第三章
気が付けばもう放課後だった。時計を見れば5時過ぎ。日ももう大分傾いていた。
(そろそろ行くか…)
蓮華は立ち上がって屋上を出た。教室で鞄を持って校門へ向かう。色んなざわめきが聞こえるが他人のことはどうでもよかった。とにかくすれ違う人達は無視。校門には黒い高級車が一台止まっていた。
「お疲れ様です、蓮華様。ボスがお待ちですので乗ってください」
蓮華は言われるがままに車に乗った。車が走り出しても誰も口を開こうとしない。蓮華も窓の外の景色をボーっと眺めているだけで無感情だった。車を出して役30分で着いた。真っ直ぐ榊のいるオフィスへ向かうためエレベーターに乗った。最上階に着き、扉の前で一つ深呼吸をしてからノックする。
「入れ」
朝と同じ短くて低い声が聞こえる。
「失礼します」
ドアノブを捻って中に入るとそこには榊がいる。
「遅くなり申し訳ありません」
「いや、時間はまだ十分にある。君も何かと忙しいだろうからな」
榊の言葉に軽く一礼をする。榊は引き出しから朝のファイルを取り出し蓮華へ渡した。
「これが朝のファイルだ。後で確認しといてくれ」
「ありがとうございます」
手渡されたファイルを蓮華はしっかりと握り締めた。榊はコクリと頷き真剣な眼差しで蓮華を見据える。
「では、うまくやってくれ」
「はい。では、私はこれで」
深く頭を下げて踵を返す。部屋を出る際にまた軽く一礼をして静かに部屋を出た。帰りは歩いて帰ることにした。ゆっくりゆっくりと歩いた。ファイルを開いて中にあった書類を取り出し一字一句読み間違えずに目で文字を追う。全てを読み終えた頃、家に着いた。家に入って球形しているときに頭で先ほどの内容を整理した。簡単にすると内容は単純だった。
1.ターゲットはライエム卿の館
2.ライエム卿の館にいる人間及び研究者を抹殺すること
3.それが不可の場合、最低限写真の男だけでも殺害すること
この三点だ。ライエム卿というのは近頃有名な大企業の社長だったはず。その規模はこの国で1・2位を争うほどだ。噂では何かの研究をしているようだが何を研究しているのか誰も知らない。そんな館の研究員だ。1000人は超えるだろう。
(めんどくさ…)
しかし部下を呼ぼうなんて気は全くない。どれだけ相手がいようとも仲間なんて邪魔なだけ。敵と一緒に殺す可能性だってある。それに所詮研究者など数がいてもその戦闘力はほぼ0に等しい。つまり数だけだ。これくらいなら一人で十分。気がかりなのは最後の“写真の男”だ。書類と一緒に同封されていた写真に写っている男はライエム卿ではなく、ライエム卿の息子でもない。
「誰だ、こいつ」
写真に写っているのは蓮華と同じ15歳くらいの青年だった。肌は白くて少しほっそりとした身体、黄色い髪に無邪気な笑顔が印象的だった。
しかし悩んでいても誰だか分かるわけでもなく考えるのを止めにした。とりあえず着替えをしようとクローゼットを開ける。そこには蓮華の仕事着がある。上は動きやすいようにノースリーブの真っ黒な黒い服。下は膝上30cmがくらいの短パンの上からもう少し長い真っ黒なミニスカートをはく。闇に溶けやすいように全身真っ黒な服を身に纏った蓮華は時計を見る。
(9時くらいに行けばいいか)
今は7時13分。夕食を食べようと台所へ向かう。しかし冷蔵庫にはものの見事に食料がない。
(…ま、食べなくていいか。別に死ぬわけじゃないし)
買出しに行くのがめんどくさくて夕食は食べないという選択を取った蓮華。やることもなくもう一度寝ようとベットに倒れこむ。すると昼間あれだけ寝たにも関わらず睡魔が襲ってきて途端に眠ってしまった。
――――カチコチカチコチ…
うっすら目を明けるともう9時前だった。蓮華は立ち上がり近くにある引き出しを開ける。そこには赤いリボンがあった。蓮華は大事そうにそれを取り出し鏡の前に向かった。鏡の前に立った蓮華はリボンに目を落とす。リボンは蓮華の手から垂れ下がっており、夢で見た血で真っ赤な手とダブって見えた。
「ッ!!?」
心臓が高く脈打って驚いてまたリボンへ目をやるがそこにはちゃんと赤い“リボン”がある。
「…幻覚をみるなんて、そろそろ本気でやばいかも」
自嘲気味に呟いた蓮華は高く結い上げた髪をそのリボンで結い上げた。鏡を見るとそこには先ほどまでの蓮華はいない。いるのは殺し屋幹部の蓮華だった。
(行くか)
別の引き出しを上開けてゴム製の特殊な手袋を取り出した。それをギュッと両手にはめて腰に小型爆弾や小刀などが入っているポシェットを取り付けた。そして玄関においていた刀を持つと蓮華は闇に溶ける様に部屋を出た。夜風は少し強かったが気持ちよかった。一時間ほどかけてライエム卿の館まで来た蓮華は立ち止まった。そしてポシェットの中にあるあの写真を取り出した。
「一体誰だが知らないがこの男を殺せばいいだけのこと」
蓮華の中でまとめた中の3のこの男だけを殺すなんて内容だけはなかった。蓮華にとって任務は完璧にこなすもの。依頼者が全員の抹殺を依頼されたら蓮華にとって全滅こそが任務。それ以下は存在しない。
蓮華は写真をポシェットにしまい、変わりに中から小型銃を取り出して短パンに取り付けた。ライエム卿の館についた蓮華は一つ深呼吸をして全て感情を心の奥に閉じ込めた。
「ゲームスタート」
そういうと蓮華は風のように消えた。そして長い長い一夜の幕が開いた。
ようやく本編開始!みたいです。
次話から殺しが始まりますのでご注意下さい。