17. 何が起こった、後悔どころか理解が出来ない
お久しぶりの方お久しぶりです。
かなり間が空きましたが更新いたしました。15話と16話の間に投稿できていなかった内容があったため、追加で15.5として投稿しました。まだの方はそちらから読まれることを推奨します。
またよろしくお願いいたします。
20190502 風木守人
トウヤはひとしきり泣いてから、なんとはなしに両の手を眺めた。
そして、周囲に視線を移す。
二人の戦った痕が残る砂漠、いびつな空と乾いた風。
その中にはキティの生み出したものだけがなかった。
百余の剣も、巨大な岩塊も――血も。
まるでキティなど初めからいなかったかのように。
後に残ったのはトウヤと、無味乾燥な不毛の大地。砂混じりの風といびつな空。
音もなく色も単調で、静かで殺風景な空間の中に、トウヤは一人だった。
その背後で、とん、と音がした。
乾いた地面にボールが落ちたような、小鳥が木の枝に止まったような。
乾いていて、そしてにぶい音。
「おめでとう」
続いた声はくぐもっていた。女性だという事だけは分かる。トウヤは振り返った。
「これで君は元の世界に帰れるんだ! やりぃ!! よかったね!」
再び女性の声。しかし、先ほどよりもいくらか無邪気で音が高く、幼い気がする。
「お嬢様、その割には全く嬉しそうに見えませんが?」
最後の声は男だ。若干砂がこすれたような音の混じる、低く落ち着いた声音は、喉のかすれた初老の男性を思わせる。
その三人は砂漠の上、膝をついたトウヤを見降ろす形で屹立している。顔はぼろぼろのフードで隠されていて、見えない。ただし二番目に発言した女性が著しく身長が低いので、やはり子供なのだろうとトウヤは頭の片隅で思った。
実際にはそれ以外の二人の背が比較的高いという事もあるのだが。
「お前たちは……なんだ?」
トウヤはそう問いかけた。誰だではなく、なんだ、と。
これは警戒した訳でも時間稼ぎでもない。そもそも、もはやスキルがほとんど使えないトウヤには戦うための能力がないし、それ以上にキティの死に接して精神的に不安定になっているのだから戦う気力もなかった。
だからその問いは、単純に彼女たちに恐怖したから発せられたものだった。なぜなら、ぼろをまとったその姿は、死神のようにも見えたのだから。
「ボクらの事なんかより、君はどうするの!?」
身長の低い少女が、トウヤに問うた。好奇心が言葉の端々ににじみ出ている。
「元勇者は死んで君の目標は達成された!! 元の世界に帰れる! 良かったね! 他にもまだ神様が君に教えていない特典もあるし、言う事なしだよ!!」
「お嬢様、僭越ながら人の死を喜ぶなど少々不謹慎が過ぎますぞ?」
「はーい。……たっくもー」
少女は気分を害してしまったらしく、平たく言えば拗ねたようで、その後初老の男性が質問を続けた。
「貴方はこの結末に満足ですかな?」
「……どういう意味だ?」
「簡単な事です。帰還条件を達成し、貴方は元の世界に帰る事が出来ます」
トウヤはその時気づくべきだった。その質問の意味は帰還条件を満たして帰るかどうと言う問いかけではなく、帰還条件を満たしたにも関わらず、未だこの世界にとどまっているという矛盾を喚起するものでもあり得た事に。
「元勇者を殺し、」
「この世界の英雄を殺し、」
「一人の人間が持つ未来を殺し、」
「――貴方は満足ですかな?」
「ッ!!?」
トウヤの胸にぐさりと、刃物のように突き刺さる言葉。
「そんな訳が、ないだろう……!」
吐血するように吐き出された、苦しげなトウヤの声は、かすかに震えてすらいた。悪意に満ちた声に立ち向かう事よりも、厳然たる事実を突きつけられる事の方が、今のトウヤにはつらかった。
なぜなら目の前にいる相手は、論客でも明確な敵でもなく、単なる問いを発したに過ぎず、必然トウヤは自己の内部で問題に直面しなければならないのだから。
「なら、貴方はどうするので?」
その問いかけはトウヤがずっと己に向けたもので、その残響のようで。
トウヤの琴線に、触れる。
妹も女騎士もトウヤのために死に――そうではないとも言えるが少なくともトウヤはそう思っていて――だからこそトウヤは真摯に向き合わなければならなかった。
罪悪感や虚無感、寂寥感や後悔孤独。
ではなく、これからどうすべきなのかと言う問いに。
――約束してくれ
――お前がこの世界を救うと
いつかの声が、脳内をかすめる。
それは擦り切れたテープのようにノイズ混じりでありながら鮮烈で鮮明で明確で、不確かだった。
「俺がどうするか、か」
トウヤは先ほどまでの意気消沈とした様子からは一変、初老の男性をキッとにらみつけ尊大に宣言した。
「決まっている! 彼女の最期の言葉を叶えるため、この世界ぐらい救って見せる!! この俺がっ!!」
言下、トウヤの体を強力な衝撃が襲った。外的な衝撃や攻撃の類ではない。
「がっ!!」
「おっしぁあ! 縛るよー!」
それは内的なものだった。左手を中心に焼けつくように体の内側が熱い。灼熱する。
体の内部を熱く脈動する何かが根のように侵食し侵略し、まるで無数の蛇に内側から食い荒らされているようだ。
痛みに耐えかねたトウヤは転げまわった。全身は泥にまみれ、顔は脂汗がにじんでいる。
「あれー? 君もしかして魔術への耐性が異常に低いのかな。うん? 存在の可能性に干渉しているとはいえ、そんなに苦痛があるようなものじゃないはずなんだけどなっ?」
「お前の……仕業かっ……!!?」
「すぐ終わるからね!」
少女はトウヤの左手を取ると、その甲に額を当てた。
「このルフナ・レイトバックが刻み、汝の理を律する。一つ、この世界を救うために生きる事。其が金科玉条、汝が持つ身命精魂で以て遵守し実行せしめよ。其が名、其が理を奥津城が底まで刻みつけん――」
刹那、トウヤの左腕の痛みが極大に膨れ上がった。
灼熱する左腕の痛覚は容赦なく、トウヤを苦しめ意識を奪い去ろうとしたが、それは一瞬の事で、息を荒げたトウヤのおぼろげな視界には、ルフナと名乗った少女の姿が映る。
「ようこそトウヤ。ボクたちの断章世界系へ。そして、一緒に抗おう、この矛盾と悲しみに満ちた世界の成り立ちと。ボクたちは君を歓迎するよっ!」
「なにを、ふざけている……!!」
激痛に苦しみながらもトウヤは立ち上がる。
彼女の語る言葉は唐突である。特にトウヤに向けられてすらいない独り言など、意味がわからないし反抗する能力もなければ手段も思いつかないが、トウヤはバンブルーシュを構えた。
何が起こったのかは分からないが、どうにもこの三人の思惑によって自分が翻弄されている事だけをトウヤは理解している。ならば、主人公であるはずの彼自身が取るべき行動は、ただ一つ。
この状況に抗う事だ。
しかし、その剣刃にルフナがさらされる事はなかった。
二人の間に長身の女性が割って入ったのだ。
「まあまあ、ここは私の顔を立てて双方武器を納めてくれないか?」
見れば、女の背後でルフナも何やら警戒体制のようで、彼女の周囲に輝く球体が無数に浮かんでいる。だが、トウヤはそれを無視してなお、女に剣先をさらした。
「ふざけるな! お前の顔など知った事か!」
トウヤはそう言い放つと容赦なくバンブルーシュを振りぬいた。
ただ、それは急に現われて要求を押しつけた事に対する怒りによるもので、所詮は牽制だ。したがって、その結果は微動だにしなかった女性の外套を斬り裂いたに過ぎない。
しかし、その顔を見たトウヤはあまりの驚愕に目を見開いた。
「ひどいなとーや、私の顔を忘れてしまったのか?」
はらり、と斬られた外套から現れた姿は、その底抜けに白いワンピースと不敵でありながら心の底からうれしそうな笑みを見せるその顔は――
「キティ……?」
他でもない元勇者その人だった。




