異能の少女たち/特異点の姿
世界線の移動を続け、新しい世界線へと辿りつく。
この世界線は上位者たちの気配が異様に多く、異彩を放っていた。
どの様な世界なのかを世界の外から観測を開始する。
凡そ21世紀の文明技術がそこに広がっていた。
四輪の車が車道を走り、夜は電気の明かりが絶えることはなく、個人で情報端末を所有し、遠く離れた者同士でも会話ができる。
この世界は故郷の世界と同じような文明レベルの様だった。だが一目でわかる差異も多く存在していた。
ホモ・サピエンスと言えるような人類が見受けられる一方で人類と言えるのか怪しい者達も多く街中を闊歩していた。
獣の様な耳が頭部から生えている者、ファンタジーに登場するエルフの様な耳を持つ者、動物や鬼の様な角が生えている者、動物の翼のようなものを持つ者など多種多様の存在が町中を歩いていた。
誰も違和感を持っている様子はなく当たり前の光景のようだった。
そして他に異能や超常の存在も確認することができた。しかしこの世界では異能を持たない人類存在の割合のほうが多く、超常存在に対抗する能力者は重宝されている様子。
ん?待て、何かおかしい。なんだこれは?
異能を扱う者達を観測していると奇妙な点に目がついた。
異能を扱う者が女性しかいないのだ。
それも若者ばかりだ。中には小学生とも見えるほど若い少女が超常の敵と戦っていた。何故男性に異能者はいないのだろうか?
その答えも探す必要がありそうだ。
妙な点に後ろ髪をひかれつつも世界の情報を集める。
他にも大陸の形や国家の存在や名前も見知らぬものであり、この世界がどのような歴史を辿ってきたのか少しばかりの好奇心が湧く。
街中の看板や地名を見るとなぜか日本語体系なのだ。
日本という国はないのに何故か漢字と平仮名とカタカナがある。 神社や仏閣などの宗教的建造物もある。
かと思えば英語由来のカタカナ表記や習慣も混在している。
アメリカやイギリスと言う国はこの世界に存在していないのにも関わらず。
益々この世界の歴史が気になる。
宗教も言語も習慣も風景も故郷の世界と似ている。地理が異なるだけでここまで不気味になるのかと新しい知見を得る事ができた。
知的好奇心がうずくのに区切りをつけ、この世界の特異点を探すことに集中する。
上位者たちの気配や痕跡を探るため、意識を集中する。 あれほど多くの上位者たちの視線があれば特異点を見つけることは容易だろうと考えられた。
その予想通り、特異点を見つけることができた。 すぐさま特異点の近くに移動した。
辿りついた場所は入り口から見た限り何かの学舎の様だった。 校門と思われる場所には学園銘板がありそこには
「ヴァルキュリア育成研究総合学園」
と刻まれていた。
確かに異能を持つ者達は皆女性であった。
なるほど、彼女達はさしずめ戦乙女ということか。
何故北欧の神話なのか。この世界にも北欧があり神話もあるのか?また一つ疑問が増えた。
学園の中に足を踏み入れる。
どうやら初等部から大学まで内包された巨大な学園である様だ。
初等科から大学までの校舎や研究用の研究棟や異能を調べるための野外演習所が存在している。寮も存在し、多くの学生が敷地内で寝食を共にしている様子。コンビニやファミレスなどの飲食店も展開しており、もはや一つの街と言えるほどの敷地面積であった。
学園というのだから制服を生徒全員が着用していると思ったが、各々が思い思いに改造や私服との組み合わせなどで着崩し各々個性を出していた。いや、着崩すにも限度とというものがあるだろう。
一部の学生は着崩し過ぎて、原形をとどめるどころか肌面積の露出が公序良俗に反するレベルまで到達しそうな者までいる有様だ。何だそのスカートのスリット、必要か?背中が丸見えだが下着の類はどうした?中世異世界でもないのに何故メイド服?いったい誰に奉仕するというのか。一体校則はどうなっているんだこの学園。
いけない。疑問点が多すぎて取り乱してしまった。
実質女子校なのである程度はいたしかないといえるのかもしれない。言えるのか?
とりあえず学生達を観測して浮かんだ疑問は後回しに本来の目的の特異点を見つけるため学園全体の調査を始める。
瞬きするほどの時の流れで学園全体の情報が集まる。何やら一部の生徒が一か所に集まり行動を共にしているようだ。そこに異能を持たない存在が居る。
学園で研究も行っていることもあり異能を持たない者も決して少なくはないが、違和感をその人物に覚えた。
研究者は大学の研究室や研究棟に籠っており、野外にいたとしても野外演習所の端の方の研究機材がそろったモニタールームに居るようだった。
しかし違和感の主は多くの戦乙女たちと共に演習所のモニタールームの外にいた。 異能も持たないものがなぜ異能の集団と共に行動しているのか。 その違和感の正体を調べるために、演習所に向かった。
そこには異様なものが居た。
恐らく「あれ」がこの世界の特異点なのだろう。
一目見ただけで特異点と判断することが出来た。
戦乙女の少女たちが親しげに特異点と会話していた。
「どうですか!私たちの新しい戦術!」
「これならウチたちも実戦出ていいでしょ…。」
「どう!アタシたちの実力はもう巨人たちにも通用するんだから!」
「そうだね。今の君たちの実力なら実戦を体験させてもいい時期かもしれない。」
その存在の返答に少女たちはそろって歓喜の声を上げている。
そこには人型の固まった上位者の瞳の集合体のグロテスクな存在が居た。
無数の上位者たちが特異点から世界を観測している。
特異点の姿が隠れて見えなくなるほどの瞳が世界を彼女たちを貫いていた。
蠢く瞳のそれに自分は男か女かさえも判別することが出来なかった。
声も上位者たちのせいか、どちらともわからないノイズまみれの音声でしか認識できなかった。
あれほどの上位者たちが見ている存在。間違いなく彼、もしくは彼女が特異点であった。 とりあえずは暫らくの調査が必要だった。特異点の事を知ることから始めよう。
◇◇◇
暫らくの間、特異点の調査を続けいくつか判明したことがある。
便宜上、特異点のことを彼と仮定しそう呼称する
彼は常に無数の上位者たちの瞳をその身に宿していること。
どうやら研究者としてではなく戦乙女の戦術や異能の使い方などを指導する立場として、この学園に最近やってきたこと。
異様に戦乙女たちからの信頼が厚く、中には恋心まで持っているような学生が見受けられた。決して少なくない数が彼に好意を抱いている様子だった。
しかしどれほど調査を続けても不明な点が残っていた。
まず個人名についてはついに明らかにする事ができなかった。
何故なら、学生たちや学園内の職員たちからは必ず個人名ではなく役職名やあだ名で呼ばれたためであった。
先生。師匠。トレーナー。マスター。兄。同志。顧問。隊長。リーダー。などなどなど。
呼称での人名調査を中止にし、書類での人名調査を行った。
だが紙面においても人名を特定することが出来なかった。無数の文字が重なり、蠢く文字化けのようになっており自分は認識する事が出来なかった。ここでも上位者の影響により調査を断念した。しかしこの世界の人物たちは書類のサインを見て問題なく処理している。彼らには問題なく文字として認識されているようだった。
上位者たちを認識できるがゆえに、認識できなくなることがある。 上位者たちを認識できるようになり、こういった不便を感じるのは初めてであった。
また一つ学びを得ることが出来た。
特異点を調査するのと並行してこの世界の情報収集も行った。
この学園にある図書館から、電子データが保管されているセキュリティレベルの高いサーバールームなどあらゆる場所で情報の収集を行った。
超常の存在の正体、いつから現れて活動をしているのかなど歴史を調査することが出来た。
数百年前、突如として現れた巨大な穴から巨人を始めとする様々な怪物たちが出て来た事により人類存在の生存圏は大きく狭まることになった。しかし同時に異能を持つ者たちも現れ始め徐々に生存圏を取り返したと。それが今の戦乙女ヴァルキュリアたちの事だった。
今では巨大な穴の周りを封鎖し、穴から現れる巨人たちを定期的に討伐することで平穏を保っていた。
しかし人類の敵として現れた巨人を始めとする様々な怪物たちにより多くの歴史資料、文明、文化が失伝がされ多くの歴史的空白が残されたままという事らしい。 だが多くの人類は過去の資料を復元しようとはしていなかった。
何故なら、この世界にとって過去の歴史や文明よりも明日の生存という未来を勝ち取ることの方が最も重要な事なのだ。
今では過去の文明の言葉や単語を織り交ぜながらほぼ単一の言語しか残っていなかった。 それが他の言語の音を再現しやすく、文化を吸収しやすい日本語体系のような言語だった。
調べた情報が正しいかを実際に過去へ世界線を逆行することで、事実だと確認することもできた。穴が現れる以前より、いわゆる獣人や亜人といったホモ・サピエンス以外も存在していたことも確認した。彼らの存在は異能由来ではなかった。
過去にしか存在しない爬虫類や魚類の身体的特徴を持った種族を、確認したが生存圏の縮小により絶滅していた。彼らの存在が伝承となり未来では人魚のように空想の生き物として扱われていた。
こうして現代では由来も知らずに単語や習慣、存在だけが細々と残るだけになっていた。 しかし誰も気にしない。誰も覚えていない。知ろうとするのは一部の研究者だけであった。
過去の答え合わせを終わらせ、今は現代で特異点の周辺調査を再開していた。
世界線の逆行を利用し、過去からそのまま現代に戻るのではなく数百年の時間をそのまま観測したまま、特異点が学園にやって来たタイミングから観測をすることにした。
学園の敷地外から歩いて来た人の形をした瞳の集合体を校舎の上から見下ろしながら眺める。
どのような服装で何を持っているかさえ、自分にはわからなかった。頭部にあたる部分と掌の部分を何度も近づけては頭を上下する動きをしている。片手には地図の様なものがかろうじて見ることが出来た。どうやら着任のための手続きをするために行政部分が集約している中央校舎に向かいたいのだろう。
ここまで広大な敷地だ。迷うのも無理はない。意を決したのか地図を片手にゆっくりと歩み始めた。しかし案の定、迷子になっているようだった。通信端末は持っていないのだろうか。通話をかければ事務職員の一人でも迎えに来てくれるのではないだろうか。到着早々手を煩わせたくないのか、それとも頭から抜け落ちているのか。それとも地図がわからないのか。それで戦略を指導できるのだろうか?少し未来ではあれほど戦乙女たちからの信頼を得ていた人物とは思えないほど頼りない足取りであった。
敷地を当てもなくさまよい続けているのを暫らくの間観測し続けていた。
そのうちに風で地図が飛ばされてしまいいよいよどうにもならない状況に追い詰められている様子だった。
命綱であった地図も失くし、歩き続けた疲労から近くのベンチでぐったりとしているのを、 隣のベンチに座りながら眺める。
すると通りかかった少女に特異点は声をかけられていた。
「あの~…、大丈夫ですか…?」
具合が悪いかなど質問されていたが、その特異点はただ迷子なだけだ。
特異点は自身の状況を説明し、少女に目的地に案内してもらえることになった。
通りがかった少女は自分より年上の大人が、迷子になっていることにかなり困惑している様子だった。特異点は非常に安心した様子だった。自分には瞳の集合体が蠢いている様にしか見えなかったが。特異点は少女と共に中央校舎へ向かった。
道中の会話の中で特異点は干渉を受けた。上位者たちはどうやら少女との会話の中の返答について干渉していた。返答をする際、特異点の声が二重に聞こえるのだ。どちらも無難な返答で、どちらで返しても少女との会話に齟齬は生まれなかった。変わらない干渉に意味があるのか?
そんな疑問を抱きつつ特異点たちの後を追っていると、道中で少女の友人であろう戦乙女が2人合流した。彼女たちはどうやら初等部からの友人で現在は中等部3学年。共に異能を鍛え合い切磋琢磨しているのだと特異点に説明していた。特異点も自分が学園に指導員としてやってきたことを伝え、初めに出会った少女に驚かれていた。
自己紹介を終え、元から会う約束をしていた様子でそのまま特異点と共に道中の施設や建物の説明をしながら目的地へ向かった。
しかし特異点の周囲には話題や事件から逃れられないのだろう。
案内されながら目的地に着くまでにも一悶着があるとは思わなかった。
特異点は目的地まであと少しというところでトラブルに巻き込まれた。
突如爆発が前方で起こり、土煙の中から人型の巨大な機械が複数体現れた。
機械の情報を調べると学園で研究されている対巨人用兵器の試作品で戦乙女たちの演習で戦闘訓練にも使える代物だった。どうやら暴走しているようで周囲にいた研究員と戦乙女が
「改良中のユミルちゃんマーク4がAIが暴走したあああああ!」
などと言っている。
対巨人用兵器なだけあってその体躯は巨大でさらに頑丈そうな装甲を身にまとっていた。
案内していた少女たちはどうするか慌てており、特異点に怪我をさせない様に逃げるよう伝え、暴走ロボット達を止めるために戦闘に向かおうとしていた。
しかし特異点は逃げることなくその場にとどまり戦闘指揮を始めた。
少女たちは逃げずにその場で指揮を始めた特異点に困惑しながらも特異点が指導員として勤めに来た事を思い出し、半信半疑で指示に従い始めた。
特異点の指示は的確で迷いがなく、暴走したAIの特徴なども素早く見抜き、その場の遮蔽物などを利用することや装甲の隙間などを狙うように指示を開始した。
だが人型の集合体だった上位者たちの瞳の様子がおかしい。
今までは特異点から世界を見ているか会話の返答に干渉するに留まっていたが何やら騒めきだした。どうやら特異点の指揮に対して干渉を始めた様子。しかも上位者たちがそれぞれ別の指示を出す様に干渉を行っている。異なる指示を行うことで世界線が分裂を始めた。内心で非常に焦りながら、上位者は何故そこまでの干渉を行うのか?という疑問で頭が埋め尽くされる。
特異点たちの様子を観測すると戦乙女たちの数が、増えて見えるがそれぞれ違う世界線に存在している。いくつもの可能性の世界に枝分かれしながら分裂を始めた世界。
異なる指揮。異なる移動。異なる攻撃。異なる攻撃対象。上位者同士が同時に特異点に干渉を行うと世界が分裂し、事象の向こう側の存在になった自分には、視界がぶれたように分裂した世界線が見えた。
案内を始めた少女が異能を使って正面から攻撃を行動する。
案内を始めた少女が異能を使って他の二人のフォローを行動する
案内を始めた少女が遮蔽物に隠れるように行動する。
無数の少女たちの動きで世界線の枝分かれが広がっていく。そんな世界線の観測がぶれて見える中、戦闘を見ていると徐々に世界線の枝分かれは収まり始めた。どうやら暴走ロボット達をすべてを停止させるという結果に収束し始めたからだ。
上位者の指揮への干渉は戦闘の過程を無数に分岐させたが、暴走ロボットをすべて停止させるという結果に特異点を導くためであったのだろう。
上位者の干渉の違いで終了の遅い速いの違いはあったが、概ね無事に鎮圧完了という結果に収束して行った。ほんの数分から十数分のうちに暴走兵器は煙や火花を上げながら駆動を止め、膝と思われる部分を地面につき完全に停止した様子だった。
開発者であろう研究者と学生の戦乙女も泣き崩れてはいたが、特異点は気にせず指揮した少女たちとの会話に花を咲かせていた。少女たちは先ほどまで迷子であった特異点の頼りないという評価を変え、頼れる大人の指導員だと再認識したというような会話をしていた。
周囲には騒ぎを聞きつけた学生たちの野次馬が出来つつあった。その中に特異点に近づく人物がいた。事故調査を行うために聞き取り調査を行うために来た事務員のようであった。なんだその緑の格好は、事務員の制服なのか?
特異点に近づくと顔を見て「何故ここにいるんですかっ!」と問い詰められていた。
どうやら入り口から職員が案内する手配があったらしい。言い訳を特異点は重ねていたが通信端末のことを問われ、人型の瞳の塊はびくりと蠢いた後「…忘れていました。」と「頭から抜けていました…。」と消え入りそうな声が二重に聞こえてきた。
すると野次馬の中から「あれってあぶないんじゃない?」とつぶやき声が聞こえてきた。
野次馬の少女が指さす先には燃料が漏れ出ている残骸が大量に転がっていた。
近くには火花が散っている。…このままだと引火するのは明らかだ。
「退避ーー!」
特異点の二重の声が響き渡る。周囲の学生たちはありの子を散らすように駆け出していく。
と、ほぼ同時に爆発の閃光と轟音、熱と衝撃波が異能者ではない特異点の体を吹き飛ばしていく。
特異点は体を地面に打ち付けた衝撃で気を失った。指揮した少女たちと事務員が駆け寄り医務室に慌てて連れて行った。
特異点の周囲には話題が事欠かせない様子だ。




