僕らは家族なんだってば!
ようやく仕事納めとなった十二月二十九日。今年もクリスマスを家族で過ごすことができなくて、俺は少し凹んでいた。中学生の娘も、小学生の息子も文句ひとつ言わない。言わないから、それに甘えてしまう。俺は父親として、二人に何をしてやれるだろうか?
妻と離婚を決めたのは、娘が十歳、息子が七歳。母親が恋しい年頃に、妻と俺とどちらと生きていくか選択させてしまったことを、今でも後悔している。それでも、離婚せざる得なかったのは、妻が妊娠していたからだ。
俺の子供ではない。彼女が仕事関係で知り合った相手だと言っていた。俺との擦れ違いを相談しているうちに、関係を持ってしまったと泣きながら彼女は告白した。一時の浮気という気持ちで、そうなったわけじゃないことも、できれば知らないでいたかった。
ただ、俺も彼女のその告白に大きな動揺はなかった。どこかの時点で、俺は彼女への愛情を失くしていたのかもしれない。
『やっぱり、怒らないのね』
少し、寂しそうに妻は言った。妻も二人の間に、育たなかった何かに気が付いていたのだろう。
だから、俺たちはもめることなく離婚した。ただ、俺も彼女も子供たちの気持ちが心配だった。だから、俺たちは幼い子どもたちに残酷な話をした。お母さんは好きな人ができて、今、その人の子どもがお腹にいること。お父さんはお母さんを好きだけど、その人より好きじゃないこと。二人でいることは、お互いに不幸になるから、離婚することを決めたこと。俺たちは二人で子どもたちにごめんなと謝った。
二人は泣いた。嫌だと泣いた。ひどいと泣いた。ずっと四人でいたかったと泣いた。
それでも、結局、母親が家を出ていくことを許した。
『ママには、もう新しい家族がいるから……』
娘は真っ赤な目をしてそう言った。
『僕は……パパとお姉ちゃんと居る……』
そして、二人は妻に抱きついて言った。
『この子を不幸にしないでね』
妻は泣きながら、絶対しないと二人を抱きしめて泣いた。
俺は……。あれから、変わったんだろうか?二人の母親を結果的に追いつめてしまったのは俺なのに。二人は俺の側にいてくれて。
「父親失格だな……」
思わず、口にした言葉に娘と息子は激烈な言葉を吐いた。
「馬鹿だわ。大人のくせに」
「うん、バカだよね。大人のくせに」
俺は返す言葉もない。
「あのね。何を基準に父親失格とかいってんのよ。パパは」
「僕らは、何の不自由もしてないよ。授業参観も運動会もちゃんと毎年きてくれたじゃん。そりゃ、家事の分担はときどき嫌だなとか思うし、ママがいてくれたらなって思うけど」
二人はあきれたような口調でパパはパパだよと言った。
「あたしたちは、少しだけ他の家族と違うし、他の子たちより多少の不便はあるけど。不仲な両親をみながら大人になるよりずっとましなの」
「そうそう、虐待されてるわけじゃないし、離婚のときもちゃんと話してくれたしね」
「けどさ、俺はお前たちから母親を……」
取り上げたようなものだとは、言いづらかった。なさけないなと思う。
「それがなんだっていうの?ママが出て行ったのは、ママの都合よ。ものすごく、身勝手だっておもったけど。仕方なかったじゃない。おなかの中に半分とはいえ、弟だか妹だかがいたんだもの」
「そうそう、僕たちがどんなに泣き叫んだって、どうにもならなかったもんね。それに、僕、この間、保健の授業で習ったよ。お産ってすごい大変でお母さんたちは、命がけでみんなを生んだんだって。きっとあの子だってママは命がけで生んだんだよ。だからってママが僕たちの母親だったことに違いはないし」
俺はびっくりした。俺が小学生とか中学生とかのとき、自分のことしか考えてなかった。両親がいることが当たり前で、彼らがしてくれることは当然のことだと思っていた。なのに、こいつらは……。
「俺を許してくれるのか?」
だからと二人はむくれた。
「許すも許さないもないでしょ?パパはパパなの。あたしはあたしなの」
「うん、僕は僕だよ。それで、僕らは家族なんだってば!変わってるけどね」
大人のくせにそんなこともわからないなんて馬鹿だよねと二人は呆れ果てている。
「パパはこれからも、あたしたちのためにしっかりお仕事してくれないと困るの。わかった?」
「だよね。僕たちに悪いことしたって思うなら、しっかり働いてよね。僕たちがちゃんと大人になるまで、いっぱいお金がかかるんだから」
「俺って、もしかして金づる?」
二人はそうだよっと爆笑した。俺も笑った。そして、妻に感謝した。俺にはもったいないほどの、宝物を残してくれたことに……。
【終わり】