柳恵那―4
交換日記は、普通は二人。作者は二人。
この人の場合はほとんど独りで書いているけど、文章というものはどうしたってたった独りでは書けないものなんだと思う。共著者が必ずいる。普通、皆の目につくもの程、公共性の高いもの程、共著者は多いと思う。
インターネットで見た地図だと、駅からはあんまり離れてなさそうだった。
あ、あの道路がアレか。じゃあ、あの裏っかわにコンビニと歯医者があるはず。もうすぐだ。
……でも、実際目の前まで来てみると、やっぱり行きにくい。
我孫子市好誼町5-7ー3。
5の、7の、3。ごー、なな、さん。
合ってる。間違いないよねえ。ちゃんと書いてある住所どおりなのに。住んでいる人が変わったとかいうのなら分るけど、本当にこれであってるの? 何か変。予想していたのと違う。住所はあってるのに、何か違う。本当に私、文字読めているの? 失語症になったみたい。そうだ、マンション名は。どこかに書いてないかな、もう。もー。
『ス-11』
合ってるけど。でも、本当に本当にここで合ってるのかな。なんか、イメージと違う。
こんなに記号的な名前じゃ、住所と変わらないじゃない。数字は何度見ても頭に入らない。
自由に言葉が話せたらいいのに。誰かに確認とらないと自信が持てない。誰か聞いてくれる人や読んでくれる人がいないと、自分が喋ったり書き留めたりする言葉が単なる私の妄想にすぎないかもしれないと疑いたくなってしまう。
お互いが協力し合う共著者で、お互いが唯一の読者というふたり。それがきっと言葉が成り立つ最も小さい単位。言葉は一方通行じゃ妄想と変わらない。自分の言葉がちゃんと意味を持っているって確認してくれる相手が欲しい……
メール開く時にいつも緊張してしまうような今の私じゃ無理か……
みんな私がちょっと目を離してる隙に仲良くなってたりする。私が見てる前でも、まるで私が気づきもしない信号を出し合っているみたいだ。私だけが受け取れない電波。私の見えない机の下で手紙のやりとりをしているのと疑いたくなる。あたかも神様の見えない机の下でズルをしていて、言語量を消費しないで済んでいるみたいだ。そして、机の下で手を握りあい、互いの体温を伝え合っているんだ。
人一倍、詩とか好きなのに、なんで本も読まないような人達より上手く言葉を使えないんだろう。何度も詩を頭の中で繰り返す。言葉の感触を楽しむのは気持ち良い。でも、覚えた詩句が何時でも思い出せるのは、なんだか覚えた言葉が私の心にいつまでも溶けずに底の方に沈殿しているだけっていう感じ。
ああ余計なことばっかり考えてしまう。
……もう一度、番地を確認してみよう。
地図と住所を何度も確認しても、そこから顔を上げた途端に、手紙の表面から頭の中に移した文字があやふやで不安なものになってしまう。頭の中に汲み上げた言葉は、知らないうちにその中の文字が置き換わっても気付かないんじゃないかって気もする。人の頭は言葉を保存するのに向いてないんじゃないの? もう。
とかなんとか悩んでいるうちに、もう一時間。どうしよう。こんな処で何時までもうろうろしていても。
三階まで行ってみようか。私の持っている手紙では、相手の男の人は一度も三階を訪れていない。
訪ねる人がいないマンションに入り込むのは、やっぱり緊張する。人のプライベートに用も無いのに割り込もうとする感じがする。でも、手紙に書いてあった三階は全部テナント。もっと普通のマンションとかアパートとか想像してたけど。
肝心の302号室は――法律事務所? 絶対、コレ違う。引っ越しした、ていうのとも違うような感じ。
はぁ、もう。
わけわかんない。
裏っかわからでもマンションが見える。ちょうど裏が駐車場になってて、目当てのマンションだけ遮る物が無くて見える。マンションの表側の道路の五月蝿さからマンションの厚みだけ隔てられている感じ。表通りから目を背けるように、駐車場の方に向いている通路。ここから駐車場を見下ろしても怖くない程度の高さ。
『紀志法律事務所』
普通のマンションっぽいドアにプレート貼り付けてる。どうしても違和感を感じさせる組み合わせで、それが、何か違う、ここじゃない、っていう感じなんだよね……ちゃんとここに書いてある住所のとおりなのに。
さてどうしよう……
もう……なんか嫌になってきた。帰ろうかな……
……私は期待している。このドアが外側に開いて、誰かが出てきて、私を導いてくれるのを。
そんなわけは無いか。
やっぱり帰ろう。




