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刑事―5

 遂に犠牲者が出た。

 同一犯行グループによると思われる焚書テロは、これで十度目となる。

 犯行の手口を見ていても、死者を出さないように注意を払っていたという様子は無かった。死者を出さないよう徹底して気を配っていれば、そのテロリズムにも主義のような物が認められたかもしれないが――尤も、それで彼らの犯罪が正当化されるわけも無いが――焚書テロという手段を選択した意思と、その不徹底さとの間にあるギャップは何を意味しているんだ? 単に、彼らが中途半端だというだけの事に過ぎないのか? だとしたら、評価を下げねばならないな。

 今俺の目の前に居るこの者共の中の誰かが、直接手下したのだ。

 向部長の下を離れて潜入捜査に加わってから、三週間が経過している。その間、向部長に会うわけにはいかなかったし、自宅にも帰っていない。捜査本部にも顔を出していない。俺よりも先にこの組織の内偵を進めていた同僚が用意してくれた部屋で寝泊まりをしている。どうにか潜り込む事はできたわけだが、入ったばかりの人間がいきなり信用されるとは、初めから考えていない。しかし、こつこつと信用を獲得している猶与は無い。こうしている間にも焚書テロは続く。

 焚書テロを警戒し、夜間でも警備の人手を増やしたのが裏目に出た。

 燃えたのは我孫子市にある法務省資料館別館二号館。

 大きな自治体は、全ての資料の複写を取り、本庁敷地とは距離を置いた別館に保管するように義務付けられている。この資料館も六割方が複写で、原本が別に存在するのだが、それにしても焼け残ったのはこの内の僅かに過ぎない。一人の人間と共にそれらは焼け落ちたのだ。

 俺は何かを見落としていないだろうか?

 こうして組織の内部に入り込み、直接彼らの表情を見ているというのに、この組織の作戦が死者を出してしまった事に対する反応を今一つ掴みきれない。もう三週間も経過しているというのに。特別な反応は何も示していないというのでない。明らかに彼らは、犠牲者を出してしまったこの事件に注視している。この犠牲者の出現の前と後で微妙に組織内の空気が変わってしまったような感じさえする。自分達のしでかした事に後悔しているのだろうか。今更?

 こんなはずではなかった、と考えているのか。だが、後戻りは許されないぞ。こいつら同様、俺も焦り始めている。第二、第三の犠牲者が出る前に確実な証拠を掴み、組織の長である臣文蔚の居所を捉えなければならない。

 組織の人間から指示を受け、実際に何度か彼らの行動に従って作戦に参加しているというのに、多くの事が分からないままだ。この組織の資金源や規模、組織の幹部クラスと我々潜入捜査官が普段接している実行部隊と思われる者達との間を繋ぐ連絡網……。どの細胞が実際に火を付けて回っているのか、肝心のその事すら分かっていない。そのくせ、現在進行中の連続放火事件についての情報は捜査本部にいた時よりも入ってくる。

 誰が実行しているのかは序々に見えてきつつあるように思えたのだが、その実行部隊と思われる者達との接触をいくら試みても、見えない壁があるようで上手くいかない。潜入捜査を勘付かれ、情報の攪乱に出たのかと一度は考えた程だ。

 組織自体に関する事がなかなか見えてこない。だが、犯行の手段については得るところがあった。

 LPガスをどのようなルートから入手したのか。また、標的の選定及び標的に関する情報収集の方法。標的の選定と実行日時の決定は幹部クラスが行っているらしい。LPガスの入手、LPガスの取り扱いと放火装置の開発、標的についての継続的な監視と情報収集。それぞれの機能は、別個の部隊が独立して行っている。だから、自分が属していない部隊がどこで活動しているのか知らないし、今何をしているのかも知らない。知らされていない。部隊間の情報の遣り取りは制限され、特殊な暗号を用いているらしい。どんな暗号を使っているのか。どのような暗号が有り得るだろうか。構成員には失語者もいるのだ。失語者は暗号を読めなくても構わない、という組織作りをしているのか。それとも、暗号は文字の類ではないのだろうか。「読めそうで読めない字」か。

 どの部隊が部隊間の連絡を受け持っているのかもまだ不明。部隊間の情報の遣り取りを制限しているのは、情報が漏れるのを警戒しているからだろう。しかし、組織の結束の度合いは高い。もう一つ意外であった点は、構成員に失語者の年齢層が多かった点だ。組織に最も忠実であるのもこの年齢層だろう。言葉も通じぬ男達が、時を告げる機械の部品のように黙々と働き続けている姿を見た時は、寒気すら覚えた。若い者も失語者に劣らぬ数がいる。高校生までいる。

 彼らには言葉がある。故に理性があると言い換える事ができるだろう。何故このような、言語を標的としたような組織に身を置いているのだろう。臣文蔚を逮捕したら、一人一人尋問していきたいところだ。言葉が底を突くまで吐き出させてやろう。若者というのは、特にまだ社会に出ていないような輩は、自己主張したがる。する場所が無いから爆発する。溜っているんだ。言葉と共にそれを吐き出させてやろう。

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