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暗闇の希望  作者: 凛音
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第六章

長い長い一夜が明け、蓮華は榊の許に向かっていた。朝のテレビはライエム卿の殺害が一面を飾っていた。街を歩いていてもあちらこちらでその話題で持ちきりだった。蓮華は何食わぬ顔で街を歩き榊の部屋の前に立つ。


――――コンコン


「入れ」

「失礼します」


蓮華は片手に茶色い封筒を持ち中に入った。榊は爽やかな笑みをこちらに向け座るように指示をした。榊に勧められるままソファーに座った蓮華の前のソファーに榊が座った。


「昨夜はお疲れ様。上手くやってくれたようで安心した」

「ありがとうございます。これが昨夜の報告書です。ご確認を」


蓮華はすっとファイルを榊の前に出す。榊はそれを受け取りさっそく中を確認する。ざっとだけ目を通して頷いた。


「良く出来てる。後でもう一度確認しよう。しかし、また君の行動に下の者が困っている」


苦笑をもらす榊。そして榊は近くにあったリモコンで巨大なテレビのスイッチを入れる。音声が流れてテレビを見るとそこには焼け崩れたライエム卿の館とたくさんの焼死体が写っていた。榊は困ったようにふぅと息をつく。


「あれだけ燃えてしまっては何も残っていないだろう。部下の死体確認も時間がかかる」

「それはただ、下の者が無能なだけのこと。私には私のやり方があります」


蓮華には蓮華の仕事スタイルがある。それを下の者のために変えるつもりは毛頭ない。はっきり言う蓮華に榊は声を押し殺して笑う。


「君はそういう奴だ。今更何も言うまい。で、いつものを持ってきたんだろ?」

「はい。こちらです」


取り出したのは血がべっとりついた一着の服だった。蓮華は館を燃やす前に必ずターゲットの遺品を持って帰って証拠として榊に差し出す習慣があった。もちろん、証拠なんてなくても榊が疑うつもりはないのだがそれでは蓮華をよく思わない下の者がうるさいのだ。だからといって死体を持ち帰れるわけはなく、遺品という形を取っている。榊はそれを受け取りまじまじと見る。


「それはターゲットが着ていた服…死因は見ての通り銃殺です」

「うむ、これはこちらで鑑識に回しておこう」

「お願いします。それと…一つ、伺ってもいいですか」


神妙な面持ちで尋ねる蓮華に榊の笑顔が消え真剣な表情になった。腕を組んで蓮華の心を見るように蓮華を見据える。蓮華もそれに答えるように榊から目を逸らさない。


「…君から聞きたいことがあるなんて珍しいな。いいだろう、私が答えられるものなら答えよう」


榊はふっと口角を上げて頷いた。蓮華はでは、と思っていた疑問をぶつけた。


「ライエム卿は館で何を研究していたのでしょうか」

「何を、とは?」

「何かを研究するのであればどこか別のところにでも研究所を作ればいいのに、わざわざ自分の館に作るのはリスクが高すぎると思いませんか?」


ライエム卿ほどの大企業の社長なら当然敵対者もいるし数も多い。もちろんライエム卿の研究を狙う者も少なくないだろう。そうすると自分の館に作るのは自分が狙われるのと同じこと。


「つまり、高いリスクを犯してでも自分の眼の届くところでしなくてはいけない研究とはなんなのでしょうか。それに…あそこには5・6歳の幼い子どもがたくさんいました。あんな子どもを使う研究とは…」

「………私も詳しいことは知らされていない」


榊の答えに少し気が沈んだ。裏の裏まで知り尽くしている榊ならもしや、と思って聞いたのだが駄目だった。だが、逆に言えば榊にすら知ることが出来ない研究。ますます疑念が湧く。


「だが、『能力』について研究をしているという噂を聞いたことはある」

「『能力』?それは超能力のことですか?」

「さぁな。それにあくまで噂だ。デマである可能性もある。それに、ここからは私の推測だがその『能力』を何らかの方法で子どもに取り入れようとしていたのだろう」

「では、今回のターゲットは…」

「おそらくその『能力』を取り入れられた、いわば完成体ということだろうな」

「………」

「まぁ、これは私の推測にすぎない。私の知っていることはこれくらいだ。他に聞きたいことは?」

「いえ。ありがとうございます。では、私はこれで」


席を立ち榊に一礼をして部屋を出ようとする。扉を開けた時、榊に呼ばれて振り返った。


「今回の報酬は銀行に振り込んでおく」

「はい」


短く返事をして部屋の扉を閉めてエレベーターに向かう。足音が響く廊下を歩きながら蓮華は榊の言葉を思い出していた。あそこで行われていた人体実験、噂が真実ならばおそらく榊の推測は当たっているだろう。あの男はそういう所が妙に鋭い。今でも目を瞑れば子ども達の顔が思い浮かぶ。無邪気で無垢な顔が血に染まっていく。思い出すたびに蓮華は頭を振って忘れようとする。エレベータの前に立って下のボタンを押すとしばらくしてエレベーターが来た。


――――チーン


ガラッとドアが開いて中に入ろうとして黒いスーツが目に入った。片手に茶色いファイルを持って見上げれば飄々とした表情の金髪がそこにいる。


「お、蓮華じゃねぇか!久ぶりだな」

「…久ぶり」


片手を上げて気軽に挨拶をするこの男は天魔(てんま)(らい)。蓮華と同じ幹部の一人で数少ない蓮華の理解者の一人でもある。蓮華と違い部下からの信頼も厚く、誰でも気軽に接する彼の性格が人を引き寄せるのかもしれない。


「テレビ見たぜ。あのライエム卿をたった一人で殺したんだってな」

「悪い?」


喧嘩越し口調の蓮華を雷は全く気に留めずに笑顔を向ける。


「いーや。一応褒めてんだぜ、これでも」

「…あっそ」

「俺もさ、昨日仕事だったんでもう眠くて眠くて…」


欠伸を漏らす雷。それを呆れたようにため息を零して蓮華は雷を睨むように見る。


「どうせまた任務前なのに寝ないでどこかで遊んでたんだろう。そういうのを自業自得の馬鹿っていうんだ」

「俺だってまだ18歳なんだぜ?遊びたい年頃なんだよ。蓮華だって遊びたい年頃だろ」

「別に。興味ない」


一緒にするな、と軽蔑にも似た視線を送るが雷はその視線をすらりとかわす。


「ふぅん?ま、どっちでもいいや。じゃ、俺はボスにコレ出してくるわ」


コレといって茶色い封筒を持ち上げる雷。それは先ほど蓮華が持っていたものと同じ報告書であった。


「……誰を殺したの?」

「…へ?」


雷は目を見開いた。珍しく蓮華からの質問だった。だが、なぜ雷が驚いているのか分からない蓮華は驚く雷に驚いた。


「どうした。何か変なこと言ったか?」

「いや。お前から話しかけるなんて珍しいなって…」


他人と関わらない蓮華は口を開くことすらあまりない。話しかければ短いが答えてくれるが蓮華から何か言ってくることは仕事以外少ない、というか全くない。これも仕事といえば仕事なのだがそれでも蓮華から話しかけてくるのは珍しかった。


「別に。ただ聞いてみただけ。言いたくないなら別に言わなくてもいい。そこどいて」


蓮華は雷をエレベーターから出して入れ替わりに自分が乗った。1階のボタンを押して扉を閉めようとした。しかし、雷がエレベーターが閉まる直前、手を入れてそれを阻止した。無理矢理こじ開けて顔が覗かせれるくらいあけた雷の顔は笑っていた。


「俺のターゲットはテル・ライトっつぅおっさんだ」

「テル・ライト?あまり聞かない名だな」

「ま、社長だが規模が小さいしな。で、もう一ついうとお前の依頼者だ」

「つまり、私の依頼者がターゲットだったってこと?」

「そ。ついでに言うと俺の依頼者はお前のターゲットだったライエム卿ね」


互いに互いの暗殺を依頼して同じ日に両者の目的が叶った。蓮華はふっと笑みを零す。


「相打ちが。馬鹿なやつらだ」

「だからこそ俺らはやっていける。じゃあな、引き止めて悪かった」


雷はにっと笑って扉から手を離した。扉がまた再び閉まるまで雷は笑顔で無表情の蓮華に手を振っていた。扉が閉まってエレベーターは降下していく。静かになった個室で蓮華は榊と雷の言葉を反復していた。


(研究、人体実験、能力………チッ、真実を知ってそうな依頼者が死んだとはな…残る手がかりは…)


――――チーン


エレベーターが1階に着き蓮華は会社を出て家に向かう。外の風はひんやりと心地よかった。30分かけて家に辿り着き、郵便受けに入っていた2通の手紙と新聞を取って家に入った。


「ただいま」


靴を脱ごうと手をかけたその時だった。


「おかえり」


返事が返ってきた。蓮華は驚く素振りを見せずに声の方を見る。そこには白い歯を見せて笑っている死んだはずの龍光輝がいた。蓮華は手に持っていた手紙や新聞を光輝に渡した。


「これ、テーブルの上に置いといて」

「分かった」


快く受け取った光輝はリヴィングに向かった。光輝が見えなくなって蓮華はなんともいえない表情をした。内心、蓮華自身あまり実感が湧いてこないのだ。何年も1人で居て『おかえり』なんて言葉は何年も聞いてなかった。複雑な気持ちを抱えたまま蓮華もリヴィングに入った。中に入ると光輝がテーブルに郵便物を置いてテレビをじっと見ている。そこに写っているのは全焼しているライエム卿の館とアナウンサーだけ。何が楽しいのか光輝は目を逸らさずにずっと見ているのだ。


「俺、あそこにいたんだなぁ」


吃驚、と蓮華に笑いかけた。蓮華にとっての“残る手がかり”…館も研究所も、ライエム卿も研究者も依頼者もいなくなった今、目の前にいる光輝だけが唯一の生存者。


「ねぇ」

「ん?何?」

「本当にライエム卿が何の研究してたか知らないのか?」


本当を言うとこの質問はもう何回かしている。そのせいか光輝は少し鬱陶しそうな視線を送る。


「だから知らないって何度も言ったじゃん。俺だって助けてもらったんだから力になりたいし…知っているなら教えてるって」


光輝が嘘をついているとは思えない。嘘をつけるような器用な男に見えない。蓮華は予想通りの返答にため息しか出なかった。


(私…なんでこんな奴殺せなかったんだろう…今までだって殺してきたのに…)


そしてぼんやり昨日のことを思い出し少し後悔していた。

準主人公復活です!いや、死んでないだけですけど…

そして天魔雷!結構、性格的にも気に入っているキャラなんですけど、しばらく出てこない予定?

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