2つの魂/1つの特異点
「悪役令嬢から見た世界」の裏側。悪役令嬢ではない、世界の外側の存在から見たお話です。
世界線を移動している際に上位者の痕跡を発見し、とある世界線に辿り着いた。
その痕跡とは、2つの魂が上位者によって元の世界から異なる世界線へと連れ去られていた。
2つの魂の行方を調べるため、この世界線へと足を運ぶことになった。
世界線を外から観測する。そこには中世のヨーロッパの様な風景が広がっていた。自分が生まれた21世紀の様な文明は見当たらず、国も大陸も違う歴史そのものが異なる世界であった。この世界になぜ上位者は魂を連れて来たのか?何か目的があるのだろうか?疑問を解消するために世界線に入っての調査を始める。
上位者の干渉の痕跡が色濃く残る大陸の一国に降り立つ。
世界の情報を集めると故郷の世界の封建制度と似た社会制度で成り立っていた。
そこには王が存在し、貴族が存在し、平民が存在し絶対的な身分によるヒエラルキーが存在した。
宗教も存在し、教会が教えを広め国教として信仰と権威を得ていた。教会の教えとして女神が世界を創り、人を創り、魔法の技術も伝え、魔法によって人が間違った道に進まぬように聖女を遣わす。
そう言った教えであった。
魔法が存在する中世の文明。
まるで故郷の小説やゲームの様な世界。それがこの世界であった。世界を調べた後に連れてこられた魂の行方を痕跡を辿り追いかける。痕跡を辿ると別々の地域に連れて行かれた様であった。
一方は貴族の巨大な屋敷の中へ。もう一方は平民たちが暮らす街の中の家の中へ。それぞれ生まれる赤子の中に魂は入れられていた。上位者は異なる世界の魂を所謂「転生」させたようだ。
赤子が生まれるまで待ち、生まれた時点から調査を始めた。
転生者とでも呼べばいいのか、彼女たちの情報を観測する。
貴族の娘として生まれた魂は前世の記憶を持っておらず、貴族の教育を受け成長していった。平民の娘も前世の記憶を持ち合わせておらず平民として成長していった。
そのまま観測を続け十数年の時間が過ぎた。
転機は、平民の娘が貴族であった父親と再会した時であった。貴族である父親には子供が居らず跡取りのことを考え平民の娘を引き取り、王国の貴族学園に入れ婿養子を探させる計画を企んでいた。生まれてから一度も見たことのない父親との初めての顔合わせに平民の娘は違和感を覚えていた。
その時、上位者が彼女の魂に干渉を行った。
直接干渉する現場を見るのは初めてであった。上位者が彼女にどの様な干渉を行ったかを見逃さぬよう注意深く観測を続けた。どうやら彼女の記憶に干渉し、前世の記憶を思い出させた様だ。前世を思い出した平民の娘は頭を抱え何やら本人以外は聞き取れないほど小さい声で呟いていた。
要約すればどうやら前世で遊んだゲームの世界で、ゲームの主人公に転生しているといった内容を呟いていた。
この世界はゲームや小説のような世界ではなく本当にゲームの世界であったのだ。
上位者はゲームの世界に別の世界の魂を連れ去り主人公と呼ばれる存在に転生させていたのだ。しかしなぜ?そして何故このタイミングで彼女に干渉し前世の記憶を思い出させた?彼女がこの世界の特異点なのか?
疑問が尽きない。とりあえずこのまま観測を続け、彼女の動向をさらに調査する。
一方、貴族の娘も同時に観測を続けていた。
こちらにも転機が訪れていた。平民の娘、ヒロインと呼ばれる存在が王都の学園に入学する前夜にそれは起こった。
貴族の娘が自室の鏡で自身の姿を見ている瞬間、彼女に干渉しヒロインと同じく前世の記憶を思い出させたのだ。前世の記憶を思い出した令嬢はショックから絶叫を上げていた。その中に気になる単語が出てきた。
「あっ!ディアナ・スブリミタスってあの悪役令嬢のおおおおお!?」
‘’悪役令嬢’’
初めて聞いた単語であった。組み合わせから凡その意味は理解できるが、真に理解したという訳ではない。
故郷の世界にも同じ単語があるかどうかを知恵の実から情報を引き出して調べる。
どうやら悪役令嬢とは乙女ゲームと呼ばれるジャンルの恋愛シミュレーションゲームに関連する語句で、物語の主人公の恋路を邪魔しゲームに緊張感を持たせる存在であるという情報も脳内に流れて来た。
その他にも悪役令嬢に転生し破滅の運命から逃れるために物語の流れを変えるという設定の小説が存在するという情報も流れて来た。
令嬢の魂が悪役令嬢という存在に転生しているという事は後者の状態なのだろうか?
令嬢の思考を観測すると本人も混乱しており、高速で思考を巡らせていた。どうやらゲームを実際にプレイしており、自身が転生した令嬢の末路も知っているようだった。
しばらく考え込んだのち、自身の未来を変える決意を固めた様であった。
「絶対に未来を変えてみせますわ!」
そう大きな声で宣言する令嬢。
無数の上位者が彼女を見ていることの意味を考えながら、そう宣言する令嬢の姿をただ見ていることしか出来なかった。
大蛇の言葉を思い出す。
世界に唯一の存在、特異点を通じて世界を観測する者。それが上位者。
上位者が干渉した2つの魂。世界に1つしかない特異点。干渉された魂のどちらかが特異点であるはずだ。そもそもヒロインが言っていたゲームの本来の主人公こそが特異点ではないのだろうか。しかしそれならば世界の外側より魂を連れ去り、記憶を戻した?干渉の意味が見出せない。上位者は何がしたい?
考えなければ、上位者の目的を。
何故、ヒロインだけではなく、悪役にも魂を入れ転生させたのか。何故、前世の記憶を思い出させたのか。何故、ゲームをプレイした魂なのか。そして何故、令嬢の方が上位者の観測が多いのか。
多くの疑問が溢れ、仮説を考えては否定する。
そして最も整合性の取れた仮説を見つける。
’’元から存在するヒロインという特異点に別の魂を入れる事で、他の存在に特異点をすり替えること’’
これが現状、最も整合性のとれている仮説であった。
この仮説を確かめるためにも彼女たちが学園に通い、同じ場所に集うことで上位者どもがどう動くか調査しなくてはならなかった。
彼女たちが学園に入学し、それぞれの行動を観測する。
ヒロインは前世の記憶と入学してから判明する聖女であったという設定を活かし、ゲームに登場した人物達。所謂、攻略対象との仲を急速に縮めていた。ゲームの中で行われた嫌がらせなども自身で再現していた。
しかし主人公になったという驕りがあったのだろうか。かなりの視野狭窄に陥っており、常に違う男性と共に行動していた。聖女である彼女の行為が周囲からどう見られるかの客観性を失っていた。
どうやら上位者に客観性を失うように干渉されていたようだ。
一方の悪役令嬢は、ヒロインと攻略対象達と徹底して関わらないという姿勢を貫いていた。婚約者である
王子とヒロインがどれほど行動を共にしようが、自身の弟と仲を深めようが徹底して無視を決め込んでいた。派閥の令嬢や子息にも徹底して余計なことをしないように言い含め、自身から非を作らない様に徹底していた。そして自身の弟とコミュニケーションを取って裏切られない様に立ち回ろうとしていたが、思春期で姉に劣等感を抱いていた弟はヒロインの味方となる事を選択した。
弟は決して姉の味方にはならない様に上位者に干渉されていた。
そしてヒロインが入学してから、1年の時が過ぎた。
王子が卒業を迎え、学園でのパーティが明日催される。彼女たちの記憶ではこのパーティで悪役令嬢は断罪され、ヒロインと恋人が永遠の愛を誓うイベントとなる。
悪役令嬢の方はパーティの前日まで根回しを行い続けた。王家に掛け合い王子との婚約を解消することに成功していた。
ヒロインの方も恋人たちと打ち合わせを行い、当日の段取りを決めていた。
王子は父である国王の書状が届いたことを、意識から外すように上位者から干渉を受けた。
王子は普段ならば届いた書状はすぐに一度開封し、内容を確かめる習慣を持っていることは長期間の観測で調査済みであった。だからこそ上位者から干渉を受けた。
王子には道化として踊る道しか許されなかった。
全てが悪役令嬢の思い描く流れに収束していく様に上位者が干渉する。
つまりこの世界の特異点は、悪役令嬢であるという答えが出た瞬間であった。
悪役令嬢に転生させ、死の結末を回避するように仕向け、抗うさまを観測する。
おそらくこの流れを上位者は観測したかったのだろう。
異なる世界の魂を使い、元の特異点であるヒロインと悪役令嬢の役割を逆転させる。
特異点を悪役に、悪役を特異点に、立場を入れ替える。
特異点をすり替えるという仮説は正解であった。
上位者は悪役令嬢を主人公にしたかった。しかし世界には特異点は1つ。特異点を代えるには特異性を消滅させる必要がある。見た目は同一でも中身が異なればそれは特異点とは言えなくなる。
そして予め用意していた魂を特異点にすり替える。これが上位者の魂を連れ去る行為の全容であった。
パーティ当日。ヒロインたちは予定していた断罪劇を行うが、悪役令嬢の根回しと弁論により全て不発に終わってしまった。
警備兵たちに退出を促され、それでもなお抵抗する王子たち。そして最後の悪あがきとして本性を現すヒロイン。激昂した彼女は聖女である力を使い、悪役令嬢に魔法で攻撃を行った。
悪役令嬢は咄嗟のことで動くことが出来ず、防御もできぬまま吹き飛ばされ大理石の床へとたたきつけられていた。
意識を失う瞬間、彼女と視線がぶつかり合った。すぐに目が閉じ彼女は意識を失った。
こちらを認識するとはやはり彼女は特異点に仕立て上げられた様であった。
その後ヒロインであった少女は教会所有の僻地の塔に幽閉されることになった。
自身の背よりずっと高いところに鉄格子がはまった窓だけが外界との繋がりであった。
本の様な娯楽はなく、石造りの壁を眺めるか遥か彼方の窓から差し込む光から外の様子を想像する事しか
出来ることはなかった。
「あたしこそがヒロインなのよ、主人公なのに。なんで?どうして?」
彼女は幽閉されてからずっと取り乱し、毎日大粒の涙を流し続けている。
出される食事には少量の毒を混ぜられ、徐々に衰弱し死ぬことを教会からは期待されていた。
しかし彼女の持つ聖女の力は本物であるため、彼女は常に体調が悪くなると自身を治癒していた。
しかし肉体はどれほど傷ついても癒せるが、心はそうはいかない。
彼女は食事を取ることもせず徐々に衰弱していた。
既に上位者からの興味を失われており、干渉からも解放されていた。
彼女は客観性を取り戻し過去の行いを深く後悔していた。
「何であんなことしたんだろう…。何でみんなと恋人になろうと思ったんだろう…。
帰りたいよぉ…。会いたいよ、お母さん、お姉ちゃん…。」
最後は消え入るような小さな声であった。
この世界では彼女に姉は存在しない。ならば前世の家族のことを思い出しているのだろうか。
上位者に連れ去られ、悪役にすり替えられた彼女に深い同情を覚えた。
彼女を観測しているのはもはや自分と、自身を通じて観測している上位者だけであった。
多くの上位者は彼女に興味を失い見向きもしていなかった。
徐々に衰弱し、いよいよ死を迎えるであろう瞬間に彼女に対して観測ではなく干渉することにした。
粗末な寝床に横たわる彼女の傍らに姿を現す。
「…だ……れ……?そこ……に…いる……の?」
彼女は目を開けることも叶わないほど衰弱していた。
長い幽閉生活で細く白くなった掌を握る。
「あった…かい…」
彼女の掌は既に亡くなった人と同じ冷たさになっていた。
「あり…が…と………」
彼女はそう言い残し、静かに息を引き取った。
彼女の遺体がしっかりと埋葬されるのを見届け、世界線の外へ出る。
掌の中には彼女の魂が揺らめいていた。
上位者の痕跡を辿り彼女が元居た世界へ向かう。魂だけでも彼女の故郷へ帰すことにした。
彼女が死した後の帰郷を望んでいたかは分からない。これは自己満足だろう。
それでも連れ去られた彼女を元居た世界に帰らせたかった。
元の世界で輪廻転生し、幸せに暮らしてほしかった。
上位者の行動の意味は今回の観測で理解できたが、目的までは理解できなかった。
恐らく他にも似たようなことを行っているのだろう。自分の故郷の世界でも魂が連れ去られていないか、監視を強めなければならないと決意した。
何故転生するのか?の疑問の答えを自分なりに考えてみました。




