パーティー 2
パーティー会場には、位の低い貴族から順に入るという暗黙の了解がある。だが、それに先駈けて会場入りしているのは、まだ成人していない貴族の子弟たちだ。
王族以外の貴族の子どもが集まって、情報交換や将来の伴侶探し、果ては仕事を始めたときのための青田買いまで、まさに大人社会の縮図である。
彼らは会場の一角に与えられた子ども用のスペースで飲食やゲームに興じ、自分の保護者の名が読み上げられたら迎えに走り、挨拶回りに付き添うのだ。
エルンストは十四歳、これが成人前の最後のパーティーになる。伯爵の第一子長男である彼は、将来爵位を継ぐだろう。そのため、子どもらの集まりには必ず顔を出してきたし、様々な年齢の子弟と繋がりを保ってきた。同じ伯爵位の家からは劣ることを早くに知っていたため、どの派閥からも嫌われないよう適度な距離で、かつ幼い子弟を導く役割を自分から進んで引き受けてきた。
それも、もうすぐ終わる。成人した後は父の仕事を教えてもらえるし、人間関係も変化して、損な役ばかりを押し付けられることもなくなる。
何より、今まで病弱なために公の場に現れたことのなかった三の姫との婚約話が舞い込んできたのだ。これは陛下から目をかけられているのだと、エルンストと先代伯爵の祖父は喜んだ――父だけは、キンバリー家の財を使い潰して自分を失脚させるための策略だと考えていたが。どうやら敵が多いらしい――。
質実剛健で知られる名家であるキンバリー伯爵の懐はあまり暖かいとは言えないので、この好機に三の姫の人柄を是非とも良く知りたい、とエルンストは考えていた。
そのうち、エルンストの父親が会場に現れた。母を伴っている。急いで近くに寄ると、キンバリー伯爵は言った。
「もうすぐ陛下とご家族がいらっしゃるだろう。挨拶に行くが、三の姫との婚約の話はまだ本決まりではない、先走るなよ」
「心得ております」
「なら口を尖らせるな。私が反対しているからじゃないぞ、皆に発表されていない婚約話など、ただの打診であって確実とは言えないのだ」
「わかっています」
「分かりました、だろう」
「……わかりました」
そうしている間に、国王陛下の到着を知らせるラッパが鳴り響いた。人々は皆、頭を垂れて陛下の入場を待つ。陛下と正妃が部屋の奥、壁際には深紅の幕が幾重にも張られ、中央に大きく国章が描かれている貴賓席の前に立った。
「顔を上げよ。今宵は二の姫と大陸の若き獅子、ガイエン国のレオンハルト殿下の婚約の宴である。楽しんで行かれるが良い」
王が手を挙げると、止んでいた楽の調べが、新しい曲を奏で始め、別のラッパが鳴って他の王族が入場する。そのときはもう頭を下げる必要はないので、エルンストも入ってくる人々を見ていた。
王族が全員集まるのは新年の祝いの席くらいなものだが、エルンストのような未成年者はそんな場には入らせてもらえない。公務を欠席しがちとはいえ表舞台に上がることの多い王太子を見る機会には恵まれていたが、側妃たちや姫君を間近で見ることなどなかったので、エルンスト少年も同じ年頃の貴族の子女たちも興味津々である。
そんな中でエルンストの目を奪ったのはやはり、初めて見る三の姫だった。
照明を受けて煌めく金の髪、そしてその翠玉の瞳は知性に輝いている。このような可愛らしい姫を妻に出来るなんて、自分は何て幸運な男だろうか。しかも、病弱と聞いていたがあの薔薇色の頬はどうしたことだろう。健康を取り戻したのかもしれない。それなら、あと何年かすれば素晴らしい美人になるに違いない。
「どこを見ている」
「いたっ」
国賓が入場し、さらに二の姫とその婚約者が入場するに至っても、まだ三の姫をぼーっと眺めている息子に、キンバリー伯爵の拳骨が落ちる。エルンストは拍手の列に加わりながらも、心は黄金の姫に囚われたままであった。




