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5. 一度状況を整理してみる、後悔はしていない

 トウヤは柔らかなベッドの上で目を覚ました。目を覚ましたと言ってもまだ半分寝ているような状態なので、起き上がらずに右腕を目もとに当てて、朝日をさえぎる。

 アステリカに来てから、三日目の朝だった。今日までに種々の手続きや国王への謁見を済ませ、とりあえずひと段落したところだ。今はストス家にある客間に厄介になっている。


(俺の帰還条件は、確かに難しかったよゼリアス……)


 布団の中で怠惰なる二度寝の誘惑に勝ちつつ、トウヤは半身を起した。そして右拳を握り締める。それを見つめながら、本心が不明確なゼリアスを思い浮かべる。しかしこれは、ステラへ向かいそうになった嫌悪を、無理にねじ曲げようとした結果でもあった。

 トウヤの中でゼリアスは勝手に、某週刊少年雑誌の読み切りに頻出する『イケメンで完璧超人に見えるけれど実は悪い奴』という主人公に成敗される噛ませ犬ポジションに配されていたのだが、それを当人は全く知らない。


(アステリカを救った元勇者を殺せ、か)


 倒せ、ではなく殺せ、と。

 言葉を濁さず事実を飾らないステラのさっぱりとした言い草は、かえってトウヤを冷静にさせた。


(だからどうなるって話でもないんだけどな)


 召喚された日、ステラと話してトウヤは主に自分の召喚された理由と召喚術について詳しく聞いた。

 それらをまとめるとまず、トウヤが召喚された理由は言わずもがな、その元勇者を殺すためだった。この元勇者を殺さなければならない理由もまた奇特で、このアステリカを害した訳でもなく、ましてや魔王を倒して用済みになった訳でもない。


 魔王を倒した後、元勇者が何もしなくなったからである。


 なぜそれだけで殺すのかというと、一つはこの断章世界系にあるアステリカは少々特殊な事情を抱えているためで、もう一つは神威召喚という召喚術の特殊性が原因だ。


 断章世界系は、十日毎に構造を大きく変える。

 具体的には、断章世界系間の行き来は『楔』によって可能となるのだが、肝心の『楔』同士の接続は十日周期でリセットされる。つまり、全く別の世界とつながるようになってしまうのである。


 接続先の断章世界が変わるために、この世界系は大きな問題を抱えている。

 例えば、アステリカ以外の断章世界に人間を入植すると十日後に行き来が出来なくなる。そのために土地が著しく制限される。そして接続先でどのような物資が見つかるか不明なため物流が安定しない。接続先に魔族や高位の魔獣がいれば侵攻される危険性がある等々、挙げればキリがない。


 元勇者はごく潰しとまでは言わないが、余剰生産までは行おうとしないし、アステリカが魔族と戦おうと素知らぬ顔である。上記の理由でただでさえ水や食料の消費に頭を悩ませるアステリカの人間が不満に思っても仕方がない。


 そして、何より問題だったのは元勇者が神威召喚を受けた事だった。


 召喚術は離れた場所あるいは異世界から対象を召喚する魔法である。現在アステリカでは召喚術は貴族の特権として扱われ、貴族の権威づけに利用されつつも召喚術の乱用による社会の混乱を防いでいる。


 召喚術には人間が行う『人為召喚』と、神の力を借りて行う『神威召喚』がある。


 現在最も頻繁に行われているのは人為召喚で、元々は神威召喚を模倣した魔法である。

 異世界召喚だけでなく、キンザのように召喚獣を呼ぶのも人為召喚と呼ばれる。

 しかし現在でも神威召喚を完全に再現できず、神威召喚に劣る存在しか呼ぶ事が出来ない。


 人為召喚で喚ばれてアステリカで生活している異世界人はおよそ三百人程。

 労働力となるまでの育成が不要で、さらに異世界の知識まで持つ彼らはアステリカにとって半ば、拒否権のない派遣労働者のようなものである。


 彼らは各々が世界を渡る際にスキルを得ている。

 このスキルを得る理由はよく分かっていないが、帰還条件の難易度によってスキルの強さが変わる事だけは知られており、学者の間ではその理由を目下研究中である。


 一方、神威召喚は召喚対象と帰還条件を神が設定したうえで、神の力を借りて行われる。

 このため術者の技量や魔力量にかかわりなく、成功すれば決まった対象が決まった条件で喚ばれてくる。成功率が高く安定しており、召喚対象は人為召喚よりも強力なスキルを与えられる。

 そしてこの神威召喚は今まで一人だけ(・・・・)が呼ばれる慣例だった。神の都合なのか、一人召喚されるとその対象者が帰還するか死亡するまで、神威召喚は決して行われる事がなかった。

 また、元勇者はスキルの影響で不老に近い状態になっているらしく、魔族を滅ぼすという帰還条件を満たさない限りこの世界に居座り続ける。


 そのため、この世界にとって元勇者の存在は次代の神威召喚を止める栓のようなものになってしまっていたのだ。

 元勇者は魔王を倒した英雄である以上に、次世代の英雄を喚ぶ妨げとなる害悪ですらあった。何度か貴族の騎士団や我こそはという冒険者が元勇者へ挑んだが、そこは神威召喚で呼ばれた真正の強者である。全く歯が立たずにあしらわれてしまったらしい。


 現在では一部の貴族などは開き直って、訓練と称し定期的に元勇者へ騎士団を送り込みやられ続けている体たらくだった。

 ちなみにこの訓練の過程で元勇者の雄姿にほれ直し、騎士団の中に『元勇者ファンクラブ』なるものが結成された事は元勇者も貴族も知らない事実だが、そこは置いておく。

 大事なのはこのようなどうにもならない情勢の中、神からステラに神託が下った事だ。


 ――元勇者を殺すため、神威召喚をなせ


 そして召喚されたのが、トウヤだった。


(とんでもないなぁ……)


 トウヤは素直にそう思うと、ベッドから降りて洗面所に向かう。ものすごく不自然だが、石造りの洗面台の上の蛇口をひねって水を出した。手で水をすくい、顔を洗うトウヤ。眠気は吹き飛んだが、未だこの蛇口の存在に納得できず気分爽快とはいかない。


 どうなっているのかは分からないが、この世界は異世界人がかゆい所に手が届く程度に科学技術を伝えているため、変に元の世界と同じ部分があるのである。


 風呂の文化も普通にある(個人で持っているのは貴族ぐらいであるが、公衆浴場がある)上、貴族などの一部の家では太陽光発電すら行っている。ヨーロッパみたいな建築様式の屋根の上、太陽光発電パネルがやや誇らしげに青く輝いている姿は、シュール以外の何物でもなかった。

 トウヤが来る前にいわゆる『俺すげー ~内政編~』をやったバカが結構いたのだろう。


 トウヤはそんな釈然としないものを抱えながらも部屋に戻り、着替えを済ませる。何かこだわりがあるのか、来た時の学ラン姿である。鏡の前でトウヤが服装と頭髪の乱れの有無を確認し終えた時、丁度、部屋の扉がノックされた。


「トウヤさん、ステラです。入ってもいいですか?」

「ああ、構わない」


 トウヤは部屋の中を軽く見回してから、答えた。

 もっとも部屋の中には机と椅子、ベッドの他には本が満載された本棚と、トウヤが持ってきた登山リュック、衣装棚があるぐらいの簡素な部屋で、がらんとしていた。ステラに見られて困るものなどありようがなかった。

 トウヤは入って来たステラに椅子を勧め、自身はベッドに腰かけた。


 今日のステラは以前の礼服ではないが、不思議な服を着ていた。

 白を基調としたその服は(そで)(すそ)の端、小さなボタンや上着の合わせ目などが黒い。

 上着は腰のあたりまでは体にフィットしているが、それより下は広がっており太ももの半ばまでを隠している。胸ポケットの部分には蛇が杖に巻きついた意匠の記章がついていた。一方で下はゆったりとした柔らかそうなズボンだった。


「お部屋はどうですか? 暑かったり寒かったりしません?」

「問題ない。快適だ」

「必要なものがあったら、遠慮なく言ってくださいね」

「感謝する。それよりも今は、もっとこの断章世界系を知りたい」

「そうですか。何か分からない事ありました?」

「多すぎて何が分からないかが分からん」


 トウヤの答えに吹き出してしまうステラ。ただ、いきなり異世界に飛ばされればそんなものかと思い直して、失礼を詫びた。話をそらすため、ステラはここに来た主な目的である予定の確認をする事にした。


「トウヤさんの予定は当面、主に三つです」

「……一つは学園への入学か?」

「はい、けれどそれは一番最後ですね。まずこのアステリカに慣れていただいて、それから入学していただこうと思います」

「そうか。学園では何を習えるんだ?」

「このアステリカの常識や文化、世界学や召喚の歴史、あとは魔法なんかですね」


 魔法、という言葉にぴくりと反応するトウヤ。


(やった! 魔法を勉強できるんだ!!)


 後日、学園に入学してから色々な意味で無情な現実を知る事になるのだが、今のトウヤには知る由もない。


「そうか。俺も折角この世界に来たんだ。アステリカの歴史や文化には興味がある。魔法も俺の世界にはなかったので、ぜひ習得してみたいものだ」

「はい。どんどん勉強して下さい!」


 ステラは自分の世界の事を認めてもらえた事を嬉しく思って、勢い込んで答えた。その実、トウヤは魔法の習得を夢想して饒舌(じょうぜつ)になっただけなのだが。


「しかし、そう思うと俺の国の歴史や文化も伝えたくなってくるな」

「あの、トウヤさんは日本という国からいらっしゃったのですよね?」

「ああ、そうだが?」

「日本からはよく人が来るので、色々と伝わっていますよ? ストス家にも影響を受けた部分がいくつかあります」


 トウヤは先ほど使った蛇口やソーラーパネルを思い出してげんなりしたが、そんな気分はステラの次の一言で吹っ飛んだ。


「今も学園には何人か、日本から来た人も在籍しているはずです」

「それは本当か!?」


 トウヤは思わぬ驚愕と喜悦にステラに詰め寄り、両肩をつかんだ。

 ステラは若干恐怖を覚え、それ以上に恥ずかしく思いながらも首を縦に振った。2人の様子を天井裏などから観察していた使用人の一人などは、隠密観察の任務を忘れ、突然の蛮行に飛び出しそうになったが、仲間に叩き伏せられて気絶させられたりしていた。

 二人は知る由もない、尊い犠牲であった。


「アステリカに召喚される対象にはある程度法則のようなものがあります。世界の位相が近いとか、近しい姿や知性を持っているからだとか、同じ神の管轄なのだろうとか学者さんは言いますけれど。要するに召喚されやすい世界や地域があるんです」

「そうなのか」

「はい。私の知る限り、現在学園に在籍している日本の方は…………有名なところでヒスイ・ヒメカワさんと、タスキ・タカツキさんがいらっしゃるはずです」

「……知らない名前だ」


 トウヤは立ったまま顎に手を当てて思案気な表情でうなる。その実、特に何も考えていないのだが、決心するようにうなずくと、口を開く。トウヤにとっては大切な動作だったのだろう。

 あたかも、まだるっこしい慣例的作法を無節操に数カ国分取り入れたかのように、面倒くさい所作の男である。


「学園の事は大体把握した。それ以前の二つの予定について聞きたいのだが」

「はい……一番重要なのは、学園に入る前にある予定です」

「随分と心配そうだな。そこまでの内容なのか?」


 暗い顔をするステラの頭をトウヤは思わずなでた。ステラが椅子に座っている事もあって、未だ立ったままのトウヤとの位置関係が、小さな頃の妹のように思えてしまったための、反射的な行動だった。


(しまったぁぁああ!!)

(あわわわ!!)


 二人して声には出さず内心で焦っていたが。

 この時丁度、先ほど気絶させられた使用人は復活して二人の様子を見、飛びかからん勢いだったが、再び仲間に昏倒させられた。頭に出来た二つのたんこぶはさしずめ勲章といったところか。

 本当にご苦労様である。


「済まない。つい、妹にするようにしてしまった」

「あああ、あの、あの! 別に、大丈夫、大丈夫です! そうですかトウヤさんには妹さんがいたのですね!」

「ああ、そうだ。『居た』よ」


 トウヤの万感が混ざった寂しげな声に、ステラは冷水をぶっかけられた気分だった。だがステラは持ち前の他人を(おもんばか)り気遣う事に長けた性格で、すぐ冷静になって話そうとしていた話題に軌道修正する。

 ステラのこの性格は単純な優しさによるものではなく、道徳的社交的行為のいずれでもない。むしろステラの自信のなさと自らへの過小評価に根差すものだったのだが、今回ばかりはプラスに働いた。


「残り二つの予定のうち、一つは元勇者に一人で会いに行く事です」

「!!!」


 さしものトウヤも、余裕をなくし沈黙する。


「元勇者から要求があり、ストス家も必死で交渉しましたが拒否する事がどうしても出来なかったのです。騎士団の面々もどうにもならないと諦めたのか、彼女の言葉を伝えると歯噛みしながら「彼女の望みならば」とおっしゃられて……」


 ちなみにこの騎士団の決断の裏には、「俺たちの元勇者さんと一対一でお会いするだと……!?」という吐血すら伴い得る、男どもの愚か極まりない思考があったのだが、ストス家は全く気づいていない。


「いきなり目標達成か、それとも死か……というところか?」


 内心でトウヤは、人殺しなど出来るわけがないと焦った。


「失礼ながら私から言わせていただきますが、今のトウヤさんでは、彼女には勝てないと思います」

「ほう……それだけの能力があるのか、その女は」

「戦ってみれば分かります。元勇者との交渉で、トウヤさんに彼女の能力を教える事を止められていますので、詳しくは言えません。ただ、ストス家は交渉の末、私たちが約束を守る限り、貴方を生きて帰すという条件を引き出しました」

「そうか。……それならば、今回は小手調べと言ったところだな」


 トウヤは納得したように笑うと、ようやくベッドに腰かけ直した。そのまま数秒、思考の海に沈んでいたようだが、不意に顔をあげた。


「それで、もう一つの予定はなんだ?」

「はい。あの、今日お暇ですか?」

「ああ、特に予定はない」

「それなら、」


 と、ステラはさも散歩にでも誘うかのように、気軽に提案した。


「伝説の剣を引き抜きに行ってみませんか?」


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