謝罪されたよ。
日刊文学ランキング2位、たくさんのブクマ、感想ありがとうございます(ノ´∀`*)
狭い応接室を静寂が満たした。
目の前には純金を梳かしたように美しい髪を垂らして、頭を下げている優美なモデル顔の美青年がいる。
私は呆然とその金の頭を見つめた。
その隣で黒髪眼鏡の宰相子息が何か言いたそうにしているが何を言えばいいのかわからない、という情けない表情で、もどかしげに王子を見つめている。
「――すまなかった」
数舜とも永遠ともつかない沈黙にこぼれたのは、そんな悔恨の言葉だった。
「・・・おっしゃっている意味が分かりませんが」
王子を目の前にして気が動転しているのだろうか。私は発声と言葉遣いを公爵令嬢の物にして言った。
そうだ。謝られている意味が分からない。
あの後、クレア嬢は本当に第二王子の婚約者になった。
その成り上がりの人選に当然批判は噴出したが、徐々に沈静化していったという。おそらく逆ハーレムメンバーが手を回したのだろう。
それに現在クレア嬢は妃教育ということで正妃殿下のおわす後宮に籠りきりになっていると聞いている。表に出てこないから批判もしにくいのだろう。
私は貴方たちにはめられた。
あなたたちは望むものを手に入れた。
それで十分でしょう?
「わかるはずだ。・・・あの、一年前のことを。そなたを学院から追放したことを」
王子は決定的な一言を言った。
そう、既に一年に近い月日が経った、あの日のことを。
宰相子息がハッとして王子の腕を押え、アーネストさんとデュークさんに素早く目を走らせた。
アーネストさんもデュークさんも何も言わなかった。
ただ目線を険しくしてどういうことだと私に問いかけてくる。
私は努めて冷静な声で言った。
「つまりこういうことですか?一年前、学院で私が行った現第二王子殿下の婚約者、クレア・エリソンに対するいやがらせは、冤罪だったと認める、と」
「はあ!?」
「・・・それはそれは」
デュークさんは予想もしていなかったのだろう、素っ頓狂な声を出し、アーネストさんは一度形の良い眉をひそめ、唇に皮肉っぽい笑みを刷いた。
「そうだ」
王子はすっと頭を上げ、姿勢を正した。
「あの日、私は卑怯にもそなたをクレア嬢に対する嫌がらせの犯人として吊るし上げ、弁解も不可能な状態に追い詰めて学院から追放した。・・・私だけではないな。あの場にいた七人全員が、真の罪人なのだろう」
「主導したのは殿下ですか」
「そうとも言えるし、違うともいえる。あの時は本当に立場など関係なかった。ただただ全員が無様にも一人の少女に愛を乞うた結果、我々は身分の上下すら忘れて一致団結し、そして水面下では激しく小競り合った。・・・誰もがあの少女の目を惹きたくて、暴走した結果が、あのざまだ」
私は一度密かに深く息を吸った。火花のようにばちばちと弾ける、理不尽さに対する怒りを、表面上は押さえつけて、氷のような声で言った。
「――随分とご自分を客観視できるようになれましたのね。」
「ああ。全くだ。情けなさ過ぎて涙も出ぬ」
王子は整った顔に皮肉と自嘲を混ぜた無表情を浮かべている。彼は本当に自分のやったことを理解したようだ。
今更――、何を今更。
私は氷の視線をそのまま宰相子息に向けた。
彼はひたすらばつの悪い表情で俯いていた。
その子供のようにナイーブで情けない姿にむしろ苛立ちが募る。
そうだよね、君随分と私の偽罪状作りに熱心だったようだものね。
私の今はとても充実している。でもそれとこれとは別だ。暴走した結果、なんて軽く言っているけれど、あの出来事は私の貴族令嬢としての生命線を断ちかねないものだった。
貴族の生命線を断たれた貴族令嬢が、いったいどんな風に生きていけるだろうか?
ある意味彼らはとても幸運だ。
私が能天気で、前世の記憶なんてものを持っていて、ずれていて、前向きで、新たな生きがいと仲間をすぐに見つけられるような運のいい人間だったから、今もこうして心身健康に生きているのだ。
「今、謝罪していただいても何の意味もございませんわ。殿下。リチャード様」
そういって私は二人を撥ね付けた。
王子は何も言わなかった。
こんなふうに扱われたことがないのだろう宰相子息は私を一瞬睨んだけど、何よりも雄弁な視線に怖気づいたように下を向いた。
本当に、情けない人たちだ。
「それで、何がございましたの?あなた方が――男爵令嬢の愛を乞うて暴走するような方々が、そう簡単に、このように目を覚まされるはずがないと思うのですが」