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修羅場だよ。

ぼちぼち畳んでいきます。

これからの展開で皆さんが納得できるような感じになるかは甚だ怪しいですが、取り敢えず書き始めたものは終わらせるか!という感じで書いていきたいと思います。

 ふわふわとしたブラウンの髪は、瞳の色と同じ菫の花を絡めて結い上げ、華奢な肢体には金糸の刺繍が施され、小粒の宝石を散りばめたピンクのドレスを纏っている。

 手入れを欠かしたことなどないのだろう、艶やかな肌はほのかに薔薇色の血色に色づき、白魚のような指と、それを飾る形の良い爪は花びらのよう。


 彼女――クレア・エリソンはますます美しく、愛らしくなっているように見えた。


 彼女を最後に見たのは、私が悪役令嬢というキャラクターの役割を終えたあの日以来。あの時は本当にゲームで見たキャラクターデザインのままだったが、年月が経つことで彼女もどんどん女性らしくなり、淡く可憐な色香まで感じさせた。


 彼女はこれからどんどん大人になっていく。既に成人しているし、この世界では子供も産める年齢だが、成熟しているというにはまだ流石に早い。それでも大輪に咲くだろう将来性を伺わせる、鮮やかな蕾であることは間違いない。


 それなのに。


 どうして、君はこうなっちゃったのかな・・・。


 君はこの世界に産み落としてくれた両親から教えられたはずだ。

 この国の貴族としての規範を。

 君はあの学園で学んだはずだ。

 貴賤を問わず、人々にはそれぞれ役割があり、それを侵さず遵守しながら世間に羽ばたいていくべきなのだと。

 君はこの王城で知ったはずだ。

 妃の義務、その名の持つ重たい荷物を。


 何も、君には響かなかったのかい?何の意味もなかったのかい?


 これは乙女ゲームだから、ヒロインの君が幸せになるのは当然かもしれない。


 でもよく考えるんだ。


 欲望に溺れた人間の行く先は、たとえ前世でも同じだったでしょう?


「クレア・エリソン。この時を持って、お前を我が婚約者の座から外す」


 その名の通り、家具の色調に爽やかな青をバランスよく取り入れた青の間に、王子の低い声が響き渡った。

 特別大きな声ではないのに、意識を集中させる引力を持ったその声は、彼が確かに王族の一員であることを私に思い起こさせた。


「え・・・?」


 クレア嬢はきょとんとした。子供のように無垢であどけない仕草で首をかしげる。


「理由はアーロン殿下の複数の側近との淫行罪だ。おまえは今日中にこの王宮を退去し、ガーランド地方の修道院に修道女として入ることが既に決まっている。終身神に仕え、今までの行いを悔い改めよ。貴族籍も抹消されている。お前に帰るところはもうない」


 さらにつらつらと続けたのはリチャード。まるでテープレコーダーのように機械的な口調であり、この角度からは見えないが、その唇の動きの淡泊さまで思い起こさせる口調で、少々不気味だった。


「?」


 クレア嬢は再び首を傾げた。本気で彼女には理解できないのだ。今の状況が。


「・・・アーロン、どうしたの?そんな怖い顔をして」


 甘えるように、媚びるようにそう言って、クレア嬢はそっと無防備に王子に近寄った。彼らの放つ空気の殺伐さを、まるで感じていない挙措だった。


 それどころか本気で心配そうに、口元にキュッと握った小さなこぶしを寄せて、王子を上目づかいに見つめた。


「疲れちゃったの?リチャードもすっごく怖い顔してるわよ?また・・・あの人たちが何かしたの?大丈夫?」


 さらに彼女は王子の目の前でリチャードの心配もして見せた。

 リチャードは何も言わなかった。


 王子も何も言わなかった。


 ただ、クレア嬢の可愛らしい、さえずるような声だけが響く。


「二人とも、やっぱり疲れているのよ・・・、こんなに顔色も悪いし。ねえ、ここにいるよりもお外に出ない?私、お庭で二人とお茶会をしたいわ!厨房にお茶と、お菓子も頼みましょう!そうだ。ねえ、みんなも呼びましょうよ!最近みんな忙しいって言ってるけど、私みんなが心配だわ。・・・あ、ねえ、何なら王太子殿下もお呼びできないかしら?私も一生懸命お願いしてみるわ!だから――」


「――いいかげんにしろ」


 王子は地を這うように低い、獣がうなるような声で切り捨てた。


「・・・アーロン?」


「貴様が私の配下と、口に出すのもおぞましいことを平気でやっていたのは既に知っていると言っただろう!!まさか許されると思っているのか?貴様はこの国の王族になるということを――私の婚約者であるということを、なんだと思っているんだ!?」


 血を吐くような叫びだった。肩で息をし、それでも足りないと言いたげに、王子は婚約者が伸ばした可憐な繊手を払いのけた。


「貴様は・・・どこまで・・・私を、馬鹿にすれば気が済むのだ・・・!!」


 どんな弦楽器の音色にも勝る優美な声で、王子は慟哭した。


 自業自得という見方も、出来るだろう。確かに王子は私と再会したとき幾度も自嘲の笑みを浮かべて見せた。彼は自覚しているのだ。自分の愚かさがこの事態を招いた一因であるということを。


 哀れで、愚かな王子様たち。


 君たちは自分を迷わせる霧を、爽やかな風で散らし、春の陽だまりで照らしてくれた、不思議な乙女に惹かれずにはいられなかっただろう。


 ティファニー・シルヴェスターという、なんの罪のない少女を一人、容易く犠牲にできるぐらいに。


 でも、きっと予測などできなかっただろう。気付くことなどできなかっただろう。


 彼女が君たちを愛したことなんて、一度も無いことに。君たちを求めて、求めて、一人では満足なんてできないことに。


 彼女がこの現実に生きていないことに。


 私も始めて記憶を取り戻した時には驚いたけど、それでも自分が生きている世界が現実なんだと理解することができたよ。


 君は・・・君は、どうして・・・。


「バカに・・・?」


 クレア嬢は間抜けのようにオウム返しをすると――にっこり、と花のように笑った。


「ああ!もしかして、アーロンったら、妬いてるの?」


 きゃらきゃらと嬉しそうな声で彼女はさえずった。


 彼女はこの期に及んで何も理解していなかった。彼女にとって、彼はヒロインの攻略対象。すでにイベントをこなし、フラグを立て、エンディングまで迎えた今、彼の愛が揺らぐことなどあり得ないのだ。


 つまり、彼女にとって彼は都合のいいゲームキャラで、彼の人格など、なんとも思っちゃいないのだ。


「もうっ、それならそうと言ってくれればいいのにぃ。アーロンとなら、私いつでもイイんだよ?もうもうっ、我慢なんかしなくていいんだからぁ――」


「君は本当にいい加減にするべきだよ、ヒロインさん」


 私は無意識に、口を開いた。



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