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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

相科葉乃子。

作者: サエキ

 相科葉乃子、そうしなはのこ。

 彼女はクラスメイトで席は窓側の一番後ろの角。その隣がボク。新学期が始まって、その一区切りとして少し前にくじ引きで席替えしたのをきっかけに、今まで全く関係のなかった相科さんとの接点ができた。

 初めの頃は落とした消しゴムを拾ってくれたとき「ありがとう」と言ったり、朝に挨拶を交わす程度のコミュニケーションだったのだが、最近は昼休みによく会話をするまで進展した。

 特別仲のいい友達はいたが殆どがクラス替えでバラバラになってしまったし、今のクラスにもそれなりに友達はいるがいつも昼ご飯は好んで自分の机で静かに過ごしている。

 反対に、彼女の周りにはクラスメイト、友達さえも寄り付かなかった。(いるのかどうかは分からないけど……。)それくらい彼女の存在感は不気味で奇妙だと友達は言っていた。確かに物静かで常にうつむきがちな彼女の長い黒髪が、より一層怪しげな雰囲気を際立たせてはいる。第一印象は奇妙な子だな。とは思ったけれども、ボクは不気味とか近寄りがたいとも思わなかったし、寧ろとても興味深い好奇心を抱いている。

 そして、いつもの昼休みは壮絶な学食戦争から無事生還すると、すでに隣の彼女はお弁当箱の包みを丁寧に包み直しているところだった。

 ボクはワクワクしながらメロンパンに噛り付く。なぜなら彼女が話してくれる内容はとても面白かった。

 きっかけはただボクが「何か面白い話とか知らないの?」なんて無謀なリクエストをしただけなのだが、彼女はもともとそういった小話が好きらしく、いつの間にか昼休みに彼女の話を聞くのが習慣になっていた。

 「……今日のはちょっと難しくて、悲しいお話ね。」

 か細い声で呟いた声は不思議と教室の雑音に紛れることなく、ボクの耳に届いた。

 ボクは静かに彼女の話に耳を傾ける。


 ――双子の話。


 小さな村に有名な双子の兄弟がいた。

 生まれたときから常に一緒で顔は親でも見分けがつかないほど瓜二つ、そして共通して悪戯好きの性格は村の住人達を大変困らせたという。

 弟はやんちゃで元気な子であった。

 反対に兄は無口で聞き分けがよく、面倒見のいい性格だった。

 だがしばらくして双子に異変が起こる。

 あまり人に関わることもなく、人々が呆れ返るほど日常茶飯事だった悪戯もしなくなり、二人で仲良く一緒に歩いているところも全く見かけなくなっていた。

 それからいつも下ばかり見ている、うつむきがちになった弟は兄のことで批難されるとひどく激昂した。それはまるで悪魔がとり憑いているかのような変貌ぶりで大の大人が大勢で取り押さえなければ治まらないほどだったという。

 兄の方は誰にも姿を見せなくなってしまったが、とりわけ部屋に籠もり続けるわけでもなく、真っ暗な場所を嫌いいつも明るい場所で過ごしているという。しかし、一際明るい場所はとても嫌がるのだと弟は語った。

 暗い性格になったのかと思いきや、食卓の場では弟はいつものようにお喋りをしながら食事をしていたので、母親には静かに食べるよう何度もとがめられていた。

 全く姿を見せなくなった兄について村の者が問うと弟は、いつもと変わらず一緒にいるではないかと当然のように言うのだ。そんな異常な双子に村はどんどん不信感を抱くようになった。

 それから暫くして、小さな村に不幸が訪れた。何年も日照りが続きだし、作物は枯れ、食料は底を尽きはじめ、人々は飢餓で次々と死んでいった。ついには未知の伝染病までが発生し耐え難い空腹と、伝染病への恐怖、先の見えない村の未来に切羽詰まった住人たちの不満や怒りはあの双子へとぶつけられた。

 それほどになるくらい住人達も可笑しくなってしまっていたのだ。異常な行動を見せる双子を悪魔の使いだと、生け贄にしてしまえなどと叫び、生き残っている者たちはそれぞれ武器を持ち双子の住む家へと突入した。

 すでに衰弱し死に掛けている父親、母親は悪魔の子を産んだ罰だと血祭りにあげられ、弟は突然のことに泣きながら命乞いをしたが最後の願いに人々は否定するかのように体は無残にばらされ、悪魔が二度と復活などしないよう一部は燃やされ、一部は残った家畜のエサにする入念さだったという。

 弟は泣きながら、

 「どうか僕は殺してもいいから兄だけは消さないで」

 「僕の身体は残しておいて」

 「兄がいなくなっていまうから」

 「僕を真っ暗な土の中に埋めないで」

 「どうか兄だけは」

と何度も何度も死に至るまで懇願していたそうだ。

 双子が死んだ後、生け贄を捧げたのにも関わらず村の状況は一向に変わらないまま飢餓と病に侵食されながら滅んでいった……。

 そう、遠い町の図書館で双子の悲劇と一部の文献にて語られている。



 彼女の話が終わった頃予鈴が鳴る。

 今回は特別長かった気がする。周りを見渡せば教室にはボクと相科さんしかいなくなっていて、そういえば次の授業は移動教室だったと慌ててロッカーから教科書を引っ張り出す。相科さんはすでに教室の扉に手をかけているところで急いでボクも後を追う。

 「まって! その話の兄の方はどうなったの?」

 「あ、忘れていたわ……」

 くるりと長い髪を泳がせながら振り向いた彼女は今まで見たことない柔らかな微笑みを浮かべている。妖しくも綺麗な立ち振る舞いをする相科さんの方から少しひんやりとした冷たい風が流れたような気がした。

 「兄は生け贄にすることが出来なかったの、村の人たちが突入してきたときはもう……」

 「えっ、でも弟は兄と一緒にいたんじゃ。」

 「そう……一緒にいたわ。ずっとずっとね。でも、もう兄は病気か何かで死んでしまっていたのよ。それでもずっと一緒にいたわ。」

 「んー?」

 「だから私、最初にちょっと難しいかもって言ったわ。」

 首を傾げるボクが可笑しいのかクスクスと小さく笑いながら彼女は先に行ってしまった。どうやら種明かしは一切してくれないらしい……。


 その後、ボクは放課後の暗くなった帰り道で見た街灯の明かりの下に浮かぶ自分のもう一つの存在に気が付いて、彼女の話を思い出すのだ。

 初めて相科葉乃子を怖いと感じた瞬間であった。

 そしてもう一つの疑問の正体に気が付くのは、もっともっと先のこと。


 相科葉乃子。

 

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