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6. 単純と複雑は紙一重だ、後悔はしていない

 トウヤはステラと連れだって、ストス家の屋敷を出た。ストス家の使用人も女性が一人、ステラの護衛と世話を兼ねて同行しているが、一歩後ろを歩いており一言も話さない。話さないが、どういう訳だが時折、髪をまとめるために巻いた三角巾ごしに頭をなでては顔をしかめている。


 三人が目指すのは伝説の剣が突き刺さっているという王城の庭園。


 見上げれば、空には太陽の代わりに世界の欠片たちがさんさんと輝いている。カケラのない虚空は、不思議と漆黒ではなく遠くはぼやけ、近くはオーロラのように揺らいでいる。どうなっているのかは分からないが、この断章世界系にも朝と夜があるらしい。


 その空の下には、石造りと木造の家が半分ずつぐらいの割合で立ち並ぶ街があった。今トウヤが歩いている道は幅が広く、自動車がすれ違えるほどだ。石畳で舗装されており、若干傾斜がある。このアステリカは中心ほど高く出来ているため、王城の庭園を目指す彼らは自然、坂道を登る事になる。

 今は商店街のような場所を通っているのか、左右の店先には様々なものが売られていた。


 ただ、その内容もファンタジー一色では、決して、ない。


 ソフトクリームやラーメンなどの屋台があるかと思えば、ヘアアイロンや電子レンジなど、電化製品さえ取り扱う店があった。後者に至っては『ヒノマル家電』という、日本との関連性を匂わせる商会が流通させていたのだから、苦笑する他ない。


(現実と幻想がごちゃ混ぜだ。和洋折衷ならぬ現想折衷ってとこかな)


 トウヤは苦笑しながらもその風景を不思議に思う。科学を信じる事が当然の現代日本人としてはそう思ってしまうのも仕方ないと言えよう。何せ太陽が見えなくとも光が地上を満たし、空なくとも雨風が頬をなでるのだから。

 この世界は本当によく分からない。


「伝説の剣とは、どんなものなんだ?」

「元勇者様が使ったという剣の事です。勇者の資格ある者が振るえば斬れぬものはないと言われるほどの一振りだと聞いていますが、現在では王城の庭園に突き刺さったままになっています」

「何故、そんな事に?」

「それは……ええっと……エマ?」


 ステラは後ろに控えていた使用人、エマというらしい女性に助言を求めた。ステラの様子からすると、もしかしたら彼女は歴史にうといのかもしれない。


僭越(せんえつ)ながら補足させていただきますと、元勇者は魔王討伐後、魔族に要らぬ情を感じたがためにこの国に反意(ほんい)を持たれたと言われています。そして我らが王との決別の際、王城の前に愛剣を突き刺し「この剣を引き抜けぬ輩に、次なる勇者の資格なし」と叫んだとか。

 しかし誰が挑戦してもその剣が抜ける事はなく、連日長蛇の如く続く挑戦者達は見世物になり露店が集中。その後商人の利権と挑戦者の畏怖、王族の配慮などが絡み合った結果、その剣が突き刺さった場所は今、庭園として整備されています」


 すらすらと淡々と、感情を込めないような説明口調にトウヤは閉口し、虚勢を張って皮肉気に笑って質問した。


「……失礼だが、貴女は勇者に対して否定的で?」

「いいえ、史実を述べたまでです」

「歴史は所詮勝者の賛美歌だ。それよりも、貴女がどう思っているのかうかがってもいいだろうか?」


 随分と難解で辛辣なセリフだった。場合によっては相手の不興を買う傲慢な態度と取られ、最悪なら国への不敬になる可能性すらある。

 しかしエマは少々感心するように表情を固めて、ほんの一瞬、黙する。


(客観的情報ではなく私個人の意見を所望されるという事は、こちらが元勇者や王への心象を操作しようとしているか探っているのでしょうか?)


 つまりはエマがどういう考えを持っているかを聞く事によって、先ほどの発言の意味合いを計ろうとしているのではと彼女は勘ぐったのだ。


「いえ、個人的でしたらそうですね……私は一介の使用人に過ぎずまた知識にも乏しいのですが、元勇者様のご乱心には多少思うところもございます」


 結果、エマはお茶を濁すように元勇者を非難しつつ、逃げの一手を打つ。


(元勇者をあからさまに批判すればストス家の情報操作だと思われましょう。逆に元勇者を支持してしまうと、ストス家の意向に異を唱える事になる……今のが私の反応を見るための一言だとすると、なるほど、頭が回る方のようですね)


 トウヤの格好つけただけの皮肉に対して、ストス家の使用人でも白眉として知られるエマは、多大なる評価を下した。これは単に神威召喚でやってきたトウヤに対する偏見が大きく、トウヤの尊大で思わせぶりな態度が少しだけ、影響していた。


「そうか……有意義な意見をありがとう」

「……ありがとうございます」


 エマはトウヤのどうとでも取れる発言でもって、自らの推測が正しいと確信した。しかし当のトウヤには無論深い考えなどなく、単純にそれっぽく意味深につぶやいただけである。

 中二病による対応は、この世界において万能だとでも言うのか。あるいはありえない幸運や詐欺の才能によるのものなのか。

 トウヤの快進撃ならぬ怪進撃は続く。


「ところで、ステラはどう思うんだ?」

「私ですか?」


 エマはあまりに鋭い話題転換に歯噛みした。その流れにならないように、エマ自身が話題をそらし、ステラへ同じ質問が飛ばないよう配慮するべきだった。


(この場合ステラ様は個人的な意見ではなく立場的な解釈をおっしゃるでしょう。しかし、深く突っ込まれるとまずいやもしれません)


 この想定されるはずの状況を回避出来なかったのは、自分が動揺していたためだと彼女は思考の裏で反省する。そしてトウヤが当然のようにステラの様子をうかがっているのを見て、警戒を強めた。

 だが一方、ステラを必死で観察しているように見えるトウヤは、


(頑張って考えてる時のステラは、表情がコロコロ変わって可愛らしいなぁ)


 別の理由で必死だった。

 流石はトウヤ、流石だ。


「と……ととのい、ました?」

「……残念だが、それはちょっと違うぞステラ」


 若干ずれた言葉を発しながらも挙手したステラに、苦笑しながらトウヤは指摘した。


「あ、そうでしたか。すいませんでした」

「謝る程の事でもない。それで、考えはまとまったんだな?」

「あ、はい!」


 ステラは元気よくうなずくと、自分なりに考えを述べる。






「私は元勇者様の事を、今でも英雄だと思っています」






 その一言に驚いたのはトウヤではなくエマ。まさかステラが本心を吐露しようとしているのか、そしてその内容が立場的に問題のあるものなのではないか、と動揺を隠せずにいた。


「このアステリカには魔族という敵がいます。しかし魔族との戦争で私たちは一度も、たった一度も勝つ事が出来ませんでした。それを変えたのが召喚術で、喚ばれた異世界人たちです。中でもあの元勇者様は、魔族の王たる魔王を始めて討伐した紛う事ない英雄と言えるでしょう」

「……それでは、どうして俺を喚んだ?」

「神威召喚はとても名誉なことです。これを蹴る事は例え、ストス家であろうと不可能です。それに、仮に蹴ったとしても他の貴族に神託が下ります」

「なら、ステラは俺にどうして欲しい?」

「元勇者を殺して下さい」


 自分の中の迷いを吹っ切るように、ステラは再びそれを言いきった。


 現在、神威召喚を受けているのは二人。


 そしてトウヤが元勇者を殺せないと分かれば、元勇者より弱いと分かれば、同時にそれはトウヤの身の危険を意味する。

 トウヤとて、神威召喚を受けたのだ。役目を果たさないならその先どうなるか――皮肉にも、元勇者が証明している。


「……俺に人殺しになれと?」

「そうしなければ、トウヤさんは元の世界に帰れません」

「随分と勝手な話だ」


 ステラの力強い視線を受けたトウヤは、やれやれとでも言いたげに肩をすくめた。ゼリアスのように洗練されてはいないため、少々嫌味っぽくなってしまっている。


「それでも、私たちには勇者が必要なのです。私たちが生きるために」

「生きるために生きる事を『生きている』とは言わない。人間らしく、自分らしく生きる事に意味がある」

「言葉遊びですか?」

「俺の生き方さ」


 そこまで言ったあと、急にトウヤが笑い出した。キョトンとするステラと首をかしげるエマを尻目に、トウヤは目もとをぬぐってから続けた。


「あのな、ステラ。俺の事を心配してくれるのは助かるが、そんな方法じゃ俺は納得できないんだよ」

「そんな……気づいていらっしゃったのですか?」

「当然だ」


 ステラはトウヤが彼女の真意を理解していたのだと思って驚愕する。

 トウヤが元勇者を殺せなければどうなるか。元勇者の境遇と自分の立場を冷静に分析し、いつかは分からない不可避の未来を、まさかトウヤはすでに見抜いていたというのか。




(簡単に人殺しを選んでまで、今すぐ元の世界に帰りたいわけじゃないしね)




 全く見抜いていなかった。


「主人公というものは、提示された選択肢の前でどれが最善かを悩む存在ではない。そんな有象無象(わきやく)は何も選んでなどいないものだ。選択肢を他者に選ばされているだけなのだからな」

「それならば、貴方はどうするとおっしゃられるのですか?」


 思わず、普段ならば出過ぎたまねだと自重するエマが、そう問いかけていた。


「他の方法を探すまでだ。例えば元勇者がもう一度魔族の討伐に向かうようになれば、何の問題もないのだろう?」

「しかし、それではトウヤさんが帰れなくなってしまいます」

「なら、その方法も一緒に探せばいい」

「そんなの……無理ですよ」


 ステラの諦めたようなつぶやきを受けて、トウヤは皮肉気に笑う。


「俺は主人公(ゆうしゃ)なんだろ? だったらその程度の無理(リミーゲゴ)、やり通して見せよう」


 その眼前、庭園の中央。

 伝説の剣はもの言わず静かにたたずんでいた。


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