私は幸せだよ。
毎日毎日感想ありがとうございます。( *・ω・)ノ
これ含めてあと2話ぐらいで終わる…はずです。
どうぞ最後までよろしくお願いいたします‼(*´ー`*)
王子は言い終えると、ヒロインから一歩下がって低い声で命じた。
「衛兵。この者を捕縛せよ」
途端に控室に待機していた近衛兵たちが素早い動作で流れ込み、ヒロインのきゃしゃな体を羽交い絞めにした。
「な!?い、痛い痛い!は、離してよ!アーロン!!」
あっという間に捕縛されたヒロインは髪を振り乱して王子に助けを求めた。けれど王子は動かない。それどころか、陽炎のように茫洋とした様子で、彼女を見返しただけだった。
「・・・もう、ここまでなんだよ。・・・ヒロインさん」
私は公爵令嬢の声色をやめ、言葉遣いも変えて、素の自分で彼女に語り掛けた。羽交い絞めになって歯を剥いて喚いていた彼女の前に立ち、ぴたりと視線を合わせる。
ヒロイン。
その彼女にとって存在意義と同義だろうワードに、彼女は動きを止めて、まじまじと私を見つめた。
「君はこのゲームのヒロインのつもりだったんだよね?かっこいい男の子たちに愛される、素敵なゲームのヒロイン。悪役令嬢の追放だって、ただのイベントの一環で、ヒロインは何にも悪くないんだもんね?」
ヒロインは酸欠の魚のように口をパクパクと開閉させた。
「でもね、この世界は現実なの。君はヒロインなんかじゃないんだ。知ってるでしょ?浮気は悪いことだっていうぐらい。それこそ――ゲームの世界でもなければね」
ヒロインの菫色の瞳に、今までにない光が翻った。
自分で思考している人間だけが持つ、理性の光だ。
「あ・・・あ、あ・・・」
ヒロインはよくわからないうわごとを零した。私の言葉が心に沁みこみ、脳がその意味を理解しようとして――。
「――あんたのせいね!!この、悪役令嬢!!」
そう唾をまき散らしながら獣のように吠えると、彼女は私に詰め寄ろうとして衛兵にさらに強く押さえつけられた。
その拘束から抜け出そうと死に物狂いでもがきながら、彼女は怒鳴り続けた。
「あんたのせいね!全部!何もかも!アーロンがこんなことするのも!みんなが婚約者なんてもの押し付けられたのも!!みんな、みんな不幸にしていくのね!!この人でなし!!みんなが最近私と会えないのだって、あんたが権力でみんなを脅したんでしょ!?隠しキャラの王太子殿下が私に会ってくれないのだって!!この、この悪役のくせに!!負け犬で悔しいからって、私たちの幸せを踏みにじるなんて、この、この――」
支離滅裂だった。というか既婚者狙ってたのか、ヒロイン。
そういえば隠しキャラだったな、王太子。相手の令嬢が権力にものを言わせてやむなく結婚させられたっていう設定の。
「このクズ!!私たちの邪魔してんじゃねえよ!!」
「邪魔されたのは、むしろこっちなんだがな」
罵詈雑言を喚き散らすヒロインに、温度を感じさせない艶やかな低音が言った。
一瞬虚を突かれて黙り、そちらをぎろりと睨むヒロイン。もうヒロインという呼称が怪しくなるぐらいの鬼の形相である。
そんな視線を無視して、するりと前に出た侍従――に扮したその人は、私の腰を捕まえて軽々と片腕に抱きかかえた。
おい、これは何の真似じゃい。
「アーネストさん!」
私はすぐ近くにある、端正な顔に向かって叫んだ。涼しげな翡翠の瞳がちらりとこっちを見て、うるさいと言いたげに顔をしかめる。
「黙っていろ。そもそも、俺は最初からこんなの乗り気じゃなかったんだ。婚約者が浮気しまくってるからなんとかしろ?笑わせるな。その程度のこと、市井の男なら自分一人で片を付けるだろうに。大体こいつらの親は何している?婚約破棄だの、王子の婚約者にいつまでたってもうつつを抜かすバカなんざ、とっとと放逐してしまえばいいだろうが。ああ、去勢処置をしてからな」
はんっ、と思いっきりバカにした様子でアーネストさんは嗤った。衛兵たちはちょっとざわついたが、「どこか間違っているか?」という視線に何も言えないようだ。
確かにアーネストさんが正しいといえばそうなのだろう。言っていることは過激だが、恐ろしく理路整然としている。
確かに今回の依頼は王子の自己満足的な意味が強い。それでも知りたがったのは、他人に見せつけられるのでは自分は納得しない。それなら自分が、という。
私は私で、まあ、彼にきちんとわかってほしかったという気持ちが最大の動機だったと思う。あなた方はこんなに馬鹿な真似をしたのだと。
言ってしまえば私は私で自己満足のためだった。それに二人を巻き込んでしまったのは確かに申し訳なかったな、と幼児のように抱えられながら思っていたが、頭を大きな手がぽん、と叩いた。
「ま、そこはいろいろあるんだろ。お貴族様だからな。とにかくことを大きくすればするほど、ほかにも迷惑がかかるって自覚はあるんだろう。・・・つっても、俺もとっとと追い出せばいいと思うけどねぇ、このあんちくしょう共。まあ、今回の開発は有意義だったけどな。費用全部王子持ちだったし。これをほかの何かに応用出来たら、いったい何が出来るかわかんねえぞ?」
そう皮肉っぽく、けれど楽しげに言いながら、デュークさんは私の頭をわしゃわしゃとかき混ぜた。慣れていないシニヨンがあっという間に乱れ、ついでに髪留めを奪われて白銀の髪がふわりとほどける。
その毛先を猫のしっぽでも撫でるように弄びながら、デュークさんは凛々しい琥珀色の瞳をヒロインに向けた。
「お前さんが何を言ってるのかわっかんねえし、どうでもいい。けどなあ、正直、こいつが貴族学院なんてつまらねえ場所から出られるようにしてくれたことは感謝してるぜ?そのまま普通に卒業してたらどこぞの、それこそそこの王子サマと結婚させられて、王子妃なんてクソみてえな立場に立たせられてたかもしれねえからな。」
「・・・まあ、それは同意してもいいかもな。ありがとうな、罪人。
――こいつと会わせてくれて」
皮肉っぽく、けれども深い情感を感じさせる豊かな声と、いつもよりもほんの少し温度を感じる、滑らかな声。
それらは、大変不謹慎で場違いだが、愛の告白のように甘やかに響いた。
私の顔がじんわりと熱くなり、涙腺が緩む。
「ふぎゅっ・・・私もみなさんに会えてよかったです」
嗚咽を押し殺そう押したら、猫が尻尾を踏まれたみたいな変な声が出た。
全くもって、ロマンチックに私は向かないようだ。
灰色の頭とダークブラウンの頭が小刻みに震える。笑いをこらえているのだ。なぜいつもは水と油のくせに、こういうときだけ息が合うのだろうか。
実は仲良しなんだろ?そうなんだろ?
「なん、で・・・」
ヒロインは一瞬俯き、ばさりと顔にかかった前髪の隙間から、射殺すように鋭い菫の視線を私に向けた。
「なんであんたがそんな幸せそうにしてんのよ!!悪役令嬢のくせに!!こんのクズが!!悪役なら悪役らしく、泥まみれでみっともなく泣いとけよ!!カス!!」
これには流石にむっとした。本当に、この人は何もわかっていない。
「馬鹿ですか?ヒロインとか、悪役令嬢とか、そんなのあるわけないでしょ?ゲームじゃないんだから。現実は――本当に幸せになる努力をした人間が、幸せになれるんですよ」
そう言って、私は素の自分で本気でにっこりしてやった。嬉しそうに、幸せそうに。
アーネストさんに抱えられながら、デュークさんに髪をいじられているという格好のつかない状態だったけれど。




