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9. 初めてまともな戦闘になった、後悔はしていない

 トウヤは周囲を縦横に飛び翔ける羽音を聞きながらも、余裕の笑みを崩しはしない。


(あああ、怖い怖い怖い……!!)


 内心はひた隠しにし、自らが思い描く主人公像に近づこうと、トウヤは勇気を振り絞る。

 冷静になろうと、自分のステータスを確認するも、魔力が丁度半分の5しか残っていなかった。


限界突破(ブレイクスルー)』は発動時に魔力を消費しない代わりに、使用し続ける時間に比例して魔力が減っていくスキルだ。

 トウヤは、一秒間に魔力が2程減少すると考えている。

 つまり、トウヤが『限界突破(ブレイクスルー)』を使える時間は、残り二・五秒程という訳だ。


(大丈夫。さっきの怪我ももうバンブルーシュのおかげで治りかけてる、大丈夫だ。ここで俺は恐怖を克服するんだ。そうすれば、これから先がずっと楽になるはず!)


 トウヤはバンブルーシュを握る力を強めた。

 この断章世界に来る前から分かっていた事ではあるのだが、現在のトウヤにバンブルーシュを満足に扱う事は出来ない。

 思い切り振りおろせば体勢が崩れ、横向けに薙げばたたらを踏む。

 そんな状態だ。


 バンブルーシュを『限界突破(ブレイクスルー)』なしで振るというなら、まともに攻撃できるのは一撃目だけ。それも相当に足の遅い相手でもない限り、当たりはしないだろう。

 となれば、素早いクリアマンティスを倒すには必然、『限界突破(ブレイクスルー)』の二・五秒の間に勝負を決めるしかない。

 こんな不十分な練度で探索に出た事を後悔したくもなるが、バンブルーシュをまともに扱うための手っ取り早い方法が、レベルを上げる事なのだから仕方がない。

 レベルを上げるには、魔獣を倒すのが一般的なのだから。


 トウヤは不気味な羽音を聞きながら、腹をくくった。


(策はある。問題は、相手の位置が全く分からない事!)


 トウヤの強い意志と、恐怖を乗り越えようとする決意を感じ、リゼはひそかに鼻を鳴らしていた。


(小僧のくせに、生意気な真似(まね)を)


 その酷評の中にも多少の評価が混ざっている。

 ただ、リゼ自身すらそれには気づかない。彼の中にある、元勇者以外の人間を認めたくないという我がままな思考が邪魔をしているためだった。


 二人の思惑など知った事でもないという風に、目に見えないクリアマンティスは高速でトウヤの周囲を、徐々に径を狭めながら飛び回っている。


(まずは、『限界突破(ブレイクスルー)』で!)


 トウヤはほんの一瞬、『限界突破(ブレイクスルー)』を発動すると、地面をバンブルーシュで叩きつけた。

 途端、乾燥した砂ぼこりが周囲に舞い上がる。

 トウヤはすぐさまスキルを解除した。


(残り……二秒!)


 トウヤは砂から目をかばうため薄眼を開ける。

 その視界には先ほどまで全く視認できなかったクリアマンティスが、砂ぼこりになぞられて薄っすらと姿をさらしていた。

 体長六十センチ程。両手の鎌が異常に発達したカマキリのようなそれは、急旋回を繰り返す読みにくい動きでジグザグと、トウヤの周りを旋回していた。


 トウヤはその動きをよく見て、『限界突破(ブレイクスルー)』を一瞬発動、クリアマンティスに向かって一歩、踏み出した。

 地面がえぐれ、風がトウヤの頬を打つ。


 思い切り振りおろしたバンブルーシュはしかし、クリアマンティスにたやすく回避された。


(速すぎる! 相手もだけど、スキルを使った時の俺自身が速いんだ。速すぎて、対応が追いつかない!?)


限界突破(ブレイクスルー)』による身体強化の、思わぬ弊害にトウヤは歯噛みした。しかし、後悔などしている場合ではない。


(残り……一秒)


 クリアマンティスが、明らかに姿勢を崩したトウヤに向かって肉薄。

 トウヤは回避不能と見て、剣でクリアマンティスの鎌を防御する。


 半ば弾かれるように防ぎきったものの、一歩後ろに押され完全に重心が後ろに揺らぐ。

 必然、体は傾きクリアマンティスの追撃を許す形となった。

 トウヤは剣による防御が間に合わないと悟り、剣を捨てて両腕で体をかばった。


 それは、あまりに甘すぎる判断だ。


 クリアマンティスの攻撃力を持ってすれば腕を骨ごと斬り裂く事などたやすい。どころか、体にまで鎌の斬撃は及ぶだろう。

 トウヤの判断は自らの敗北を決定づける形となっていた。




(『限界突破(ブレイクスルー)』発動!)




 そのスキルがなかったとすれば。


 ガキン、とトウヤの腕が、生身の弱いはずの腕が、クリアマンティスの骨すら断ち斬る一撃を受け止めた。

 神経が痛みを脳へ伝え、血がにじむも、骨どころか肉すらほとんど斬れてはいない。


「これで、」


 トウヤは痛みを意識的に無視し、動きが止まったクリアマンティスを鷲掴(わしづか)みにし、


「終わりだっ!!!」


 全力全開で、地面に叩きつける。

 地面が揺れるほどの衝撃、鈍い轟音が草木の間を駆け抜けた。


 クリアマンティスは体を押しつぶされ、クレーターのようにへこんだ地面の真ん中で、絶命していた。


「はぁ、はぁ、はぁ、ぁ……」


 トウヤはそれを確認すると、安心して全身の力が抜け、倒れた。

 リゼはそんなトウヤをこれまでのように、鼻で笑う。


(初めの一撃はただのおとりか、当たれば儲けもの程度に考えていたのだろう。本命は一撃目の攻撃が外れた後、相手の攻撃に合わせた防御とカウンター。慎重にスキをうかがっていた魔獣に対してわざとスキを見せ、大振りの攻撃を誘ったという事か)


 リゼはトウヤの作戦を看破し、そのように分析した。


『その程度で倒れるか、小僧』


 トウヤの様子を、リゼがさも楽しそうに皮肉った。しかしその声にいつもの(あざけ)りはない。


(初めてのまともな勝負だったからな)

『まだまだだな。キティはあの程度の相手、片手間程度で倒してしまうぞ』

(いいね! 上には上がいるっていう事か)

『はっ、勝手に言っているがいい最低辺め』


 トウヤとリゼはひとしきり悪口皮肉をかわし合った。だが、唐突にトウヤの返事が途切れた。

 どうやらトウヤは気絶してしまったらしい。


(フン、有象無象の初陣としては及第点といったところだが、まだまだ詰めが甘いな。勇者としてなら零点、落第と言う他あるまい)


 リゼはそう酷評を下した。




(それに、残り(・・)をどうするつもりだ?)




 ∽ ∽ ∽




 ところで。

 ある種の蜂はとあるフェロモンを持っている。

 そのフェロモンは毒や体液の中に含まれており、蜂に一度刺されると周囲にいる同種の蜂が、刺された相手を敵と認識して集中攻撃を仕掛けてくるようになる。


 そして、クリアマンティスの血にもこのフェロモンは含まれていた。


 ただ、この事はクリアマンティスの姿が見えないため後から来たのか始めから群れていたのかが分かりにくい事、魔獣の生態についてはまだ分からない部分が多かった事などから、この場にいる人間は誰も知らなかった。


 またこのフェロモンは特殊で、一定時間外気にさらされ続けると今度は逆に仲間が離れるようなフェロモンに化学変化するという特徴がある。

 倒せない相手に挑み続けて、無駄に死ぬ個体を増やさないための対処でもあった。

 この効果が何より、クリアマンティスからフェロモンの発見を遅らせていたのだ。


 フェロモンの効果によって、およそ半径百メートル以内にいたクリアマンティスが、トウヤの潰した個体の場所へと飛来。


 その数、三体。


 不気味な羽音の身を響かせて、不可視の魔獣はすでに気を失ってしまっているトウヤを確実に仕留めるだろう。

 そんな、たやすく勝利するはずだった彼らの敗因(・・)は、トウヤの周囲にいた仲間の強さを計り損ねた事だった。




 最速でトウヤを捕捉した個体は、目の前で急速にほとばしった炎を見た。

 両手剣が灼熱し、火の粉が吹雪のように舞っている。レオンのオレンジ色の髪はその炎に照らされて、本当に燃え上がっているかのようだった。

 フェロモンによって攻撃的になったクリアマンティスは、当然のように撤退など選択せず、しかし慎重に不規則な軌道を取ってレオンに襲いかかった。


 だがその蛮勇は、誘蛾灯(ゆうがとう)にたかる羽虫の無知にも等しい。


 レオンは羽音によって相手が接近した事を察し、剣を一振りする。

 一閃、灼熱の剣刃によって空気がかき乱され、陽炎の尾を引いた。

 その空気の乱れに巻き込まれ、クリアマンティスの銀色の体が一瞬、露わになる。


「そこかっ!!」


 返す刃でレオンはクリアマンティスを真っ二つにした。






 残り二体のうち、上空からエマに襲いかかった個体がいた。

 その個体は空中で突然見えない何かにぶつかり、ほんの一瞬動きを止めた。


「上でしたか」


 エマは跳躍すると同時、懐から取り出したツバのない黒い小剣でクリアマンティスを突き刺す。

 絶命する寸前にクリアマンティスが見たのは、蜘蛛の巣のように四方八方に張り巡らされた強靭な糸だった。


「お粗末さまでした」


 着地したエマは布きれで小剣の血を拭う。もしその時トウヤが武器を見ていれば、脇差しの次はクナイか、と呆れていたかもしれない。


 「見えないのが自分だけの特権とでも、思っていたのでしょうかね」


 一人ごちて、エマはクナイをしまった。

 その周囲の木々には、糸につながった手裏剣が多数、突き立っていた。






 ステラ達の後方で様子見をしていたクリアマンティスは、護衛が離れたスキをついてステラに向かって襲いかかった。

 しかし、本能に従い行動をするクリアマンティスは気づかなかった。

 どうしてステラの近くから人が離れたのかという事を。


「いっきまーす!」


 うつむき気味だったステラが、急に杖を振り上げた。

 すると、地面に巨大な魔法陣が浮かび上がる。


 同時、ステラを中心に地面から氷の槍が数十現れ、クリアマンティスを串刺した。

 虫の体液が傷口から垂れて、静かに凍る。


「あわわ、やり過ぎました!?」


 ステラは自分が氷柱の檻の中にいる事に気づいて、ちょっとだけ、慌てた。


なんだかんだで周りのみなさんも強いのでした。

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