第七章
――――バンッ!!
「…え?」
小さな部屋に銃声と間の抜けた声が響く。蓮華の持つ銃から放たれた弾は光輝のすぐ横の壁にめり込んでいた。光輝自身は傷一つ付いておらず無傷のままそこにいた。蓮華は持っていた銃を下げて状況を飲み込めていない光輝に視線を向ける。
「…っていうのがいつもの私なんだけどな…ねぇ!」
「へ、え、な、何?」
唐突に呼ばれておろおろする光輝にふっと口角を上げた。
「一緒に来る?」
「え…」
返ってきたのは意外にも優しい声だった。蓮華は光輝に近付いて銃を持っていない手を差し伸べる。
「一緒にここを出て私と来るかと聞いている。ただし、お前はここで私に殺されたことにされるから常に私の監視下の許に置くことになる。ま、ここでの生活とたいして差はないだろう」
口をポカーンと開けて瞬きする光輝は未だに今の状況が理解できていないのが手にとって分かった。
「ええ、っと…つまり、俺を連れ出してくれるの?」
ようやく理解が追いついたのか輝く目をして蓮華に詰め寄った。しかし、蓮華は期待に満ちた光輝の目を冷たく否定した。
「勘違いをするな。私の監視下の許でということを忘れるな。自由が一切許されない上、この職業上何があってもおかしくはない。今お前を連れ出したとして明日までの命かもしれない、そんな日常だ。ある意味、ここより物騒な毎日になる。つまりお前に与えられた選択は2つ…一生束縛される生活を送るか…」
差し伸べていた手を引っ込めて銃を光輝のこめかみに押し当てた。
「ここで永遠の眠りにつくか、だ」
後は光輝が決めるだけ。蓮華にとっては光輝がどちらの選択を選んでもよかった。蓮華とともに居れば少なからず危険は伴っていく。その度に光輝を守れる保障なんてどこにもない。ここで死を選ぶのもまた正しい選択なのかもしれない。
「行く」
光輝はしっかりと、そして蓮華の眼を真っ直ぐ見つめて答えた。その瞳には後悔なんて一欠けらもなかった。蓮華はその答えを聞くと踵を返して歩き出す。
「じゃあ行くよ。早いところここから出る」
「あ、あのさ!」
行こうとする蓮華を呼び止めた光輝。蓮華は立ち止まり視線だけを光輝に見やった。
「何」
「何で、助けてくれるんだ?」
「…さぁね」
蓮華はうっすら笑ってまた歩き出した。後ろから足音が聞こえないことからまだ光輝が立ち尽くしているのが分かる。
「私は気まぐれだからな。あんまりうだうだしていると殺すよ」
「な、ちょっと待てよ!!」
慌てて追いかけてくる光輝の足音が面白い。足音を聞きながら蓮華は先ほどの光輝の言葉が流れていた。
『何で、助けてくれるんだ?』
(そんなこと、私が一番聞きたいことよ…)
こんなことは初めてだった。いつも大人だろうと子どもだろうと誰だろうと殺してきた。それなのに何故かこの男だけは殺すのを躊躇ってしまう。そして、任務を遂行できなかったのに何故か心が落ち着いている。チラリと後ろを振り返ってみれば息を切らして追いついてきた光輝が目に入る。
「これくらいでへばってたら明日から本気で生きていけないぞ、波風光輝」
蓮華が声をかけると嬉しそうに顔を上げてにっと笑う。息を整えて光輝は蓮華に言った。
「光、俺のことは光でいいよ。これからもよろしく、蓮華!」
「…行くよ、光」
「おう!」
元気に返事をして二人はライエム卿の館から出て行った。外は血の匂いが充満していて、静かだった。あたりに転がっている死体を見るとさすがの光輝もぎょっとした。
「うわ…これ、全部蓮華が?」
「私以外の誰がすんのよ」
「………」
「あ、そうだ」
さらりと答える蓮華に光輝は黙ってしまった。そして死体を見て思い出したかのように声を上げた蓮華は光輝に手を差し出した。その手の意味が分からなくて光輝は蓮華の手と顔を交互に見る。
「え、っと………何?」
「服。脱いで」
「ええッ!?」
蓮華の発言に驚きを隠せない光輝は自身を庇うように腕を抱いて一歩下がる。どういう意味で誤解したか、蓮華は光輝を鈍い音をさせて殴った。途端、光輝は殴られた部分を押さえてしゃがみこんだ。
「ってー!!」
「何誤解してんの!!」
「え、だって服ってそういう意味じゃ…」
「今すぐその口塞がないとその口斬るぞ」
チャキと氷桜龍に手をかける蓮華。冗談なのか本気か分からないそのオーラに光輝は黙るしかなかった。氷桜龍から手を離した蓮華はため息を零して光輝を見る。
「お前は今この瞬間から死んだことになる。その証拠として血の付いた服が必要なの」
「あ、そうなんだ」
納得したのかポンと手を叩く光輝。そしてさっそく上を脱ぎ始め服を蓮華に渡す。
「あ、でも血は……」
「光、腕」
蓮華に言われるままに腕を出すと今度こそ斬られた。パックリ裂かれたそこからは血が吹き出した。突如斬られ血が吹き出す腕を見た瞬間光輝の顔から血の気が失せ一気に慌てだした。
「うわああああ!血、血、血ぃぃぃ!!!」
「うっさい!!ほら、腕をこっちに!!」
暴れる光輝を引きずるような形で服に血をしみこませていく。やがて白い服が真っ赤に染まった頃に光輝を解放した。その目には涙をため今にも失神しそうな勢いだった。
「ったく…本当にこれがさっきまで笑って死にたいって言った奴か…」
「だ、だだだだ、だって……ッ!!!」
「はぁ…」
蓮華はため息を零しながら服を適当な死体に軽く着させて銃を向ける。一発の銃弾が服の中心、心臓の部分に穴を空けた。
「これでよし、と。光、灯油捜してきて」
「と、灯油?」
「……火をつけるから早く捜して」
振り向く光輝は完全に泣いていた。情けなさ過ぎる男にまたしてもため息が出た。こうして蓮華と光輝は館に火をつけ無事に帰路についたのであった。
だんだん蓮華の口調がおかしくなってきました…
男?女?……もうどっちでもいいや!!そんときの蓮華の気分で!!
…という大雑把な開き直りをどうかお許し下さい。