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11. だが囲まれる、後悔はしていない

 初日とは別の断章世界を探索中、トウヤの魔力が尽きてしまったためにアステリカに繋がる『楔』を目指す道中での事。

 突如として魔獣が群れで襲撃をかけてきた。




 イヌヌイ

 ランク3

 体力864/864

 魔力322/356

 攻撃201

 防御105

 魔攻162

 魔防97

 器用184

 敏捷226

 幸運194


 スキル


 ・初級闇属性魔法

 ・影操(えいそう)


 フラグメント


 ・幼生




 前日同様、同行していた騎士団長レオンはその姿を見た瞬間叫んだ。


「イヌヌイだ! 数に惑わされず周囲を警戒しろ! 成体の有無を最優先で確認してくれ!!」


 イヌヌイ。

 名前の通り大型犬のような姿形をした魔獣である。腹部や腕の半ば部分以外が漆黒の長い毛に覆われている。毛のない部分は茶色い表皮のようなものが見えていて、一見すると二色の体毛を持っているようにも見える。


 だが、これは誤りである。

 彼らの体毛は茶色い(・・・)


 では黒い部分が何なのか、という事を考える時アステリカの先人達はイヌヌイの足元の異常に気づいた。

 イヌヌイには、影がなかったのである。

 彼らは狩りの際、自らの影を触媒に闇魔法で体毛の上に影の装甲を(よろ)う。イヌヌイの体が二色に見えるのは、彼らの魔法が未熟で全身に影をまとう事が出来ないからなのだった。


「レオン隊長! 成体はいないようです!! 数は確認出来るだけで十二体! うち、幼生がほとんどですが二、三体の亜成体がいます!!」

「分かった。俺は一旦『楔』への道を切り開こう。済まないが他の騎士と一緒に少しの間、殿(しんがり)を任せられるか?」

「はっ! 必ずや持ちこたえて見せます!!」


 殿(しんがり)

 撤退戦において最も名誉ある役割――同時に、最も剣先弾幕にさらされる危険な役割である。殿はある騎士にとっては死刑宣告に近く、ある騎士にとっては信頼の証に等しい。

 幸いにも、命を受けた騎士は後者として受け取る古風な趣向を持っていた。


(レオン隊長が私に任せてくれた! 頑張らなきゃ!!)


 当人はレオンの事しか考えていなかったが。


 この撤退戦においてレオンはまず突破口を開くため単身前方に現れたイヌヌイに挑んだ。両手剣が赤熱し、火の粉が頬をかすめる。


 一閃。


 イヌヌイの急所である腹部を切り上げた。

 赤い血潮が剣刃に触れ、蒸発する。


「来い!! 魔獣ども!!」


 レオンの挑発に乗ったかのように、斬り殺したイヌヌイの左右が、後ろ脚のばねを最大限に生かして飛びかかって来た。

 だがその程度でやられるのならば、レオンは騎士団長になどなってはいない。


 レオンは冷静に右側のイヌヌイの顔に両手剣を薙いだ。

 ばき、と乾いた木が折れるような音と同時、何か(・・)をぶちまけたような粘着質な音が一瞬、耳にこびりつく。

 しかしレオンは止まらない。


 がら空きになった左から残りのイヌヌイが噛みついてきたが、大胆にもイヌヌイの顎にひじ打ちを入れて軌道をそらす。

 ひるんだ相手にすかさずレオンは両手剣を振り下ろしたが、これは惜しいところで後ろに跳んでかわされた。

 と、イヌヌイの体にへばりついていた影が球体をかたどって浮かぶ。


「っち!!」


 レオンは咄嗟に横へ跳ぶ。

 直後、先程までいた地面にイヌヌイの影の球が着弾、轟音と土煙りを上げて、地面が十センチ近く円形に陥没した。


 通称影球(かげだま)


 圧縮された弾丸のような影は、着弾した対象をえぐり取るように巻きこんで爆発する。

 さしものレオンも直撃すればただでは済まない一撃だった。


 だが、この技には致命的な弱点があった。

 影の装甲を集めて放つため連射が出来ず、何より放った後のイヌヌイは装甲がなくなり防御力が著しく低下するのだ。


 レオンは難なく影球を放ったイヌヌイを斬り裂いた。




 まさしく獅子奮迅の活躍を見せるレオンの後方では、しんがりを任された騎士を筆頭に騎士団の面々がトウヤとステラをかばいながら徐々に後退していた。

 彼らの連携と器用なまでの剣さばきには目を見はるものがある。しかし、数で上回れているため、徐々に手傷を負いつつある。


 「私も支援をしてきます。ステラ様、お手数ですが」

 「ええ、十秒ほどお願いします。魔法でひるませます」


 エマは主人たるステラと、ただしくあうんの呼吸を披露して前線に赴いた。その手にはクナイやら手裏剣やらが握られていて、トウヤは心の中で盛大なため息をついていた。


(さて……僕らも行こうかリゼ)

『ふ、足手まといは引っ込んでいるがいい。魔力が尽きてスキルの使えないお前など、足手まといでしかないだろう』

(とは言うものの、僕には伝説の剣がある)

『他人任せか!!』


 文句を言うリゼことバンブルーシュを肩に担いで、トウヤは騎士団の面々に向け、戦場を駆け抜ける。


(基本的な動きは名前通り犬と変わらない。ただ、影の攻撃だけには注意しないと速度射程もかなりあるはず)


 判断すると早いトウヤは最も劣勢と思われる、大きめのイヌヌイ二体を相手にしていた騎士に加勢する。


(クリアマンティスのお陰か……もう僕は恐怖(リミーゲゴ)を感じない!!)


 横からバンブルーシュを振りぬく。イヌヌイは耳と目の両方で知覚していたその一撃を難なくかわす。

 突然の加勢に動揺したのはイヌヌイではなく騎士の方だ。自らが必死で守ろうとしている者がいきなり前線に現れたのだから、それも仕方ないと言える。


「お下がりを! 私たちが食い止めます!!」

「残念ながら、言葉じゃ俺は動かない。止めたいなら俺以上の意志でもって俺を叩き潰せ。もっとも、今そんな余裕はないだろうがな!」

「……無理はなさらないでください」


 騎士は歯噛みしつつもそう答える。口論している余裕などないのだ。そして騎士は――彼女は他でもないレオンから殿を任された騎士であり、まだ若い女性ながら確かな経験に基づく判断力と、たぐいまれなる責任感を合わせ持つ人物だった。

 今はその戦闘経験からの判断で説得をあきらめ剣を振るっている。しかし、頭の中では不安が渦を巻いていた。


(よりによって亜成体よそいつは!!)


 イヌヌイはランク3の魔物である。

 だがフラグメント『幼生』持ちの魔物でもあった。

 そのフラグメントを持った魔物は段階的に成長する。他の魔物も成長はするのだが、大抵はその速度が速かったり巣に隠れていたりして、幼生にはめったに出会わない。

 だがイヌヌイは違う。完全に大人になる前に狩りに出、戦いながら成長する種であった。

 そういう魔物に対しては日本で言うところの出世魚のような判定が取られ、幼生と生体によって名前が変わる(亜成体というのは幼生と成体の間の事を指すが、ランクや名称は幼生として扱われる)。

 イヌヌイはその典型的な例で、成長する事で強くなる種だった。

 トウヤの相手になった亜成体は、実際にはランク5に近い実力をもっていると言っていい。


 しかし、対するトウヤはレベル1。

 今の状態ではまともにバンブルーシュは振れず、頼みのスキルも発動できない。


(今回ばかりは無茶だ。今の小僧では勝てない)


 リゼは冷静にそう判断した。だが、口には出さない。トウヤを信頼したからではなく、彼は限界を知るべきだと思ったからである。


(何でも出来ると言う気概は良し。だが、その理想が折れた時、くじけずに現実を受け止める事が出来る者をこそ、勇者というのだ、小僧よ)


 リゼはトウヤの事を認めてなどいない。だが、逐一彼の考えを分析し、目の前の状況がどう影響するかを分析する程度には興味を持っている。

 当人は暇つぶしのつもりであるが、実際はどうであるのかは依然、誰にも分からなかった。


(リゼ、一つ聞きたいんだが、バンブルーシュの破壊不可のアビリティはどれくらい強力なんだ?)

『はっ、何を言うかと思えばそんなものは杞憂! 下らん心配だが答えてやろう。いいか、破壊不可というアビリティを持った武器はまず何をやっても壊れん。マグマに落とそうが魔法をたたっ斬ろうが何百トンの圧力をかけようが、だ。唯一の弱点は『武器殺し』のアビリティだが、そんなものを持つ武器も稀だ』

(じゃあ、武器殺しのアビリティ以外じゃ壊れないんだな?)

『くどいぞ! ……まあ、昨今は武器殺しを模倣した魔法も開発されたが、あれは詠唱が長く効果範囲も狭いので実践では使えん。せいぜい奪った武器を壊すのが関の山だ。そして、万が一欠けたとしても、自動再生のアビリティで元に戻る。折れない限りはな』

(なるほど……さすがは主人公の剣だな)

『だが、バンブルーシュが破損した時、自動再生のアビリティは持ち主に回す余力がなくなり、貴様には無効になるだろう』

(肝に銘じておこう)


 肩をすくめたトウヤに、リゼは疑問符を浮かべる。


(一体、何をするつもりなんだ?)


 (いぶか)るリゼの目の前で、トウヤは不思議な構えを取った。


(半身になって影球が当たり得る面積を減らした……? いや、それだけにしては何やら不自然な構えだ)


 リゼがそう評した構えは、決して戦闘のためのものではない。


「来い!」


 トウヤはイヌヌイに対して左足を前にし、半身になって脇を締め、剣を地面と垂直に立てる。切っ先は緩い円運動を行いつつ、筋肉を弛緩させて居合抜きの如く来る一撃のために力を溜める。


 ――こう表現するとトウヤが独自の構えをしているようにも思えるが、それは間違いだ。


「バウゥゥッ!!」


 亜成体のイヌヌイは、トウヤの構えを見て警戒。距離を取りつつもじりじりとトウヤを中心とした円を描いて移動している。

 だが、その緊張は奇しくも、トウヤが望んだとおり影球によって切り裂かれた。


 太陽の黒点、あるいは宇宙の虚無のように暗く不確かな影が球体を取ってトウヤへと迫る――




 ――明らかに野球の打者的構え、それも振り子打法を実践したトウヤへ。




「ほー、むッ!」


 トウヤは若干横に移動したあと、前にした左足、すり足のように使っていたそれを一瞬浮かせ、全身の力でもって剣を振りぬいた。


「ランッ!!」


 ガッ、と黒い球は来た時と同じぐらいの速度で、イヌヌイに直撃。亜成体は鎧のない状態で自分の影球を受けて爆散した。

 ホームランと言った割に、実態はピッチャー返しである。


(なあ、リゼ)

『……なんだ?』


 唖然とするリゼに、トウヤはこう言ったという。


(ホームランって冷静に考えるとさ、なんか家自身が走ってるみたいで遊牧民っぽくない?)

『知るかっ!!』




 ――そして。

 この時初めて、トウヤのレベルは上がった。




 朧ヶ埼刀夜

 レベル3(11%)

 体力110/119

 魔力0/14

 攻撃23

 防御15

 魔攻8

 魔防5

 器用13

 敏捷16

 幸運23


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