてきちんと勤められていたら良かったのですが……」


「そんな顔するな。娘に養ってもらうつもりはない。それよりも自分の身の振り方を考えろ。騎士にしたつもりが魔女になって帰ってきたなんて、聖堂には報告したくない」


「う……」


「じゃあ、何かあれば声を掛けてくれ」


「はい、父さん……」



 身の振り方か。

 大陸に、しかも聖火国に渡るといったら怒るだろうか? それとも、父の故郷だから一緒に来てくれるだろうか。ああ、とにかく疲れた。今はゆっくり休みたい。

固いパンの使い途は?


1:シチューの具

2:パン粥

3:保存食

4:鈍器


これらの順で活用されているもよう。

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