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魔王子は女騎士の腕の中で微睡む  作者: 小織 舞(こおり まい)
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Day break……

 わたしは走って走って走り続けた。

 外壁を乗り越えるのは少し難しかったが、手と足を使って取っ掛かりを探してはそこから跳び上がることを繰り返し、出ることが出来た。



 町を通ることは出来ない。それに、収穫を控えた小麦畑も避けなくては……。



 どこでも良い、誰も居ない場所に行きたかった。



 森を避け、河を渡り、わたしは疲れを知らずに走った。馬と同じ速さで。風の心地よさを感じながら、わたしは羽が散るまでは止まらなかった。



「ここは……」



 なだらかな丘に一人立ち、斜陽(しゃよう)の紅さを見た。

 深く息を吸うと、広がっている羽も一緒に揺れた。それでも、可視化していたときよりは制御しやすくなっている。暴発は……多分、しない。



 全くといって良い程魔術に対して適性のないわたしが、小さい術ならともかく大がかりな術の展開など、これまで試したことすらない。まさか一人きりでこの時を迎えようとは思っていなかったから、用意といえる用意すらしていなかった。



 本来ならば聖堂教会の白術士たちに手伝ってもらうこの術を、ぶっつけ本番で試みることになるなんて……。恐怖がぐるぐると胸の中で渦巻いて吐き気を誘うが、わたしは背筋を正して唾を飲み込むことで耐えた。



「アデレードさん、もし、壊れてしまったらごめんなさい……」



 わたしは寄せて上げてもらった胸元に手を入れて、詰め物の間から鶏卵ほどの大きさの瑪瑙を取り出した。娼館の風呂焚きに使われていた魔法石(まほうせき)だ。今も温かく熱を放っているが、触れているのがわたしでなければ火傷していることだろう。



 いちか、ばちか。賭けてみるしかない。



「ここなら被害が出ても、酷いことにはならないでしょう」



 そう自分に言い聞かせて、わたしは魔法石(たまご)を抱いて大地に跪いた。わたしの持つ全ての魔力を、大地を暖める力に変えるのだ。



 わたし一人では発動できない術も、同じ力を持つこの魔法石を使えば、わたしの魔力を誘導できる。そう、【発火】の術が使えなくても火打石の火花から火を大きくしたように、魔法石の温かさから、熱を大地に放出する!



「ええと……。凍えた大地に温もりをもたらし給え、【地熱拡散】……」



 祈りの言葉は覚えているけれど、肝心の術を起こす「力ある言葉」はうろ覚えだった。



 失敗すればわたしの体は炎になって消えてしまうというのに、何とも、自分でも呆れるくらい締まらない。



(唯一の心残りは、あのお方を傷つけてしまったことだ。……どうか、わたしのことなど忘れて、幸せになって欲しい。あのお方の側に立つべきは魔女のわたしではなく、もっと相応しいお姫様だ)



 ユージェニア隊長には側に居たいお方は王太子殿下ではないと言ってしまったが、実際にはこの想いは叶いっこない。

 でも仕方がないではないか。本気でそう思ってしまったのだから。



「……アウグスト様」



 抱き締めた卵が孕む熱がわたしの自由を奪っていく。だんだんと体が重くなって、頭がとろとろと眠りに落ちていくように霞んできた。まぶたが重い。倒れこんでしまいたい。



「!」



 肩から地面に落ちたのだろう、衝撃に一瞬覚醒した。卵は落とさなかったようだ。



 ほっとして息をついたら、倒れていた体は、もう指一本動かせないことに気が付いた。



 このまま、眠りたい。

 全てを置き去りにして、眠ってしまいたい……。





◇◆◇





 そよと吹く風に、わたしの意識は覚醒した。



(あたたかい……)



 倒れ伏していた、地面に触れている部分が暖かい。起き上がろうと動かした指に、草が絡んで花の匂いがした。はっと身を起こすと、そこは一面春の花が咲き乱れていた。



「あ…………」



 わたしは、成功したのだ!



「あはは、あははははは! ……かった……。よかった、本当に…………」



 笑いが込み上げてきて、わたしは天を仰いだ。夜明けが鮮やかに世界の始まりを歌っていた。



 生きている。わたしは、生きている……!


「あああああああ! ああああぁぁん……ああぁぁん…………!」



 わたしは思い切り自分を抱き締めて泣いた。

 声の限りに。両手に命を抱き締めた。





◇◆◇





 どのくらい時間が経っただろうか。

 卵を探したが、わたしが抱いていたはずの卵はなく、そこにはさらさらした赤い砂しかなかった。魔法石はその力を失い砕け散っていたのだった。出来れば傷つけることなく返したかったが仕方ない。アデレードさんには申し訳ないが、金貨で細々とでも返していこう。



 ……生きてる間に返しきれるかな。



「さて、イザヨイ。居るのでしょう?」



 わたしは大声で丘の下の低木の茂みに向かって叫んだ。何の反応もなかったが、絶対に居るはずだ。わたしは根気強く彼を待った。



「イザヨイ。怒らないので出てきてください」


「…………」



 ガサリと、わたしの背後の木が揺れて、イザヨイが降ってきた。

 ……そっちだったかぁ。



「ルビィ、すごい格好だぞ」


「?」



 言われて見下ろしてみると、丈の長い白いドレスは焼け落ち汚れてぼろ布同然だった。そういえば走るのに邪魔だからと、城下町の民家の屋根で、靴と絹靴下(ストッキング)とフードつきマントと黒の肩掛けを全て脱ぎ捨ててきたんだった。



「……見えてないから、大丈夫です!」


「全然大丈夫じゃねェ。ほら、これでも着てろよ」


「よろしいんですか?」


「獣臭くて悪ィけど」


「そんなことありませんよ。ありがとうございます」



 イザヨイは自分のフードつきの上衣をわたしに譲ってくれた。それはごわごわしている粗織りの羊毛で出来ていた。暖かい。



「ここいらは王都ほど差別ァないし、他にも獣人が居るからな。顔が隠せるやつは、戻る前に買って帰るわ」


「何かお礼が出来れば良いのですが……」


「いいって。それより一緒に戻ろうぜ」


「…………」


「まさか。戻らねェつもりなのか?」


「はい。今さら、戻るも何もありません。わたしは最初からそのつもりでしたから」


「……んな」



 口を開けて絶句するイザヨイ。わたしは彼に背を向けた。



「どうか、追いかけてこないでください。炎の魔女は、王都にはもう現れないでしょう」


「……アデレードに何て言うんだ」


「それは……お借りしたものは、必ず別の形でお返しします、と」


「んなコト言ってんじゃねェ!!」


「ならば。感謝しています、お元気で、と伝えてください」



 彼はしばらく押し黙っていたが、



「勝手にしろィ!!」



 そう叫ぶと風のような速さで去っていった。

 ……とりあえず、父に会いに行こう。

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