引き受けたよ。
感想、ブクマ、日刊文学ランキング1位、励みになっております。皆さんがイーッ( ;゜皿゜)ノシみたいな感じになっている前話と前前話。今回も多分イーッ( ;゜皿゜)ノシとはなると思います。
「・・・疑い、ですか?」
アーネストさんが面白くもなんともなさそうな目でちらりと宰相子息を見た。私から見れば平常運転の皮肉っぽさだが、宰相子息は満面に朱を上らせた。
「先ほども言った通り、私は彼女が殿下と結ばれるならそれでいいと思っていた。それ以降、私から個人的な用件でおたずねしたこともなければやましいやり取りなど一切ない」
早口の釈明にアーネストさんは何も言わない。
表情も変わらなかったが、雰囲気は変わった。まるで舌をちろちろと出しながら獲物を品定めする、しなやかな蛇のようだ。
「それならそう言えばいいじゃねえか」
デュークさんが軽い調子で言った。けれど今回はアーネストさんだけでなくデュークさんの態度も皮肉じみている。言えばいいというものでないぐらい、デュークさんにもわかっているのだろう。
「事はそう簡単ではない」
私たちにというよりも自分に言い聞かせるように王子は言った。
「なぜ、そのような嫌疑が?」
「例によってクレア嬢はリチャードの婚約にショックを受けたようでな。何度もコンタクトを取ろうとし、リチャードも最初は応じたが彼女の自分を愛していたのでは、という問い詰めにさすがに距離を置いた。クレア嬢は以降も何度もコンタクトを取ろうとしたが、リチャードは全て断った。」
「・・・その結果、彼女は私の婚約者に矛先を変えたんですよ。幸い、大ごとにならずに済みましたが、私の実家と彼女の実家には露見してしまいました。それでこのような事態に・・・」
王子は世にも情けないという表情で自身の婚約者について語り、リチャードはかつて愛した人の所業を思い出すのがつらいのか、感情を見せない無表情になって言った。
大ごとになっていないというが十分大ごとである。
「しかし、なぜ我々なのです?わざわざ我らのようなものに依頼されずとも、ご自身の配下に命じられればよろしいでしょうに」
アーネストさんは彼らの話に特段興味を持ったようには見えなかったが、これだけは確認しておきたかったのだろう。低い声で問いかけた。
「私の配下、か」
王子は再び自嘲の笑みを浮かべた。
「それこそ、あの時のメンバーがそうだ。彼らがそれぞれ長について、さらに自身の手足となる配下を持つ。私はそれらの人員を使うならば、まず彼らに命じなければならない」
指揮系統の整然さが仇となったようだ。
あの時のメンバーは確かに才能豊かだったからな。軍部にも諜報部にも、彼らの息がかかっているはずだ。
そうじゃないのなんて、本当、ここぐらいだよ。
けれど。
「ですが、先ほど仰っていたではありませんか。彼らもクレア嬢から距離を取っていると。それなら何の問題も・・・」
「いや。それならさっき言ったようにジョーンズ男爵の嫡男も最初は距離を取っていたんだ。しかし一度は惚れた弱みか、あっさりほだされおった。この者だけではない。他にも怪しい動きをしている者はいる」
王子が私の言葉が終わるよりも早くそれを切り捨てた。彼自身、多くのことを考慮したうえで今ここにいるのだろう。
「それなら、それこそ外部から調査を入れたほうが・・・」
王子はすぅっと笑みを深めた。
何を考えているのかわからない、ひどく澄み切った笑みだった。
「そうだな。私が知らなかっただけで、既に調査を進めている人間もいるやもしれぬな。しかし、それではいけないのだ。
私は今回のことを全て自ら調べ、その責任を負って幕引きにしたいと思っている」
宰相子息は顔を伏せている。その顔色は紙のように白く見えた。
王子が何をしようとしているのか、恐らく正確に知っているのは彼だけだろう。
しかし私たちにもなんとなくわかった。
王子は継承権を放棄するつもりなのだ。
そうすることで、あの時私を追い詰めたメンバーであり、現在王子の配下である彼らを道連れに、輝かしい表舞台から身を引こうとしているのだ。
正直、今回の案件がそこまでする必要があるものなのかわからない。
何なら全ての責任をクレア嬢に押し付けて、切り捨ててしまえば済む話だ。
あの時私にそうしたように。無傷とまではいかなくとも、最小限被害を小さく出来る方法だと思う。
しかし、そうしないのは。
見切りをつけたのだ。
誰が王子に、ではない。
王子が王子に、である。
ここまで来てしまうともう他人が何を言っても無駄なような気がした。
あの時自分たちの色恋のために私の人生を弄んだ奴らに、それ相応の報復ができる。
いや、報復どころか私が手を汚さずとも彼らは勝手に堕ちて行ってくれる。
それでも私の胸中に満ちたのは何とも言えない後味の悪さだ。別に私が悪いわけではないのだけれど、妙に王子に同情したくなった。彼が憐れだった。
愛する人も、臣下も、自分も、信じられなくなった彼の姿が今の自分と正反対すぎて、どうしようもなく憐れだった。
「そういうわけで、私は第三者の立場であるそなたたちに依頼したい。今回の打開策を共に考えてほしい。・・・そなたに対する恥も無礼も承知の上だ。これさえ終われば、煮ても焼いても構わんさ」
煮もしなければ焼きもしないが、とりあえずこの言葉は受け取っておくことにした。
もちろん私にも納得できない部分はある。そもそもさっき言ったように、王子に個人的に謝ら得たところで、それはただの自己満足に過ぎない。そのことも理解しての、言葉なのだろう。
それに、そうしたことを一切切り捨てて、私はこの依頼は受けるべきだと思う。
私はもうこの課の一員だからだ。
それを彼らにも示してやりたかった。
私はもう個の感情にとらわれるような――あなた方のような人間とは違うのだと。
ぶっちゃけて言うと、エンバコを作ったウチにこの相談は手に余るとも思うだろう。
しかしうちは今までに無かった民間向けの魔道具開発部。さまざまな想定に耐えられるように、各種分野の人材を揃えているのだ。
もともと民間魔道具開発課ってネーミング自体ざっくりしてるからね。
「・・・なぜ、軍部や公共事業の開発部ではないのです?」
アーネストさんが言った。そうか。あの事件は公になったものではないから、彼自身社交のある貴族でもないし、事情を知らなければ当然そう思うだろう。
私自身、病気を理由になにも言わずにひっそり消えただけだからね。
「そちらには彼らがいてな。私はもう、彼らを信用出来ない」
彼ら。王子と同じくヒロインに恋をし、逆ハーレムメンバーに組み込まれた人々。
私はあの時ヒロインに同情した。何にもわかっていない、可哀想な子供だと。
でも今は違う。
はっきりと怒りを感じていた。
ゲームの世界に耽溺して、そのために私を含む多くの人の人生を狂わせたヒロイン。もう無知と幼稚で許される上限をとっくに超えているではないか。
「ティー」
アーネストさんが温度を感じさせない、いつも通りの声で言った。
「策はあるか?」
「あります」
私は努めて冷静そうに、いつも通りの声になるように答えた。
2000字ぐらいで~、とか言っていたのにふつーにオーバーし続ける。(´・ω・`)