閑話 エマの報告
「……以上が召喚されて以降のトウヤ・オボロガサキの動向です」
「流石は神威召喚、と言ったところか」
部屋の中は薄暗い。
電気の光を嫌っているのか、この部屋には電灯などはない。銀色の燭台の上、ろうそくがおぼろげな光を揺らしている。
部屋にいるのは二人。
一人は白地に赤い刺繍が施された三角巾がトレードマークのエマ。今は冷静で理性的な彼女らしくもない、憂鬱そうな表情を浮かべている。
いま一人は白髪に白いひげを蓄えた老人で、臙脂色の装いは高級そうでありながら、鼻につかない落ち着いた印象を見る者に与える。器量がいい訳でも、体格に恵まれている訳でもないが、老人からは厳格でどっしりとした名状しがたい存在感を感じる。
それもそのはず。彼こそは、ストス家現当主、アドラー・ストスである。
「君は彼をどう思うね?」
「何とも扱いづらいというか、捉えどころがないというか……人柄を見極めにくい方のように思われます。言動と実力にもどこかちぐはぐな部分がありながら、結局何もかもこなしてしまわれますし、今は何とも」
「確かに私が会った時にもそう感じたな。まだまだ青く、耳触りがいい理想論を振りかざす半面、妙に偏った見識を時折見せる。一方で実地的な経験と研鑽を積んでいるようにも見え、研究者のように中途半端に平和ボケしている」
「実際、そこにありますようにスキルは異常というほかない程の特化型です」
老人は一つうなずくと、資料に目を向けた。
「『限界突破』、か」
「アドラー様はどう思われますか? このスキル、私には少なくとも今の二強に届くようには思えないのですが」
エマの問いにアドラーは含んだものがある笑みを浮かべた。
「ヒスイ・ヒメカワとタスキ・タカツキかね?」
「はい」
「ヒスイ・ヒメカワの方はやり方次第だろう。長引けば長引くほど不利だろうが、短期的な勝負ならば五分まで持って行けよう。何より、彼女のスキルの使い方は一対一に特化しすぎている節がある。戦場に出て敵将を打ち取る能力はあれど、千軍万馬を相手取る事は出来ない。要は使いどころだ」
「確かに……」
エマにそう答える一方で、ため息まじりの投げやりな調子でアドラーは続ける。
「一方でタスキ・タカツキに勝つのは無理だろう。そもそも、あのような無茶苦茶なスキル、私も他に知らん」
「はい。私も噂には聞いています。『例外中の例外スキル』『不可能を可能にするスキル』『物理法則を足蹴にするスキル』『世界を創りかえるスキル』だとかいう揶揄混じりの風評ばかりですが……」
「一見複雑に見えるが、彼のスキルは我々の断章世界系にはない概念を持ったものらしい。ニホンに住まう者が相手ならば、一言で説明出来得るようなスキルなんだそうだ」
アドラーは理知的に現実を述べた後、若干声のトーンを落として愚痴るように続ける。
「致命傷を一瞬で直す不条理な治癒能力、殴った相手を数百メートルふっ飛ばすような理不尽な攻撃能力、残像すら見えるほどの不可解な回避性能……挙げればキリがないが、アレの相手は色々と諦めたよ」
ちなみに、散々な言われようだがこのスキルを用いても元勇者には勝てないという事実に、アドラーは頭を抱えたくなった。
そもそも、タスキが持つスキルは絶対に相手を殺さないように戦う事が出来る、以上に、タスキは性善説の信奉者で不殺生主義だ。
そのため、タスキが能動的に勇者を殺す事は絶対にあり得ない。
それら諸々(もろもろ)の事情が渦巻くアドラーの心中を察してか、エマは別の話を持ち出した。
「ただ、トウヤ様の『限界突破』は『毎秒魔力を2消費して、攻撃・防御・敏捷・器用を百倍にする』という風な、単純なものでもないのかもしれません」
「……どういう事だ?」
エマの発言に対して、アドラーは厳かに問いかける。
「というのも、彼のレベルが異常な速度で上がっているのを私は不思議に思うのです。五日の間断章世界系で探索しただけで、現在レベルが22まで上がっています。
はっきり言って異常と言えるでしょうね。その域に達するには常人ならば二年近い歳月がかかるはずですから。イレギュラーが重なり高ランク魔獣を相手にしたとはいえ、ありえない成長速度です。
お渡しした資料の末尾に記載しましたが、この事から『限界突破』というスキルは二面性を持つスキルではないかと考えられます」
アドラーは無言でページを繰ると、その内容に関心を示した。
「常時発動スキルと選択発動スキルの複合型という事か。非常に珍しい」
「はい」
エマの表情が少し陰った。まるで小さな雲が太陽を遮るように。だが、ほんの一瞬目をつむると彼女はいつも通り微笑を浮かべた。伏し目がちな目は今、アドラーを見据えている。
「常時発動しているのはおそらく、経験値に関して干渉する効果でしょう。成長速度から類推するに、おそらく百倍近い速度でトウヤ様は成長しています。逆に、戦闘中に一度でも『限界突破』が使用されると、経験値は棄却され、その代りに身体能力が著しく向上します」
「……どう見るべきだと思う?」
アドラーは試すように、エマの瞳を見つめた。
「……身体能力が向上したが故に経験値が入らないのか、それともスキル自体の機能として経験値の棄却が含まれているのか、という事でしょうか」
エマの的確な確認に、アドラーは首肯した。
「おそらく前者であると思われます。ランク7以上なら――上級魔獣ならば、あるいは……」
「そうだとしても、確認しようがない。上級魔獣が来ることを望むという事は、すなわちこの都市全体の衰退を望むようなものだ。皮算用に過ぎんな。ネクゾン家の無欲者に頼る訳にもいくまい。」
「はい、私もそのように思っています」
アドラーは少々黙考する様子で、顎を一なですると一瞬だけ視線をさまよわせた。
「アステリカ外の断章世界系で、ここ五日間トウヤ・オボロガサキの動向はどうだった?」
「お手元の資料通りです。特筆すべき点はその学習能力の速さと、最終日のフルウルフ撃退でありましょう」
アドラーはページをめくって文章を再読した。
「序盤は手順だけを知る素人のようで、中盤から一気に行軍に慣れ始め、最終的には中級冒険者程度の警戒・探索能力と対応力を得たと?」
「はい。先述の通り、経験値に現れない部分ですら高速で学習しているようにも見えます。また、フルウルフの一件でそれは確定的になりました」
「これは……本当か?」
流石のアドラーが一瞬、言葉を選んだ。
疑念ではなく驚愕のために。
「はい。フルウルフの奇襲に遭った際、トウヤ様は一匹目と二匹目までは『限界突破』を用いて倒されました。しかし、そこで魔力切れが起きてしまったため――」
エマは静かに息を吸い、アドラーは無意識につばを飲み込んだ。
「――スキルなしでフルウルフと対峙。見事これを撃破されました」
それが意味するところに、アドラーは眉をひそめた。
異世界人は当然ながらこの世界の常識を知らず、同時に魔獣への対応の仕方を知らない。
例えば、フルウルフは影をまとった頑健な防御と、影を用いた四方八方から延びる鞭のような攻撃によって恐れられている。鉄壁の防御と闇魔法による隠密性、三次元的かつ中距離戦まで対応し得る攻撃性能、群れを用いる合理的習性。
これらこそが、フルウルフの強者たる理由である。
また、俗に『訳アリランク6』という、本来ランク6に相当しない、上級魔獣級の能力を誇る中級魔獣であり、アステリカに住む者なら迷わず撤退を考える相手でもある。
魔獣のランクは旧時代的なものによって定められている部分があり、その背景には旧来の慣習的貴族の思想が確かに存在する。そのためランクの一部、特にランク6には数字の上で過小評価が下されている魔獣が多々存在する。
ただ、この理由を説明するためには神威召喚以前の風潮や主義について説明しなければならないため、今は置いておく。
重要なのは、そんな魔獣をトウヤがスキルなしに撃破してしまった事である。
「もしもの時は迅速に対応してくれ」
「心得ております」
優秀な召使いは主の勘案を理解し、答えた。
ろうそくの明かりは時折揺らめきながらも陰鬱に、エマの表情を照らしている。
ここまでの内容を一部修正しました。以下修正内容です。
・経験値の値を獲得値から百分率に修正。
・推敲時に紛れ込んだと思われる意味不明な文章を削除。
・一部誤字脱字や、表記の不統一を修正。
・分かりにくい表現を修正。
20130403 風木守人




