少なくとも、彼らにとっては。(if)
少なくとも、彼らにとっては。 https://ncode.syosetu.com/n0949my/ の⬇ 思考実験。もしガルドが自分を英雄の息子だと誤認しないまま生きていたら。
https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/62029/blogkey/3732256/
ガルド・レインは詐欺師の息子だ。
それも、ただの詐欺師ではない。かつて魔王軍を打ち破り、滅亡寸前の王国を救った大英雄、《烈光の剣》アルヴァルト・ギルザンの名を騙り、田舎の村娘を散々弄んだ挙げ句、子供ができたと知るなり姿を消した、どうしようもないクソ野郎の息子だった。
ガルドは物心ついた頃から、そのことを知っていた。村の男たちが面白がって教えてくれたのだ。お前の母親は英雄の名前を出されただけでころりと騙された、随分と頭の悪い女だな、と。笑いながら母親の悪口を言う男の股間を蹴り上げたのが、ガルドにとって最初の喧嘩らしい喧嘩となった。
家に帰って母親に尋ねると、しばらく泣いたあとで本当だと認めた。
「あなたのお父さんはね、とても立派な方だと思っていたの。いつか迎えに来てくれるって、そう約束してくれたから……」
ガルドにはさっぱり理解できなかった。そんな約束を真に受けるのも、帰ってこない男の絵姿を大事に飾っておくのも、何もかも馬鹿馬鹿しい。この村では、父親と母親のどちらが欠けていようと、片親の家はそれだけで『弱者』扱いされる。親が馬鹿なせいで、自分まで面倒な目に遭わされるのだからたまったものではない。
「帰ってこねえなら、そんな奴のことは忘れちまえよ。俺の親父が誰だろうと、母ちゃんには関係ねえだろ。俺だって、そんな奴に会いたくもねえし」
母親はまた泣き出した。今度は何が悲しいのかさっぱりわからず、ガルドは放っておくことにした。
父親が英雄でも詐欺師でも、ガルド自身の強さが変わるわけではない。実際、彼は恐ろしく強い子供だった。同い年の子供が束になっても敵わず、十歳になる頃には大人の男を殴り倒している。剣を持てば村の自警団に所属する男たちさえ歯が立たなかったし、素手でも相手の骨を折るくらいは簡単にできた。
そうなると、何かと腹の立つことが増えた。
強くて偉い自分に、どうして弱い連中が命令してくるのか。村長だから何だというのか。年上だから従えと言われても、殴り合えば自分の方が強いに決まっている。そんな連中が偉そうに説教を始めれば、当然、ガルドは腹を立てた。
母親はしょっちゅう謝りに行かされていたが、それもガルドには不満だった。何も悪くないのに頭を下げるから、ますます相手がつけ上がるのである。
母親が死んだあと、村長はとうとうガルドを村から追い出そうとした。
ガルドは村長の前歯を三本折った。大騒ぎになり、駆けつけた大人たちに取り囲まれたが、片っ端から拳ひとつで殴り倒し、大笑いしてやった。偉そうにしていたくせに、誰も俺に敵わないじゃないか。斧だろうがナイフだろうが、振り回す前にぶん殴ってやれば済む話だ。
それ以来、村長はなるべくガルドと顔を合わせないようになった。おかげで説教されることもめっきり減り、なかなか快適に暮らせるようになった。
そんなガルドにも、仲間と呼べる者が三人いた。ニルス、セリナ、リッカ。いずれも幼い頃からの付き合いで、ガルドにとっては身内も同然の連中だ。
最初に仲間になったのはニルスだった。村長の息子たちに川へ突き落とされ、石を投げつけられているところをガルドが見つけたのである。自分より年上のくせに情けない声で泣いているのも腹立たしかったが、それ以上に、三人がかりで一人をいじめて威張っている連中が気に入らない。弱いやつは別にいい。俺より弱いくせに強そうぶっているやつが、とことんムカつくのだ。
ガルドは近くに落ちていた錆びた薪割り用の斧を拾った。
結局、村長の息子たちは二人が骨折し、残る一人は片耳を失うことになった。ガルドとしては、先に石を投げたのは向こうなのだから、自分が怒られる筋合いなどまったくないと思っている。
「おい、お前。いつまで泣いてんだよ。あいつらなら、もう二度とお前に喧嘩を売ってこねえと思うぞ。もしまた来たら俺を呼べ。今度はもっとひどい目に遭わせてやるからよ」
「……ありがとう。でも、そんなことをしたら君まで怒られちゃうよ。村長さん、すごく怒ると思うし、またお母さんに謝りに行ってもらうことになるんじゃないかな」
「うるせえな。俺が誰を殴ろうと俺の勝手だろ。そんなに心配なら、お前も俺の手下になれよ。そうすりゃ、俺の喧嘩にいちいち文句を言わなくて済むじゃねえか」
「僕、君より年上なんだけどなあ……。でも、一緒にいてもいいのなら嬉しいよ。僕は喧嘩が苦手だから、あんまり役には立てないかもしれないけど」
ニルスは困ったように笑った。
それから本当に、ガルドの後ろをついて回るようになった。喧嘩はからきし弱いが、手先が器用で、道具を作ったり壊れたものを直したりするのが得意らしい。ガルドが森で迷えば帰り道を教えてくれるし、怪我をすれば手当てもしてくれる。おまけに本をよく読むので、知らない国の話まで聞かせてくれるのだ。なかなか便利な奴なので、ガルドもすっかり気に入っていた。
次に仲間になったのはセリナだ。
彼女の母親は夫に先立たれ、村の男たちから散々嫌がらせを受けていた。当時のガルドはまだ幼く、何をされていたのかもよく理解していなかったが、ある程度成長してからその意味を知った。その時ばかりは「殺しときゃ良かったな?」とセリナに申し訳なく思ったものだが、当の本人は爪の色を塗り直しながら、「とっくに仕留めたわよ」と、涼しい顔で答えた。どうやら知らないうちに自分で始末をつけていたらしい。良い女になったものだ。
話を子供の頃に戻そう。ある祭りの夜、酒に酔った男たちがセリナ母娘を物置へ連れ込もうとしているところに、たまたまガルドが通りかかった。普段は気の強いセリナが、母親の腕にしがみついて泣いている。
ガルドは腹が立ったので、とりあえず男たちを殴った。途中で一人が剣を抜いたため、こちらも遠慮なく斧を振るってやった。騒ぎを聞きつけた村長が駆けつけた頃には、男たちは誰一人として立ち上がれなくなっていた。
ところがその後、被害者だったはずのセリナの母親が村長に責められたので、ガルドはついでに村長の家のドアをぶち破り、風通しを良くしてやった。次はお前がこうなる番だという丁寧な予告である。
その数日後、セリナがガルドの家へやってきた。
「私もあんたたちの仲間に入れてちょうだい。魔法が使えるんだから、ニルスよりずっと役に立つと思うわ。あいつ、喧嘩になるとすぐ後ろに隠れちゃうんでしょう?」
「お前だって、あのとき泣いてたじゃねえか。あんな弱っちい連中に捕まるようじゃ、俺の手下にはまだ早いんじゃねえの?」
「あのときは母さんがいたから大きな魔法を使えなかっただけよ!」
「へえ、じゃあ見せてみろよ。俺は口だけの奴が嫌いなんだ。そこにある丸太を吹っ飛ばせたら、仲間に入れてやってもいいぜ」
セリナはそこらに転がっていた丸太を火炎魔法で粉々に吹き飛ばした。飛び散った火の粉が枯れ草に燃え移り、森の半分ほどを焼く大騒ぎになったが、ガルドはその景気の良さがすっかり気に入り、仲間に入れてやることにした。
最後に加わったのがリッカだった。
赤い瞳を持って生まれた少女で、村では魔女の子だの、魔物の血が混じっているだのと囁かれていた。家畜が死んでも、畑が枯れても、誰かが病気になっても、何かにつけてリッカのせいにされたらしい。
初めて会ったとき、リッカは長い前髪で目を隠していた。ガルドが邪魔くさそうだと言って髪をかき上げると、少女はひどく怯えた顔をした。
「やめて! 目を見せちゃ駄目なの。みんな、あたしを見ると怖がるから……」
「何でだよ。別に赤いだけじゃねえか。お前、それで何かできんのか? 目から火でも出せるってんなら面白えけど」
「……できないよ。あたし、何にもしてないもん。牛が死んだのだって、あたしのせいじゃないし、井戸の水が腐ったのも知らないんだから」
「だったら何で隠してんだよ。馬鹿みてえ。まあいいや、お前も俺の手下になれよ。その目、結構格好いいじゃねえか。セリナの魔法みてえに何かできるようになったら教えろよ」
ついでにリンゴみたいで美味そうじゃねえかと言ってやると、リッカは頬を真っ赤にして黙り込んだ。怒ったのかどうかは知らないが、それ以来、村の悪ガキは四人でつるむようになった。
ガルドは自分たちの集団にアルティメットドラゴンブレイカーズという名前をつけ、将来は世界中の竜を叩き潰してやると宣言した。ニルスは笑いながら拍手し、セリナは腹を抱えて笑い、リッカは目を輝かせて賛成してくれた。三人とも気に入ったらしい。
その頃から、村ではガルドたちをひどく恐れるようになった。
ガルドは喧嘩になれば相手が動かなくなるまで殴るし、セリナは気に食わない相手の家を燃やす。リッカは弓を覚え、嫌がらせをしてきた村人の窓へ矢を射込むようになった。ニルスだけは相変わらず喧嘩をしなかったが、追いかけてくる大人たちのために罠を仕掛けたり、仲間の武器を修理したりと、それなりに悪事へ加担している。
当然、村人たちも黙っていたわけではない。何度も村長のもとへ押しかけ、どうにかしてくれと訴えたが、当の村長からしてガルドには散々痛い目に遭わされている。
村の男たちが総出で取り押さえようとしたこともあったが、結果は怪我人を増やしただけ。おまけにガルドはやられたことを根に持つので、仕返しまで覚悟しなければならなかった。
ならば領主に訴えればよいと思うかもしれないが、こんな田舎村から出した手紙が貴族の手元まで届くはずもない。そもそも村人たちにとって、領主とは税を納められなかったときに罰を与えにくるだけの存在である。
領内の小さな村で子供たちが暴れている程度のことに、わざわざ兵を派遣してくれるとは思えなかった。今のところ死人は一人も出ていないのだから、なおさらだ。
それに、村人全員がガルドたちを追い出したがっていたわけでもない。
確かに乱暴で、手加減を知らず、気に入らないことがあればすぐに拳を振るう悪ガキどもだ。しかし、彼らが手に負えないほど暴れるときは、大抵その前に誰かが余計なことをしている。
夫を亡くした女にしつこく言い寄ったり、身寄りのない子供をいたぶったり、弱い立場の者を相手に好き勝手していた連中が、ガルドの怒りを買うことも少なくなかった。
もちろん、そんな事情があろうと家を燃やされたり骨を折られたりした側にはたまったものではない。それでも、表立って庇うことはしないまでも、ガルドたちに味方する村人はそれなりにいた。
この世には、強い者より弱い者の方がずっと多い。誰かが理不尽な目に遭っていても、見て見ぬふりをするしかない人間など珍しくもなかった。そういう者たちにしてみれば、たとえ乱暴者であろうと、弱い者がいたぶられているときに腹を立て、相手が誰であろうと殴りかかっていくガルドの存在は、必ずしも迷惑なばかりではなかったのである。
いつか自分が同じ目に遭ったとき、あいつなら助けてくれるかもしれない。そんな期待から、多少の悪事には目をつぶる者もいた。
おかげで村人たちは最後まで足並みが揃わず、ガルドたちをどうすることもできなかった。
そんなある日、村へ巡回神官がやってきた。
神官はリッカを見るなり顔色を変え、彼女の瞳には魔物の血が宿っていると断言した。何代も前に人間と交わった魔物の血が、先祖返りによって現れたのだという。
村人たちは大騒ぎになった。やはり魔女だったのだ、あの子が村へ災いを呼んでいるのだと口々に叫び、神官へ浄化を求めたのである。
リッカは必死に否定したが、神官は聞き入れなかった。魔の血が完全に目覚める前に封じなければならないと言い、彼女の腕を掴んだ。
その瞬間、神官の手が黒く変色した。
指先から生じた黒い筋が手首を這い上がり、腕から肩へ、さらに首へと広がっていく。神官は悲鳴を上げてリッカを突き飛ばしたが、今度は周囲の草が枯れ始めた。
リッカの赤い瞳には、これまでなかった細かな紋様が浮かんでいる。
神官は地面を転げ回り、やがて動かなくなった。近くにいた村人たちも次々と倒れ、逃げ出した者の中には、顔の半分が黒く変色している者さえいた。
リッカは呆然と立ち尽くしていた。
本当に魔女だったのだ。
正確には魔物の血を引く人間ということになるのだろうが、彼女自身にはそんな違いなどわからない。これまで村人たちが言い続けてきたことは、すべて本当だったのか。自分は本当に災いを呼ぶ存在だったのか。そんな考えばかりが頭の中を巡り、足元で倒れている人々の姿さえ、どこか遠いもののように感じられた。
「……ガルド。あたし、ほんとに化け物だったみたい。今まで何もできなかったのに、急にこんなことになっちゃって……どうしよう、あたし、誰かに触っただけで殺しちゃうのかもしれない」
ガルドは神官の死体を眺め、それからリッカへ顔を向けた。四人で村の守り神と呼ばれていた大魚を釣り上げたときと同じ、目をキラキラさせた楽しそうな顔だった。
「すげえじゃねえか! 何だよそれ、目で人間を殺せんのか!? めちゃくちゃ強えな! 俺にもやってみろよ、そんなもんで死ぬわけねえからさ!」
「うっかり死にそうだからやめなさいよ。リッカだって、まだ使い方がわかってないんでしょう? でも、うまく使えば相当強いわよね。私の魔法で足止めして、リッカが倒す! とか、効率が良さそうじゃない?」
「うん、二人とも喜ぶのはいいけど、まずは安全な使い方を調べようか。神官の荷物に何か資料があるかもしれないし、僕がちょっと見てくるよ」
三人とも、とても嬉しそうだった。あの大魚をどうやって食べようかと相談していたときも、こんな顔をしていた気がする。
リッカはしばらくぽかんとしていたが、やがて大きな声で笑い始めた。
その間にも、死んだ神官の身体からは赤い泥のようなものが漏れ出していた。ニルスが慌てて荷物を回収する横で、泥に触れた草が次々と黒く萎れていく。それを見たガルドはますます喜んだ。
これでアルティメットドラゴンブレイカーズは、以前よりずっと強くなった。
その晩、村長がリッカの処刑を命じた。
翌朝には村長の屋敷が焼け落ちていた。人に死ねと言うんだからお前も死ぬ覚悟があるって事だろ、とは油を撒いたガルドの発言だ。暴論だが、彼らの中では「それはそう」と問題なく納得された。むしろ、ドアや窓を外側から封じてなかっただけ慈悲深いなと自画自賛していた。
村長とその息子たちは煙にまかれて悲鳴をあげていたし、騒ぎを止めようとした自警団も半数が死んだ。神官が連れていた従者たちはとっくに逃げ出し、村の惨状を近隣の街へ知らせたという。
四人はその騒ぎを背に村を出た。
ガルドとしても、いつまでもこんな田舎にいるつもりはなかった。もっと強い奴と戦いたかったし、ニルスはもっといろんなことを知りたい、本を読みたいと偉そうなことを言っている。セリナは都会で綺麗な服を買うのが楽しみらしく、リッカも自分の瞳について調べられると喜んでいた。
幸い、今さら親に引き止められる心配もない。
そもそも、四人がつるむようになって間もなく、ニルスの両親は別の町へ引っ越していた。息子が不良になったからと見限ったわけではなく、いずれこうなることを予見していたかのように、「ガルドを選ぶのなら、そういうことだから」と告げ、ニルスの意思に任せたらしい。
セリナの母親も、村の男たちに襲われかけたあと、遠縁を頼って村を出ている。娘を連れていきたがったが、当のセリナが頑として拒んだのだ。リッカに至っては、もともと両親ともいなかった。あとは好きなところへ行くだけだ。
村を出る四人のあとを、何人かの子供が追いかけてきた。ガルドの生き方に憧れ、どうしても一緒に行きたいのだという。鞄には家から持ち出したものを手当たり次第に詰め込んできたらしく、走るたびにがちゃがちゃと音がした。ガルドは好きにしろとだけ答えた。こうして、彼らはアルティメットドラゴンブレイカーズの最初の部下となった。
それから十年ほどが経ち、今やアルティメットドラゴンブレイカーズは王国最大の盗賊団として知られている。
街道を押さえて商隊を襲い、ときには領主の城まで攻め落とす。各地からならず者や脱走兵、食い詰めた傭兵たちが集まり、地方の軍隊では手に負えないほどの勢力に膨れ上がっていた。
当のガルドは、そんなことには大して興味がない。腕の立つ剣士がいると聞けば会いに行き、難攻不落の砦があると知れば攻め落としたくなる。自分を馬鹿にした貴族の屋敷を襲うこともあれば、単に城が立派で気に食わないという理由で攻撃を始めることさえあった。
自分の強さを見せつけ、相手が恐れおののく姿を見るのが大好きなのだ。威張っていた連中が泣いて許しを乞うようになれば、それだけで腹を抱えて笑ってしまう。
やっていることは子供の頃とほとんど変わらない。ただ、今ではその気になれば城ひとつ潰せるほどの武力を身につけてしまったので、周囲にとってはたまったものではなかった。
一方で、金にはさっぱり執着がなかった。欲しいものがあれば奪えばよいし、食べたいものがあれば手下が持ってくる。上等な剣も、強い馬も、豪華な食事も、欲しいと言えば誰かが用意してくれるのだから、そもそも金を使う機会がない。
そのため、部下に対しては驚くほど気前がよかった。城から運び出した金貨も、商隊から奪った宝石も、本人はほとんど使わない。
手下が欲しがれば好きに持っていけと言うし、働きがよかったと聞けば、宝物庫を開けて好きなものを選ばせることさえある。誰がどれだけ持っていこうと気にならないので、そのあたりの細かいことはすべてニルスやセリナに任せていた。
「ガルドくん、こういうのは持っているだけでも威厳が生まれるんだから、何でもかんでも配っちゃ駄目だよ。いざというときに必要になるかもしれないし、せめて価値のあるものは取っておこうよ」と、ニルスはぶつぶつ言いながら勝手に宝物庫へ溜め込んでくれるし、セリナはセリナで、「これとこれは私とリッカの取り分ね。ニルスはここらの本とかでいいでしょ。私たちが良いものを持ってないと舐められるんだから、あんたも少しは身なりに気を使いなさいよ」と、勝手に分配してくれる。まったく頼れる奴らだ。
あるとき、討伐軍を撃退した傭兵隊長が、褒美を求めてやってきた。
「ガルド様、今回の戦いでは部下を十七人失いまして、残った者にも怪我人が大勢おります。つきましては、少しばかり報酬をいただければと……」
「何だよ、金なら勝手に持ってけって言ってんだろ。お前らが奪ったもんなんだから、いちいち俺に聞くなよ。そんなことより、あの騎士団にいた槍使いは何者だ? あいつ、なかなか面白かったじゃねえか」
「はっ、ありがとうございます! あの男は元々王国の近衛騎士団に所属しておりまして、今回は地方軍の指揮を任されていたようです。ただ、ガルド様が討ち取られましたので、もう生きてはおりません」
「何だ、殺してたか。もう一回くらい戦ってみたかったのによ。まあいいや、似たような奴がいたら連れてこいよ。今度はもうちょっと遊べるといいな」
隊長は感激して深々と頭を下げた。
ガルドにとっては、部下が十七人死のうと、残った連中が怪我をしようと、大して気にするようなことではない。それよりも、せっかく見つけた面白い相手と二度と戦えないことの方がよほど残念だった。
しかし、隊長の受け取り方は違った。
以前仕えていた領主は、戦場でどれほど死傷者が出ようとろくに補償せず、報酬を求めれば何かと難癖をつけて減額しようとしたものだ。それに比べて今の首領はどうだろう。奪った金は好きに使わせてくれるし、使い道を尋ねることさえしない。これほど気前のよい雇い主など、そうそういるものではなかった。
隊長から話を聞いた部下たちも大喜びした。死んだ仲間の家族にも十分な金を渡せるし、怪我人の治療費を差し引いても、まだたっぷり手元に残る。おかげで傭兵たちの士気はますます上がり、以前にも増して熱心に働くようになった。
酷く冷える冬の夜、ガルドたちのもとへ姉弟がやってきた。見るからに弱々しい二人が、悪漢どもの巣窟を訪ね、その首領に会わせてほしいと申し出たのである。
普通の盗賊団なら、首領の耳に入る前に追い払われるか、身ぐるみを剥がされるかしていただろう。しかし、アルティメットドラゴンブレイカーズは普通の組織ではない。
ガルドの考え方にすっかり馴染んだ部下たちは、わざわざ自分たちを訪ねてきた物好きがいると聞いて、素直に上へ取り次いだ。
二人とも目元を布で覆い、ぼろぼろの服を着ていた。赤い瞳を理由に村を追われ、何日も森を歩いてきたらしい。姉は弟の手を握りしめ、拠点の門番へ何度も頭を下げていた。
「ここに、赤い目の魔女様がいらっしゃると聞きました。私たちも同じなんです。ずっと隠して暮らしていたんですけど、布が外れたところを村の人に見られてしまって……。お願いです、どうか弟だけでも置いていただけませんか」
話を聞いたニルスは、ひとまず二人を建物の中へ案内した。温かい食事を与え、汚れた服を着替えさせてから、ちょうど帰ってきたリッカに会わせる。事情を聞いたリッカは、さっそく二人の顔を覗き込んだ。
「あたしと同じなんだって? ねえ、ちょっと布を外して見せてよ。お揃いなのにそんなもので隠してたらもったいないじゃん。ほら、あたしの目なんか、今はこんなこともできるんだよ!」
リッカの瞳に細かな紋様が浮かび、机の上に飾られていた花が黒く萎れた。姉弟は息を呑み、しばらく花とリッカの顔を見比べていた。
「本当に……魔女様なんですか? 私たちも昔からそう呼ばれてきたんです。でも、何の力もなくて、ただ目の色が違うだけなのに……」
「あたしも最初はそうだったよ。昔、神官に捕まえられそうになったときに、急に力が出てきたんだ。あいつ、触った途端に真っ黒になって死んじゃったんだけど、ガルドがすごいって褒めてくれたんだよね」
「……褒めて、くれたんですか? 人を殺したのに?」
「そりゃあ、強えんだから褒めるだろ!」
いつの間にか部屋へ入ってきたガルドが、当然のように答えた。どうやら途中から話を聞いていたらしい。
「お前らもリッカみてえなことできんのか? できるなら今度の喧嘩に連れてってやるぞ。できねえなら、リッカの手下にでもなっとけよ。俺の手下に弱え奴が何人増えたって、今さら変わんねえからな」
姉弟が呆然としているうちに、ガルドはさっさと出ていってしまった。本人にしてみれば、わざわざ考えるほどのことでもなかったらしい。
リッカは笑いながら二人の布を外してやり、ようやく現れた赤い瞳を嬉しそうに眺めた。それからニルスに新しい寝床を用意してもらうよう頼み、姉弟を自分の部下として迎え入れることにした。
その夜、姉弟は久しぶりに目を隠さず眠ったという。
やがて、この二人の話が各地へ広まり、赤い瞳を持つ者たちがアルティメットドラゴンブレイカーズを頼って集まるようになった。
赤い瞳を不吉なものとして恐れる土地は多い。生まれたときから目を隠して育った者もいれば、魔女狩りを逃れて森に潜んでいた者もいる。なかには、家族に売られた子供までいた。
彼らにとって、同じ赤い瞳を持ち、しかも本当に呪いを操るリッカは特別な存在だった。かつて村人たちが恐れたとおり、彼女は魔物の血を引く化け物である。しかし、リッカ自身はそれを恥じるどころか、誇らしげに自分の出自を語り、瞳を隠そうともしない。そればかりか、同じ特徴を持つ者たちを集めて呪術の研究まで始めていた。
もちろん、赤い瞳を持つ者すべてが呪いを使えるわけではない。それでも、何代も眠っていた魔物の血が目覚める者は、リッカのほかにも存在した。
幻覚を見せる者、病を広める者、他人の魔力を奪う者。能力はそれぞれ異なり、リッカのもとで使い方を覚えるうちに、かつて自分たちを迫害してきた人間へ復讐する者も現れ始めた。
リッカはそれを止めなかった。自分だって昔の村人たちには散々ひどい目に遭わされている。仲間が同じような相手を呪い殺したいと思うなら、好きにすればよい。人間に紛れて平穏に暮らしたい者は、それでも構わない。
ただし、赤い目を化け物と蔑む連中には相応の報いを与えるべきだ。お前たちが化け物と呼んだものがどれほど恐ろしいか、身をもって教えてやらなければならない。
やがて各地に赤い瞳を持つ者たちの集落が生まれ、リッカの配下も膨れ上がっていった。領主が魔女狩りを命じれば、その領地へ彼女の手下が送り込まれる。村が焼かれ、騎士団が原因不明の病に倒れ、神官が呪いを受けて死ぬことも珍しくなくなった。
リッカは各地を飛び回り、呪術の研究から配下の世話、迫害者への報復まで忙しくこなしていた。ガルドはそんな彼女を見て、なかなか立派になったものだと大いに喜んでいる。
「昔は泣いてばっかだったのによ。今じゃ自分の手下を連れて城まで攻めてんだから、大したもんだな。やっぱ俺の手下は強くなくちゃな!」
「リッカはもともと負けず嫌いだったからね。今は自分の力を使うのが楽しくて仕方ないみたいだよ。でも、最近は各地から人が集まりすぎて、住む場所が足りなくなってきたんだ。新しい拠点を用意しないといけないね」
「だったら城でも奪えばいいだろ。南の方に立派なのがあったじゃねえか。あそこの領主、俺のことを田舎者とか言ってやがったし、ちょうどぶっ飛ばしたかったんだよ」
「うーん、あそこは城の造りはいいけど、周囲の畑が少ないんだよなあ……。人が増えるなら、もう少し食料を確保しやすい場所の方がいいと思う。今度、候補をいくつか調べておくよ」
ガルドが何かやりたいと思えば、まずニルスに声をかける。ニルスはそれを聞いて、ガルドが好きに暴れられるよう裏で手筈を整えた。小さな村でつるんでいた頃から、二人のやることは何も変わらない。そうしてまた一つ、王国から領地が失われた。
城を攻め落としたガルドは、あとのことをニルスとリッカに任せ、さっさと別の喧嘩相手を探しに出かけてしまった。新しく手に入れた城には赤い瞳を持つ者たちが住み着き、周囲の畑では彼らを養うために農民が働いている。街道には物資を運ぶ商隊が行き交うようになり、その護衛もアルティメットドラゴンブレイカーズが引き受けていた。
もちろん、彼ら自身がほかの商隊を襲うこともある。自分たちの荷物を盗まれるのは許せないが、他人の荷物を奪うのは一向に構わない。ガルドはそう考えていたし、手下たちも大方同じだった。
こうして、盗賊団の勢力は広がり続けた。
ガルドが直接顔を知っている四百人ほどの幹部たちは、それぞれ数十人から数百人の部下を抱え、さらにその下にも大勢の人員を従えている。
各地の支部や協力組織まで含めれば、正確な人数を把握するのはニルスでも難しい。支配下に置いた街や村の住民、物資の輸送を担う商人、盗賊団へ税を納める領主たちまで数えれば、もはや一国の勢力にも匹敵する規模に膨れ上がっていた。
しかし、ガルドはそのほとんどを知らなかった。自分が名前を覚えている者だけが手下であり、それ以外は手下の手下か、勝手についてきた連中という認識なのである。
ニルスも、わざわざ訂正する必要はないと思っていた。ガルドに数万人もの人員を管理させるなど、考えただけでも恐ろしい。本人が好き勝手に喧嘩をしている間に、こちらで組織を動かした方が何かと都合がよかった。
ガルドにとって、世界は実に住みやすい場所だった。その暮らしを支えるために、どれほど多くの人間が働いているのかなど、考えたこともない。
愉快で平和で面白可笑しい日々を送っていた、ある日のこと。王国から討伐軍が派遣されてきた。
これまでにも何度か討伐隊が送り込まれてきたが、今回は随分と大掛かりらしい。国王直属の騎士団に加え、各地の領主から兵が集められ、魔法使いや神官まで従えているという。
指揮官の名前を聞いたガルドは、大喜びした。
セイクロッド・ギルザン。かつて魔王軍を打ち破った大英雄アルヴァルトの息子にして、若くして王国屈指の剣士と称される男だという。
英雄の息子。その肩書きには、ガルドも少々思うところがあった。何しろ、幼い頃に母親を騙した詐欺師が勝手に名乗っていた男の息子なのである。しかも、本物は相当に腕が立つらしい。これはぜひとも一度、戦ってみなければならない。
「おい、ニルス! そのセイクロッドって奴、いつ来るんだよ。英雄の息子なんだから、当然強えんだろ? 楽しみだなあ、この前の剣どこだっけ、あのかっけえやつ。あれ使おう。いや、いつも通りのやつの方が俺らしいか?!」
「デート前の女の子みたいになってる……。もう国境に近いところまで来てるらしいから、そう遠くないと思うよ。でも今回は向こうも本気だから、ほかの人たちがやられないように準備しないとね」
「そんなもん、俺が全部ぶっ倒してやりゃいいだろ。お前らは適当に後ろへ下がってろよ。せっかく面白え奴が来るってのに、邪魔されたらたまんねえからな」
「うん、君ならそう言うと思ったよ。でも、せっかく集めた仲間たちが無駄死にするのは困るからね。僕たちにも仕事をさせてほしいな。君が気持ちよく戦えるように、こっちで準備しておくからさ」
ニルスはいつものように困った顔で笑っていた。ガルドもそれ以上は文句を言わず、戦の準備を任せることにした。
セリナは魔法使いたちを集め、リッカは赤い瞳を持つ者たちへ指示を出した。各地の拠点から兵が集結し、物資が運び込まれ、城塞の周囲にはいくつもの防衛陣地が築かれていく。そのすべてを取り仕切っているのがニルスであることは、今さら言うまでもない。
しかし、王国軍は予想以上に手強かった。
セイクロッドは父親譲りの剣の腕だけでなく、指揮官としても優秀な男だった。
ガルドの軍勢と正面からぶつかることを避け、補給路を断ち、各地の拠点を一つずつ攻略していく。さらに、リッカの呪いへ対抗するため、王国中から神官や魔法使いを集めていた。呪術を封じる結界が張られ、赤い瞳を持つ者たちは思うように力を発揮できず、セリナの魔法も、十分な対策を施した騎士団には以前ほど通用しない。
ニルスは何度も部隊を移動させ、防衛線を立て直したが、それでも少しずつ追い詰められていった。
一方、ガルドはといえば、これがもう楽しくて仕方がなかった。
何しろ、久しぶりにまともな喧嘩ができたのである。自分がどれほど強くても、相手があっさり倒れてしまっては面白くない。
ところがセイクロッドは違った。正面から剣を交えれば互角に渡り合い、少しでも隙を見せれば容赦なく斬り込んでくる。こちらの攻撃を受け止めるばかりか、油断すれば本当に殺されかねないのだから、たまらなく愉快だった。
何度か戦場で顔を合わせるうちに、ガルドはすっかり彼を気に入ってしまった。どうやら自分の人生に足りなかったのは、こういう好敵手だったらしい。今までいなかったのが不思議なくらい、ぴったりの相手が見つかったものだ。
しかし、セイクロッドの方はそうではなかった。彼にとってガルドは王国最大の脅威であり、何としてでも討伐しなければならない相手だった。
そもそも、セイクロッドにはガルドという男がさっぱり理解できなかった。暴力的で短絡的、気に入らないというだけで城を攻め落とし、戦場では敵兵を殺して大笑いしている。ところが、そんな男のために命を投げ出す部下が大勢いるのだから不思議なものだ。
それも、恐怖によって従わされている様子ではない。武器を失っても、手足の一部を失っても、ガルドを守ろうと身を挺して飛びかかってくる。
なかには、もはや立っているのもやっとという有様で、それでも首領の前に出ようとする者までいた。その覚悟たるや、主君を守る聖騎士にも劣らない。
では、ガルドはそれほど部下に慕われる立派な人物なのかといえば、どうにもそうは思えなかった。
「あぶねえな馬鹿野郎が! 死ぬぞ! 俺の前に出てくんじゃねえよ!」
あるときは、片腕を失いながらも自分を庇おうとした部下を見つけ、怒鳴りつけながら後方へ放り投げていた。ほかにも、盾になろうと飛び出してきた者を蹴り飛ばしたり、襟首を掴んで引きずり下ろしたりと、なかなか乱暴な扱いである。
部下の命を惜しんでいるのかと思えば、別の戦場では大勢の死傷者を出したことなど気にも留めず、敵に強い剣士がいたと聞いて喜んでいる。負傷者を見舞うでもなく、戦死者を悼むでもなく、ただ次の戦いの話をしているのだから、慈悲深い人物とは到底思えない。
それなのに、部下たちは誰一人としてガルドを恨む様子もなく、ますます熱心に彼を守ろうとするのだ。
セイクロッドは多くの将兵を率いてきたが、これほど理解しがたい主従関係は見たことがなかった。
そもそもガルド自身、彼らに守られることを望んでいるのかどうかさえ怪しい。何しろ、部下が必死になって自分の命を守ろうとしている横で、本人は傷だらけになりながら楽しそうに笑っているのである。
何がそれほど愉快なのか。セイクロッドには最後までわからなかった。
両者の戦いは、やがて大盗賊団の本拠地へと移った。王国軍は各地の拠点を制圧しながら包囲を狭め、ついに城塞を取り囲むことに成功した。
そして包囲が完成したその日、ガルドはセイクロッドと最後の一騎打ちに臨んだ。
激しい戦いとなった。
ガルドは幾度も相手を斬りつけ、セイクロッドも持てる技術のすべてを尽くして応戦する。互いの剣が肉を裂き、鎧を砕き、足元の土が血で濡れていった。どちらもとうに重傷を負っていたが、剣を収めようとはしなかった。
やがて、ガルドの身体が大きく傾いた。
セイクロッドの剣が脇腹を深く裂き、膝から力が抜けたのである。普通ならそのまま崩れ落ちてもおかしくない傷だったが、ガルドは踏みとどまった。血を吐きながら笑い、再び剣を構える。
セイクロッドは思わず歯を食いしばった。
この男は、いったい何がそんなに楽しいのだろう。
そのとき、セリナとリッカが助けに入ろうとした。二人とも傷だらけで、魔力もほとんど残っていない。ニルスも片腕を負傷していたが、どうにか逃走経路を確保しようと戦場に残っている。
ガルドは三人を見た。
それから、腹を立てた。
「俺が戦ってんだから、余計なことすんじゃねえ!」
セリナは何か言い返そうとしたが、すぐ近くへ魔法が着弾し、地面が大きく抉れた。リッカが呪いを放って騎士たちの動きを止める間に、ニルスは周囲を見回した。どこを見ても敵ばかりで、これ以上持ちこたえられるとは思えない。このままでは全員が死ぬ。それだけは嫌というほどわかっていた。
「ガルドくん、退路を用意してるんだ! あそこまで戻れれば、まだ逃げられると思う。だから、今は少しだけ下がってくれないかな。君がいなくなったら、僕たちはどうしたらいいのかわからないよ!」
ガルドは思わず笑ってしまった。ニルスがこんな顔をするのは久しぶりだ。昔、川辺でいじめられていた頃と同じ、今にも泣き出しそうな情けない顔をしている。まったく、いくつになっても変わらない奴である。
「馬鹿野郎。俺がこんなもんで死ぬかよ。お前らこそ、さっさと逃げやがれ。せっかく面白くなってきたってのに、俺の喧嘩を邪魔すんじゃねえって何度言わせりゃ気が済むんだ」
「ガルド!あんた一人で何ができるっていうのよ!私たちだってまだ戦えるんだから、勝手に決めないでちょうだい!」
「うるせえな!俺が一番強えんだから、俺の言うことを聞け!」
セリナがさらに言い返そうとしたところで、ガルドは三人をまとめて掴んだ。そのままニルスが用意していた退避用の魔導具へ向かって、思い切り放り投げる。
三人の身体が光に包まれた。セリナが悲鳴を上げ、リッカがこちらへ手を伸ばし、ニルスも何か叫んでいる。だが、誰一人としてガルドのもとへ戻ることはできず、その姿は光の中へ消えていった。
しかし、ガルドには聞こえなかった。光が消えたあと、そこにはもう誰もいない。ガルドは満足げに笑った。これで邪魔者はいなくなったのだから、あとは目の前にいる英雄の息子をぶっ倒すだけである。
「さあ、続きだ!今度こそ、どっちが強えか決めようじゃねえか!」
血まみれの身体で剣を振り上げるガルドを見て、セイクロッドはふと、この男は子供のまま大きくなってしまったのではないかと思った。
あまりにも無邪気な笑顔だったからだ。全身に深手を負い、もはや立っていることさえ難しいはずなのに、目の前の強敵と戦えることが嬉しくてたまらないらしい。まるで新しい遊び相手を見つけた子供のように、こちらへ笑いかけてくる。
もしかすると、ガルド・レインという男は、ひどく素直で純粋な人間だったのかもしれない。
強いものが好きで、弱いものが威張っていると腹を立て、気に入った相手には惜しみなく与える。自分の欲求にどこまでも正直で、そこには打算も遠慮もない。だからこそ恐ろしく、これほど多くの人間を不幸にしてきたのだろう。
もし、幼い頃に誰かがこの男へ『正しさ』を教えていたなら、何かが変わっていたのだろうか。
恐怖で縛らずとも部下を従え、自ら命を投げ出してまで守ろうとする者がいる。つい先ほども、三人の仲間が死を覚悟して助けに駆けつけていた。人を惹きつける力も、長い年月をかけて築いた信頼も、確かにこの男は持っているのだ。
それほどのものを持ちながら、なぜ悪の道をひた走ったのか。どうして、その力を人々を守るために使おうとは思わなかったのだろう。
セイクロッドには、とうとう理解できなかった。
だが、今さら考えたところで答えが出るとも思えない。何より、目の前の男はそんなことを考えてすらいないだろう。自分がどれほどの悪事を働いてきたのか、どれだけ多くの人間に憎まれているのか、それさえ大して気にしていないのだから。
ただ、セイクロッドにもひとつだけわかることがあった。
ガルドは今、心の底から自分との戦いを楽しんでいる。そして、最後まで全力で戦うことを望んでいた。
ならば、その望みに応えよう。
セイクロッドは剣を握り直した。父から受け継いだ剣技の中でも、最も威力が高く、最も習得が難しいとされる必殺の一撃。これまで幾度も自分の命を救ってきたその技を、今度こそ全身全霊をもって放つつもりだった。
相手がどれほどの悪党であろうと、これほどの剣士に手加減することは、かえって無礼というものだろう。
ガルドが笑った。
セイクロッドも剣を振り上げ、真正面から迎え撃った。
そして、その戦いが終わったとき、ガルド・レインは死んでいた。
王国史上最大の盗賊団を率い、幾つもの街を滅ぼし、数えきれないほどの人間を殺した大悪党は、こうして正真正銘の英雄の息子によって討伐されたのである。
王都では盛大な祝宴が開かれた。国王はセイクロッドの功績を称え、人々は若き英雄の帰還を喜んだ。かつて魔王軍を打ち破った大英雄アルヴァルトの息子が、今度は王国最大の盗賊を討ち取った。父親に続いて国を救った英雄として、セイクロッドの名は各地へ広まり、誰もがようやく平和が戻ってくるものと信じていた。
ところが、ガルドの死から間もなく、王国各地で奇怪な事件が相次いだ。討伐に参加した騎士たちが次々と呪われ、街道を行く補給部隊が襲撃され、王国の重要施設が炎に包まれる。
当初は大盗賊団の残党による散発的な報復だと思われていたが、いくら討伐隊を送り込んでも被害は収まらず、それどころか日を追うごとに襲撃の規模が大きくなっていった。
王国軍は確かにガルド・レインを討伐した。しかし、アルティメットドラゴンブレイカーズを壊滅させたわけではなかったのである。
そもそも王国側は、盗賊団の規模を正確に把握していなかった。ガルドが直接率いていた数百人は確かに壊滅したものの、その下には膨大な数の部下がいる。各地の拠点や支部、協力組織、さらには赤い瞳を持つ者たちの集落まで含めれば、王国軍が討ち取ったのは全体のほんの一部に過ぎなかった。
そして何より、ガルドが好き勝手に暴れ回っている間、それらすべてを管理し、組織を動かしてきた男がまだ生きていた。
ガルドの死後、ニルスは残された組織をまとめ直した。もともと運営を一手に引き受けていたのだから、仕事そのものは難しくない。
各地の隊長へ連絡を送り、途絶えていた物資の輸送を再開し、戦力を再編する。失った拠点の代わりに新しい拠点を設け、離反しようとする者には十分な報酬を提示した。首領が死んだことで組織が崩壊すると考えていた者もいたようだが、実際にはニルスが命令を出せば、これまでと同じように何万人もの人間が動いた。
ただ、一つだけ以前と違うことがあった。
もう、ガルドはいない。
自分が危険な目に遭えば必ず助けに来てくれた、あの乱暴で、馬鹿で、誰よりも強かった男は、どこにもいなくなってしまった。
ニルスは何度か、ガルドの名前を呼びそうになった。新しい武器が完成したとき、珍しい鉱石が手に入ったとき、面白い仕掛けを思いついたとき。いつものように、ねえガルドくん、ちょっと見てほしいんだけど、と声をかけようとしてしまう。
そういうときは、少しだけ仕事の手を止めた。
ガルドは昔から、ニルスの作るものを面白がってくれた。出来上がったばかりの道具を勝手に持ち出し、壊して帰ってきたことも一度や二度ではない。何に使うのかも理解しないうちから、すげえな、もっと作れよ、と喜ぶものだから、ニルスもついつい張り切ってしまったものだ。
今では誰も勝手に持ち出さないし、完成したものはきちんと倉庫へ運ばれる。おかげで管理が随分と楽になった。
セリナは王国軍の拠点を襲うことに執着していた。何かにつけて討伐戦の話を持ち出し、あのとき自分がもう少し魔力を残していれば、などと腹を立てている。
リッカに至っては討伐に参加した人間の名前を一人ずつ調べ上げ、本人だけでなく、その家族がどこに住んでいるのかまで記録していた。
ニルスは二人を止めなかった。
自分も同じことを考えていたからだ。
ガルドを殺した人間たちを、一人残らず殺してしまいたい。
そんなことを本気で考えるのは、生まれて初めてかもしれない。
もちろん、ニルスは理解している。ガルドが自分の死を恨んでいるかといえば、そんなことは絶対にないだろう。
ガルドは自分のやりたいことをやりたいようにやり、最後には念願の強敵と戦って死んだ。きっと満足しているに違いない。自分が死んだあとのことなど考えてもいなかっただろうし、仮に死者と話ができたとしても、復讐してほしいなどと言い出すはずがなかった。そんな暇があるなら、好きなことをして遊んでろよ。俺は好きなようにやったぜ。きっと、そう言って笑うのだ。
ニルスには簡単に想像できた。セリナもリッカも、同じように考えているだろう。何しろ、幼い頃からずっと一緒にいたのだから、あの馬鹿が何を考えているのかくらい、誰よりもよく知っている。
それでも、許せなかった。
どれだけ悪党でも、どれだけ馬鹿でも、どれだけ考えなしでも、自分より先に死んでほしくなかった。
あの男が自分たちを逃がしたことも、ニルスには腹立たしかった。ガルドにしてみれば、邪魔な連中を放り出して喧嘩の続きを楽しんだだけなのだろう。三人がどんな思いで逃げ延び、そのあと何をすることになるのか、考えてもいなかったに違いない。
まったく、最後の最後まで勝手な奴だ。
ある夜、ニルスはセリナとリッカを呼んだ。机の上には、以前から何度も使っている王国の地図が広げられている。各地には赤い印が増え、王国軍の駐屯地や補給路、新たに赴任した指揮官の名前まで細かく書き込まれていた。
「二人とも、今度のことなんだけどね。王国軍が次にどこへ兵を動かすか、だいたい予想がついたんだ。セイクロッドの軍はまだ王都に残っているし、今のうちに地方の拠点を削っておこうと思う。こっちの戦力もかなり減っているから、なるべく正面から戦わずに済ませたいんだよね」
セリナは地図を覗き込み、北部の街道へ指を置いた。
「それなら、ここを先に押さえた方がいいわ。王都へ物資を運ぶ道でしょう? あの男がガルドを殺した功績でどれほど偉くなろうと、兵隊に食べさせるものがなければ戦えないものね。ついでに倉庫も焼いてしまいましょうよ。補給部隊だけ狙うより、ずっと困るんじゃないかしら」
「ねえ、ニルス。あたし、セイクロッドの顔を直接見たいんだけど、いつになったら会えるかな。ガルドを殺したくせに英雄様だなんて、ずいぶん偉そうじゃない。あいつの目を見て、どんな顔で呪われるのか確かめてみたいんだ。ガルドが死んだとき、どんな顔をしていたのかも聞きたいし」
「そのうち会えるよ。でも、彼はかなり強いから、今度はちゃんと準備しないとね。ガルドくんでも倒せなかった相手なんだから、僕たちだけで正面から戦うのは難しいと思う。時間をかけて、少しずつ追い詰めていこうか。逃げ道がなくなれば、向こうから出てきてくれるだろうしね」
ニルスは穏やかに笑った。その顔は、川辺でガルドに助けられた頃とほとんど変わっていない。
昔から、仲間の面倒を見るのはニルスの役目だった。ガルドが道を間違えれば教えてやり、セリナが怒れば宥め、リッカが何か欲しがれば作ってやる。三人が好き勝手にやっている間、あれこれ世話を焼くのが楽しかったし、今でもそれは変わらない。
ガルドの世話をする必要だけが、なくなってしまったけれど。
それでも、やることは変わらない。セリナが王国軍を焼き払いたいと言うなら、そのための準備を整える。リッカがセイクロッドを呪い殺したいと言うなら、彼の居場所を突き止めればよい。必要なものを揃え、邪魔になるものを先に片づけておくのは、昔からニルスの得意分野だった。
それに、ガルドを殺した男が死ぬところは、自分の目で見届けたかった。
「それじゃあ、始めようか。まずは北部の支部へ連絡して、輸送部隊を動かすことにするよ。セリナは魔法使いたちを集めてくれるかな。リッカには、王都にいる人たちへ手紙を送ってほしいんだ。今回はガルドくんがいないから、僕たちだけで頑張らないとね」
セリナは満足そうに頷き、リッカは赤い瞳を輝かせた。
翌朝、王国北部の街道で、討伐軍の補給部隊が消息を絶った。同じ頃、南部では騎士団の駐屯地が炎に包まれ、西部では領主の一族が原因不明の呪いに倒れている。
王国軍は慌てて調査を始めたが、兵を派遣すれば別の場所が襲われ、そちらへ向かえば今度は手薄になった拠点が奪われる。討伐軍に協力した貴族の屋敷では使用人が次々と失踪し、王都の神殿には、赤い瞳の魔女から届いたという手紙が残されていた。
大盗賊団の首領は、確かに死んだ。
しかし、腹心の三人は生き残っている。
かつて村人たちから恐れられた赤い瞳の少女は、今では幾千もの同族を従える魔女となり、幼い頃に母親とともに男たちから傷つけられていた娘は、全てを焼き払う魔法使いへ成長した。そして、川辺で石を投げられて泣いていた少年は、王国全土に広がる大盗賊団を動かし、何万人もの人間に命令を下す参謀になっていた。
その三人を従えたのは、ガルド・レインという男である。
世界中の誰もが彼を大悪党と呼ぶだろう。王国の歴史書にも、数えきれないほどの人間を殺し、幾つもの街を滅ぼした恐ろしい盗賊団の首領として、その名が残るに違いない。
しかし、三人にとっては関係のない話だった。ガルドは彼らを仲間にしてくれた。一緒に生き、最後まで守ってくれた。それだけで十分なのである。
ニルスにとっては、どれだけ成長しても手のかかる、大切な弟分。セリナにとっては、誰も助けてくれなかったあの夜に現れ、母親と自分を救ってくれた男。そしてリッカにとっては、忌み嫌われていた赤い瞳を初めて褒めてくれた、世界で一番強くて格好いい、大好きな男の子だった。
三人にとって、ガルドは恩人であり、守護者であり、英雄でもある。ほかの誰が何と言おうと、そのことだけは変わらない。
当のガルドは、自分の人生を存分に楽しみ、最後には自分より強いかもしれない相手と戦って死んだ。きっと未練などひとつもないだろう。自分を殺したセイクロッドのことさえ恨まず、たいした奴だったと笑って褒めるに違いない。
だから、三人がこれから行うことは、ガルドのための復讐ではなかった。
ただ、許せなかった。もう二度と、あの大きな笑い声が聞こえない。これからどれほど面白いものを見つけても、どれほど強くなっても、どれほど立派な城を手に入れても、真っ先に見せたい相手がどこにもいないのだ。
それなのに、王都では盛大な祝宴が開かれ、人々は平和が戻ったと喜んでいるらしい。自分たちはこんなにも苦しいのに、どうしてあいつらは笑っているのだろう。ガルドが死んだというのに、どうして何事もなかったように暮らしていけるのか。
ならば、思い知らせてやればいい。大切な人を失うことが、どれほど悲しく、腹立たしく、どうしようもないことなのか。明日から先の人生が、どれほどつまらないものになってしまうのか。自分たちと同じように苦しめばいいし、悲しめばいい。もう嫌だと泣き叫んだところで、決して許してなどやらない。
ガルドが聞いたら、何と言うだろう。
「いや、俺たちも同じようなことしてたんだから、お門違いじゃねえか? 散々好き勝手やってきたんだしさ……」
きっと、そんなふうに突然まともぶったことを言って、三人の梯子を外してくるに違いない。あの男には、変なところで自分を客観視する癖があった。自分たちだって散々奪って殺してきたのだから、今度は自分たちが奪われようと殺されようと仕方がない。普段はあれほど無茶苦茶なくせに、こういうときだけ妙に筋が通るのだから腹立たしい。
だが、残念ながら三人はガルドほど物分かりがよくない。自分の方が先に死んでいたなら、きっと同じように笑えただろう。誰かに殺されたとしても、まあ仕方ないよね、因果応報ってやつだよねと納得できたかもしれない。
ガルドが先に死んでしまったばかりに、三人揃っておかしくなってしまったのだ。
これから始まるのは、復讐などという立派なものではない。
長い、長い、八つ当たりだった。
(Xから参照)
・ガルドは盗賊団率いている方が物理的に強い(遠慮なく大暴れするのであらゆるレベルがグングンあがるから)
冒険者してると理性とか必要な部分があるから、倫理無視レベリングとか出来ないゆえに。
・IFで神官が村に来たのは悪ガキ共があまりにもやばいので何度も領主に手紙を送った結果「うるせえな神に祈っとけ」くらいの気持ちで送られたからなので、正史の方では常識の範囲内の素行不良だったためリッカと神官はエンカウントしなかった。
・IF、セイクロッドがここでガルドを仕留めとかないと「殺ろう!」と元気いっぱいにちょっかいかけてくる巨悪ストーカーガルドくんが爆誕して、いっそ魔王復活とかしない限り抜け出せねえ関係になっていたので早めに始末つけられて良かったね……という状況(それはそれとして八つ当たりの報復がはじまる)
・if世界線で平和ルートは魔王復活して一旦共闘からのガルドくん一行を魔王領にぶち込んで国境を物理的に分かつ荒業を発動させることのみだから……。
・もうとりあえずこいつら全員魔王領にいれてこっちの世界から遮断しよう!!!!法で裁けねえよこんなもん!!! が平和ルート




