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8. 隣の断章世界を探索しに行く、後悔はしていない

 トウヤはその大きな建造物を見上げる。

 銀色の三つの棒が作る三角錐、骨組だけの巨大なテントのようなそれは、円形の低い台座の上にしっかりと固定されていた。

 三角錐の各辺はテントを覆う布地の代わりに、オーロラのような膜に覆われている。中も膜と同様に赤や緑、青や黄色ににじんでかすんでしまって見通す事は出来ないが、どこまでも深く吸い込まれてしまいそうだ。高さは五メートル程か。

 トウヤが人差し指を突っ込んでみようとするとその膜は見た目に反して硬く、ひんやりとしていた。


 それは『楔』。


 断章世界系において世界と世界を繋ぐ装置で、アステリカには三十三柱存在する謎の建造物である。なぜ、いつから、どうして在るのかは全く分かっていない。


 アステリカの貴族は一つの家系毎に一柱の『楔』を管理し、その内部を調査し危険を排する義務を負う。

 アステリカの三十三家の貴族は十一家系ごと、三つの派閥に分かれており、それぞれの派閥の代表となる貴族を『三首家(さんしゅけ)』という。

 現在三首家はストス家、ネクゾン家、アンダルシア家であり、この三首家の上に貴族を統括する王族が君臨する。


 貴族が三つの派閥に分かれている理由は権力の分散を狙ったためだけではなく、『楔』を管理するためでもある。


『楔』の内部は、時折とんでもなく内部の調査や危険因子の排除が困難な場合がある。この際まず三首家へと連絡が行く。そして三首家は内部調査が比較的容易な『楔』を担当する傘下の貴族やお抱えの冒険者に、その助力を融通させるのだ。

 それで調査や危険の排除が無理だと考えられた場合、傘下の貴族が一体となって対処する。そうしてなお、排除できない危険が存在する場合は、三首家と王族が協力して指揮をとり、アステリカの総力で迎え撃つ形になる。


 アステリカにおいて貴族の派閥とは、その内部で『楔』への対応を融通し管理し合うためのシステムなのである。


「準備はよろしいですか?」

「ああ、いつでもかまわない」


 しかし三首家の一角、それもストス家現家長の長女に当たるステラは、権力者が持つ鼻につくような尊大さも、いくつもの奸計を乗り越えた先に得る軽妙さも持ち合わせてはいなかった。

 これはステラの扱いがストス家で微妙な位置にある事の影響なのだが、それはひとまず置いておく。


「それにしても、俺一人のためにこの人数、すさまじいな」

「それだけ貴方が期待されているという事ですよ、トウヤ様」


 ステラの横に付き添っているエマが、微笑を浮かべながら答える。彼女は普段のような使用人の服ではなく、軽装ながら要所を皮でおおった簡素な鎧を身にまとっていた。日よけのためか、つばの浅い帽子をかぶっている。

 トウヤも今は似たような恰好で、違うのは腕以外の上半身のほとんどを革の鎧で覆っている事か。先ほど引き抜いたバンブルーシュは、布にまかれた状態で足元に置いてある。

 ステラはトウヤの部屋を訪ねた時のまま白を基調とした不思議な服を着ている。その手には、身の丈ほどの杖があった。


 そして、トウヤ達の周囲には十人程の騎士の姿があった。

 これは断章世界系に慣れていないトウヤのために、ストス家がつけた護衛である。勇者との会合までに、出来るだけレベルを上げて強くなってもらおうと、ストス家は可能な限りのバックアップをよこしたのだ。

 神威召喚を受けたとはいえ、断章世界系には時折、人外と言っていい強大な魔獣が現れる事もある。

 トウヤが万が一にも死なないよう、そしてステラが怪我をしないように今は部隊の半数程が斥候として転移先の断章世界の状況を確認に走っている。


 残りの騎士たちは連絡待ち騎士と、『楔』の近くにある詰所から様子を見に来た者たちだ。

 と、その中でもひときわ目を引くオレンジ色の髪をした長身の青年が、トウヤに向かってさわやかな笑みを浮かべた。


「神威召喚で喚ばれた方々は勇者というにふさわしいほど大成されますからね。トウヤ殿にも自分は期待していますよ!」

「そうか、せいぜい期待に応えられるよう善処するよレオン」


 トウヤは騎士の青年、レオンに不敵な笑みで返した。お互いに挨拶は既に済ませている。

 レオンの髪は癖っ毛なのかあちこちはねており、名前のとおりライオンのようだとトウヤは思った。その茶色の瞳には今は、好奇心が見え隠れしている。年齢は二十歳半ばほどに見えるが、この若さでストス家騎士団長の座につく実力者である。

 レオンを含む騎士たちはかなりの重装備で、各々が金属製の鎧に身を包んでいる。レオンの武器は両手剣のようだが、それ以外にもひと振り、腰に不釣り合いな武器を帯びていた。


「ところで先ほどから気になっていたのだが、それはまさか……」

「ああ、これですか!」


 レオンは腰にあったそれを、鞘から引き抜いた。

 顔が映るほどに洗練された白銀の刀身に、独特の波状の刃紋。刀身は五十センチ程か。両手剣に比べて薄く、反りのあるそれは斬る事に特化した武器である事が一目で分かる。

 しかしそれは紛れもなく――


「日本刀か?」

「正確にはこの刃渡りだと脇差しと呼ぶと聞いています」


 西洋甲冑を着たレオンが、さも当然と言った風に脇差しを持っているのだから不釣り合いにもほどがある。トウヤが突っ込んでしまったのも当然と言えた。


「いやぁ、そう言えばトウヤ殿は日本出身でしたね! どうですかこの脇差し。以前に召喚された日本人の方が製法を伝えてたくれたおかげで、アステリカでも流通しているのですよ。自分はこの独特の美しさに魅せられてしまって――」


 それから五分程、レオンから日本刀の素晴らしさについて語られ若干引き気味のトウヤに、周囲の人々は苦笑を禁じ得なかった。レオンの悪い癖の一つだったからだ。

 一方的な日本刀への賛辞に嫉妬でもしたのか、バンブルーシュからリゼが鼻で笑うような声を上げた。ただ、トウヤに構う余裕はなかったし、それ以外の面々にリゼの声は届かない。


「特にこの脇差しは刀だけでなくこの鞘の意匠も素晴らしく、手入れをする時などはついつい――」

「レオン様、お話の途中で失礼いたしますが、斥候部隊が帰っていらっしゃったようですよ?」

「む、そうか。いやいやつい熱くなってしまったな。それではトウヤ殿、初陣という事で心の準備も必要でしょうから、自分はこの辺で」

「ああ、面白い話をありがとう」


 トウヤはそう答えながらも、助け船を出してくれたエマに視線で感謝を伝えた。ついでとばかりに、レオンから聞きそびれた疑問をぶつけた。


「日本刀はメジャーな武器なのか?」

「いいえ。魔獣相手には扱いにくい事もあって広くは使用されておりません。ですが、素晴らしい切れ味を持っているため、二番目以降の武器として利用される方はそれなりに多いと聞きます」


 よく見ると、騎士団の面々の中にはレオン以外にも脇差しを帯びている者がいた。そして極めつけに太刀と脇差しの両方を装備した強者(つわもの)もおり、トウヤは西洋甲冑に二本差しとは、ここまでシュールな組み合わせもあるまい、と呆れと諦めのにじんだ笑みを浮かべた。


「ステラ様、トウヤ殿! 隣の断章世界の状況が確認できました! 早速向かいますが準備はよろしいですか?」

 「無論だ」

 「私も大丈夫です。よろしくお願いしますねレオンさん」


 レオンはステラに一礼した後、トウヤには笑みで答えて『楔』に歩を進めた。


 「これより断章世界探索および護衛の任務を開始する! 総員気を引き締めてかかるように!」

 「「「はっ!」」」


 レオンの宣言に応えて、騎士たちは各々の武器を垂直に構える事で略式の礼を行う。

 それを確認したレオンは『楔』のオーロラのような膜に手をつけた。


 途端、レオンの体は光の粒子となってその膜の向こうへ吸い込まれていった。トウヤは聞いていた事とはいえ驚愕する。

 それが収まるまでに次から次へと騎士たちが転移していき、すぐにトウヤの番になった。


「触れて『通りたい』と念じるだけでいいのだったか?」

「はい、それで隣の世界まで転移が出来ます」


 余談だが、『楔』は同時に複数で触れたとしても一人一人しか転移させないため、転移する際に隊列が崩れるという問題点がある。

 このため、一定数以上の部隊を展開する事が事実上困難で、大規模な戦争では侵攻するよりも待ち受けて防衛する側を利するようになっている。


(みんなで一度に行けるのなら、怖くなさそうなのにな)


 トウヤは防衛上の優秀さなど知らず、そんな事を心中でぼやいた。

 とはいえ、いつまでも立ち止まっていられるわけもなく、しぶしぶ手を『楔』の表面につけた。と、視界が光に包まれ一瞬の浮遊感ののち、目の前の光景は一変していた。


「これが……」


 転移先の断章世界は木のまばらな森のような場所だった。日本の森林と違って空気が乾燥気味で、下生えの草は歩く際に邪魔にならない程度には低く、少し茶色い。

 獣や鳥のようなものの鳴き声がたまに聞こえるが、トウヤがエマに聞いたところ全部魔獣だという事。というよりも、人間を害する事が出来る生物がランク1の魔獣に相当するらしく、断章世界系の生物はすべからく魔獣と考えて相違ないらしかった。


 探索は斥候部隊が先を確認し、レオンをそのあとに続く。残りの騎士の半分程をレオンが伴い、もう半分は左右背後の警戒に努めている。

 その陣の中央部、レオン達のやや後ろにトウヤ、続いてステラ、その後方にエマが控えている。


 先程から時折、人の頭ほどもあるネズミのような魔獣や羽の生えたトカゲみたいな魔獣が飛び出してくるが、レオン達騎士団が慣れた手つきで対応していく。

 倒し方にも定石(セオリー)があるようで、例えばネズミは高速の一撃で瞬殺する、あるいは一撃目で動きを止めてから二撃目でトドメを刺している。

 トウヤはその動きを参考にしながら、抜け目なく魔獣のステータスを確認していた。




 マッドラッド

 ランク1

 体力35/35

 魔力9/9

 攻撃16

 防御5

 魔攻4

 魔防2

 器用10

 敏捷25

 幸運15




 どうやら攻撃・敏捷特化型の魔獣だったようで、個体差はあるが大体この程度のステータスであった。スキルなども持っておらず、動きも単純で対応もしやすいと言える。日本にいた動物に例えるなら、小型のイノシシのようなものだろうか。


「マッドラッドように素早いものの硬くない魔獣には、脇差しがやはり有用な事が多く――」


 トウヤはレオンの脇差し自慢を聞き流しながら、そう判断した。


「ああ、分かったレオン。それで次マッドラッドが出たら俺が一対一でやってみても構わないだろうか?」

「もちろんです」


 レオンは嫌な顔一つせず、むしろトウヤの戦いが見れる事を喜ぶように快活に答えた。


「ただ念のため、多対一になりそうになったら自分が加勢してもかまいませんか?」

「ああ、あんたが隊長だ。そういう判断は任せるよ」

「分かりました!」


 軽い打ち合わせを終えた頃、斥候の一人が魔獣の接近を知らせる。

 するとすぐに、一匹のマッドラッドが草をかき分けながらこちらに襲いかかって来た。


(行くぞリゼ!)


 トウヤは心の中でリゼに言った。道中で強く心で念じれば彼に伝わる事は確認済みだ。


『ふん、好きにするがいい』


 にべもない愛剣の返答にもめげず、トウヤはバンブルーシュを肩に担いで走る。今は鞘がないために、こうする他なかったのだ。


 接近したマッドラッドはすぐに飛びかかってきたが、トウヤはその動きをよく見て直撃する前にスキル『限界突破(ブレイクスルー)』を発動。

 バンブルーシュを上段から、思いっきり振り下ろした。


 空を切る音と肉が砕ける音が響く。

 マッドラッドは死亡した。

 どころか、細かい肉片になって吹っ飛んで行き、トウヤの前方十メートルほど先の木に湿った音を立ててぶち当たった。

 粉々になった血肉は、木を趣味の悪い真紅に彩る。


「……加減が必要なようだ」


 トウヤは苦笑しながら、内心冷や汗をかきながらそうつぶやいた。


「さすがですね。マッドラッド相手とはいえ、自分でもああはなりません」


 レオンだけがそう寸評を加えた。

 他の面々は驚くやら呆れるやらで声も出ない。


 トウヤはバンブルーシュを担ぎ直すと、違和感を感じた。


(血がついてない)


 いくら高速で振り下ろしたとはいえ、全く血がついていないのはおかしい。首をかしげたトウヤの疑問にはリゼが答えた。


『当然だ。あんな汚らしいものいつまでもくっつけていられるか』

(どうやった……?)

『バンブルーシュのアビリティだ。『自動再生』というのがあっただろう。俺もお前も返り血はぬぐわなくても消えるし、多少の傷なら治る。無論、指が跳んだりした場合は保証しかねるがな』


 意外にもしっかりと教えてくれたリゼが明かしたのは、予想外に便利な機能だった。ただ、彼の口調からして単に自慢したかっただけのようだが。


 その様子にやれやれと肩をすくめたトウヤは、ふと不自然な音を聞いた。

 それは高速で何かが移動するような音でも、羽虫が羽ばたくような音でもあった。

 念のために周囲を見渡すが、周囲に魔獣の姿はない。


(気のせいなのかな?)


 そう思ったトウヤは近くのレオンに確認しようと、一歩踏み出した。




 瞬間、トウヤの背を何かが斬りつけた。




「何……!?」


 トウヤはその時偶然目にした。トウヤの返り血を浴びて浮かび上がった、マッドラッドより一回り大きい、両手が鎌状になった透明な何かを。




 クリアマンティス

 ランク5

 体力553/553

 魔力221/243

 攻撃403

 防御159

 魔攻86

 魔防155

 器用582

 敏捷591

 幸運219


 スキル


 ・中級風属性魔法

 ・透過

 ・飛行




(ランク5……!?)

「まずい、トウヤ殿!!」


 状況をいち早く察したレオンがすぐさまトウヤに駆け寄ろうとした。


「待て!」


 だが、それをトウヤは制する。


「! しかし……」

「この音からして、まだ一対一だろう? レオンはステラたちの護衛に集中してくれ」


 トウヤは肩に担いでいたバンブルーシュを正面、剣道で言うところの正眼に構えた。


「なに、策はある。この程度の危機(リミーゲゴ)、主人公は一人でも乗り越えるものだ」


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