悪役令嬢から見た世界
ある日突然自分の前世を思い出した。
おかしい。自分は日本で生活していたはず。
しかし目の前の鏡に映る自分の姿を見てまじまじと観察する。
明らかに異様であった。
煌びやかなドレスを身にまとい日本人とは思えない美しく輝く深い紫の髪とアメジストの様な瞳をした美少女の姿がそこには映っていた。
何があったか思い出そうとした。
そうだ自分はアルカーナム王国の栄えある公爵家の生まれで名前はそう、ディアナ・スブリミタスだ。
ん?ディアナ・スブリミタス?どこかで聞いたような名前…….。
「あっ!ディアナ・スブリミタスってあの悪役令嬢のおおおおお!?」
私ディアナ・スブリミタスの叫び声は屋敷中に轟いてしまった。
◇◇◇
その後、屋敷中の使用人達が慌てて私の部屋にやって来てしまい、誤魔化すのに非常に苦労した。
しかし人の口に戸は立てられず父と母にまで絶叫事件は伝わってしまったのだった。
恥ずかしい。なんて事をしてしまったのだろうか。しかし突然前世の記憶なんて思い出したらみんな絶叫するのではないだろうか。
しかし今は一刻を争う状況でもあった。
なぜなら私、ディアナ・スブリミタスは前世でプレイした大好きな乙女ゲームの悪役令嬢であったからなのだ。
なぜ自分が転生しているのか?
その疑問はわからない。しかしこのままだと私は破滅一直線だった。
なぜここまで慌てているかというとディアナはこの国の王子と婚約しているのだ。
つまりこのまま時が経てば未来の王妃になる事間違いなし、のはずだけれど。
ある大きな問題が目の前に鎮座しているのだ。
ディアナは悪役令嬢と言ったけれど誰にとっての悪役なのか?
それは王子やその側近にとって、そしてそんな彼らと恋を繰り広げるヒロインにとって悪役なのだ、私は。
この国の貴族は皆、王都にある学園に通うことになっている。そこでヒロインと王子達攻略対象との恋物語が展開され、私はヒロインの恋路を邪魔するお邪魔キャラとしてゲームに登場するのだ。
そんなゲームの世界に悪役令嬢として転生するなんて前世で読んだ小説みたいであった。
「でもどうしよう?このままだと婚約者は奪われ、私は悪役令嬢として断罪され家からも見放されてしまうわ。」
かなり大きな問題だった。ゲームのディアナは強欲で自分を着飾ることに大きな喜びを覚えているキャラクターだった。そして王子との婚約も自分の価値を高めるためのアクセサリーの様に考えていた。そんな王子が学園で出会ったヒロインに夢中になってしまうのだった。
元々は男爵の庶子で跡取りが居なかったから、引き取って学園に通える様になったヒロイン。そして王国に伝わる伝説の聖なる力を持っている事が学園で判明するのだ。聖女となったヒロインに王子が夢中になる様子はディアナにとっては非常に悔しかったのだ。
自分のアクセサリーを盗られたことがディアナの癇に障ったのだった。
そして学園で聖女に強く当たり彼女を孤立させていくのだった。しかしそんな逆境にも挫けず王子との愛をさらに育み続け、最終的にいじめの証拠を突きつけられ聖女を害した罪で教会から破門をされる。教会から破門された者には人権と呼べる様なものは無く、家からも見放されて死罪となるのだった。
これがディアナ・スブリミタスの設定。
そんな未来が待っていると知っていたらあなたならどうするだろうか?もちろん黙って待つわけがない!ここは現実。ゲームとは違うのだから未来を変えてみせる!
「絶対に未来を変えてみせますわ!」
そう決意したヒロイン入学の前夜。
◇◇◇
時間は過ぎ去り、
「ディアナ・スブリミタス!聖女を害した大罪で君との婚約を破棄する!」
王子の卒業パーティーでルーメン・アルカーナム王子はそう高らかに宣言した。
王子と彼の側近の中央にヒロインが手を胸の前で祈るように組み、おびえた表情をして佇んでいた。
私は今、断罪イベントに巻き込まれていた。
未来を変えるといって、何もせずゲーム通りに進めたのかって?御冗談を。
私はイベントを起こさないように徹底的に彼女をスルーしたわ。でもなぜかイベントは起こり、
気づけば、事件事故の原因は私だという風潮が王子たちの中に芽生えていたわ。
これがシナリオの強制力なのか、ヒロインも転生しているのかはこの際問題ではない。
この公爵家の私に牙をむいてきたということが最も重要なのよ。
側近の中には王家に嫁ぐ私の代わりに公爵家を継ぐ予定の弟もいた。
側近たちもゲームでは攻略対象で、ほかにも宰相の息子で計算高い腹黒系メガネ。騎士団長の息子で王子の近衛騎士候補のさわやか筋肉青年。魔法学の天才で飛び級しているショタ系美少年、喧嘩早いが根は人情深い不良系イケメン。そしてルーメン王子とわが弟。この6人がゲームでは恋愛が楽しめたの。自分も夢中になってそれぞれのルートとスチルを回収するために6周もしたのが懐かしい。
我が家の弟までヒロインの毒牙にかかるとは情けなかったわ。
こうならない様にコミュニケーションを記憶を取り戻す前より増やしたというのに、思春期にはかえって逆効果だったようね。思春期なんて前世含めたら何十年も前だったし、異性の思春期の理解が足りなかったみたいね。
反省は後にしてそろそろ王子の御言葉に返事を返さなければ。
「ルーメン殿下、聖女を害した罪とはいかがなものでございましょうか。」
「知れたことよ、貴様はこの聖女であるルクシリアの評判を著しく貶め、身体的にも精神的にも傷つけた!これが罪ではないなら何を罪とするか!」
ルーメン王子は勢いよくセリフを吐き出した。
可笑しくてたまらないわ。そんな気持ちが顔に出ていたのか、王子に指摘されてしまった。
「何が可笑しい!やはり貴様の腹の中には邪悪な意思があるのだな!」
「私の腹の中にある考えなぞ、この一年間ほとんど交流の無かった殿下にわかるものでございましょうか?」
私が言い返すがよほど驚きだったのか、王子は声にならない音を口から漏らしていた。
「姉上、いやディアナ。自分の罪を認めたらどうです?」
我が弟が生意気にも今まで敬称で呼んでいた私を呼び捨てて話し掛けてきた。
そんなに思春期に姉に構われるのが嫌だったのかしら。
「罪?犯してもいない罪を認めろと言われ認める者なんていないわ。我が弟よ。」
弟を強調すると、苦虫をかんだ様に顔が歪む弟。
「それに私が聖女を害したという明確な証拠がございますのでしょうか。」
「学園で流れているルクシリアの噂を知らぬとは言わせぬぞ!男を侍らす卑しき聖女だとな!貴様が流したのだろう!」
学園で聖女は常に攻略対象の横に居て共に行動をしていたのだった。
そんな姿を見た常識ある令息、令嬢たちが言い始めた噂がなぜか彼らの中では私が流したことになっていた。疑われるのもまあ仕方ないわね。誰が言ったかわからない噂を証拠にするなんて随分無理があるんじゃないかしら。私が徹底的に彼女と関わらなかった弊害かしら。まあどうでもいいわ、売られた喧嘩はきっちり返さないと気が済まないわ。
「そのような何方が口にしたかわからぬ噂のみを証拠に私を犯罪者と申すのでしょうか。なればこの国は犯罪者の巣窟となりましょう。賢明な御判断を期待いたしますわ、殿下。」
「他にも証拠はある!彼女の生まれを中傷し、あまつさえ怪我まで負わせた!これが証拠だ!」
そう言い王子は彼女の体に巻いてある包帯をこれ見よがしに見せつけてきた。
彼らの言い分はこうだった。
彼女の私物を破損し、大勢で取り囲み暴言を吐き、水を被せたやら、突き飛ばしたやら。
彼らの発言はゲームで実際にディアナが行ったことだった。だが私はやっていない。
その様なことをして未来の自分の立場を悪くするなどするはずもないわ。
そうならないように徹底していた。自分の派閥の令嬢たちにも勝手な行動は慎むように徹底した。
だが今私は王子たちに断罪されていた。
王子たちが口々に私を糾弾するセリフを吐く中、私はヒロインのルクシリアの口が笑っていることに気づいた。彼女も転生者だったのね。まあ以前からうすうす気づいてはいたけれど。こちらに関わらなければ、好きにすれば良かったものを。
私の温情を無駄にするなんてね。私は自分の未来さえ安泰なら王子とくっつこうがどうでもよかったのに。
ここまで来れば徹底的にやるしかない。こうなった時の為に準備も整えてきた。
「そこな男爵令嬢の証言だけが証拠でございましょうか。為れば笑止と言わざるを得ません。
その様な行いをした覚えはございませんわ、殿下。そしてすでに私は殿下の婚約者ではございません。」
「ふざけるな!その様な言い草が通じ…、今なんと…?」
「殿下と私の婚約は昨日付で解消されております。陛下からの書状を御読みになっていらっしゃらないのでしょうか。」
「何だと…あっ!」
思い出したようだった。
だが今日のパーティーでの私の断罪の予定で頭がいっぱいだったのでしょうね。
最近のヒロインへの夢中ぶりを見れば陛下の書状なぞ見るに値しないものだったのでしょうね。
まあそれも計算して断罪前日というタイミングで婚約を解消したのだけれど。
断罪イベントがなければそのまま解消、もし断罪イベントが起きても婚約者でもない令嬢を糾弾すれば王子が一方的に悪いという図が出来上がる。どちらに転んでも私には得しかない。
「証拠もなく婚約者でもない令嬢を衆人環視の中で罪人の如く糾弾するとは如何な理由、身分であっても許されるはずもありません、殿下。」
「ぐっ…、だが貴様が……」
まだ粘る王子。意外と根性があるのかしら。
パーティを長時間中断し、そろそろ周囲の空気も白けてきていた。
陛下が遣わしたパーティの警備も任されている殿下の護衛の騎士たちが潮時だと判断したのだろうか。
王子と側近たちとヒロインに別室への移動を促し始めた。
「何をするか!まだ話は途中であるぞ!」
王子はいまだ諦めきれない様子。
するとヒロインが騒ぎ始めた。
「何でシナリオ通りにいかないのよおおお!あんたも転生者なんでしょ!あたしを嵌めようって訳!?
ふざけんじゃないわよっ!せっかく頑張って全員攻略したのに!」
そう吐き捨ててきたと思ったら、魔力を込めて光り輝く手をこちらに向けてきた!魔法で攻撃する気!?
油断していた私は一歩も動けなかった。
「やめろ!ルクシリア!」
王子が叫び止めようとするが間に合わない。私は正面から魔法攻撃をその身に受けてしまった。
体中に激痛が走り、私の体は宙に浮き吹き飛ばされた。そして大理石の床へと叩き付けられた衝撃で意識を手放す。
意識が消える直前、学ランを着た少年と目が合った。
◇◇◇
私が目を覚ました頃には事件を起こした者達の大方の処分は終わっていた。
宰相の息子は、彼の弟に後継者を譲ることになっていた。これからは一文官として弟の補佐をする一生になる予定らしいわ。侮っていた弟を補佐するだけ、目の前に一生届かない役職を見ることしかできない人生なんて彼にはとても苦しい結末ね。
騎士団長の息子は、近衛騎士候補から外され一兵卒として国境警備隊に配属されたらしいわ。
彼はさわやかではあったけれど、泥臭かったり地味な仕事や努力を遠ざける傾向があった。
国境警備隊という過酷な場所に配属され、彼を称える淑女たちは誰もいない。華やかでない場所で働くことに彼は耐えられるだろうか。まあ地道に努力すれば王都の中心に返り咲くこともできるはずよ。出来ればだけれども。
天才魔法少年君は、信頼していた、そして想い人だった聖女の公爵令嬢暴行という暴挙にかなりのショックを受けてしまったみたい。かつては自信満々の少し小生意気な性格だったのが、誰彼構わず怯えた態度になってしまった様ね。そして学園で騒ぎを起こしたが才能は有用だと判断され、退学にはならず論文を書き続けなければならないという処分になった。
不良貴族は、慕われていた子息たちに見放され今じゃ誰も言うことを聞かず大荒れしているらしい。人情で人心を掴んでいたが、大勢で取り囲み一人をつるし上げる行動に子分の令息たちは幻滅したらしい。普段から喧嘩をする際はタイマンを徹底させていた彼は最後に自分の信条を裏切ったのだ。半端な者は群れのリーダーたり得ない。群れから排除され孤立したサルの末路は決して明るくはないだろう。
我が弟は、自宅で謹慎していた。それだけと思うかもしれないわね。弟は私を裏切り敵方に寝返っていたが、私が処分を軽くするように父に掛け合った。何故かって?それは私なりの反省でもあったのよ。思春期で私に劣等感を覚えていた弟に構い過ぎた私にも悪い点はあったわ。それに家族の関係を悪くしたくないという個人的願望もあった。それに弟を許せば寛大なディアナ嬢としても株が上がるという打算もあったの。そして弟を許せば弟は私に一生頭が上がらなくなるだろう。この先の人生で困難に見舞われても弟が継いだ公爵家の力を頼ることができるわ。優秀で決して断らないコネは必要でしょ?
ルーメン王子は、王族の婚約という重要事項を軽んじたこと、すでに解消していた婚約を知らずに騒動を起こしたことの責任を取る形で継承権を放棄することになった。そして死ぬまで離宮に幽閉されることになったらしい。これ以上無駄に血筋問題を起こさないための措置ね。国王になると信じて已まなかった王子にはかなり衝撃だったようで、今では廃人のように一日中抜け殻のように息をするだけの存在になってしまったわ。
聖女であったヒロイン、ルクシリア男爵令嬢は教会が所有する僻地に立つ塔に療養という名目で幽閉されることになったわ。彼女の聖女の力は本物ではあるからこういった処分になったらしい。ここまでの大事を起こせば通常なら死罪ものだが、聖女を処刑するというのは国にとっても教会にとっても外聞が悪いものね。病気を治すためと言えば国民は納得するし、事故で亡くなることになっても病状悪化で儚くなることになっても誰も疑問に思わないでしょうね。実態は毒杯を飲まされるか事故と見せかけて殺されてしまうでしょうが。
話によれば、今ではかつての聖女としての面影はなく、1日中意味不明な言動を繰り返し続けているとの事。これでは近いうちに訃報を聞くことになりそうね。
そして私はルーメン王子の弟、第二王子と婚約することになったわ。
ゲームではルーメン王子の一言のセリフだけでしか登場しない第二王子だが、継承権が繰り上がり今最も次期国王に近い御方。そして長い間王妃教育を受け、教育を収めた私を手放すことを陛下は許可することは出来なかったわ。優秀な人材をみすみす放逐することが出来ないのは前世も今世も同じなのよね。まあ私は自分の命や名誉が侵されなければそれでよいもの。王家からの婚約の提案を速やかに受け入れることにしたわ。
そして第二王子は正式に王太子に任命され私も王太子妃となった。しかし陛下はまだまだ現役であり、王位を譲位するにはまだまだ先の予定。譲位するまでの間に第二王子の学園の卒業を済ませ、いきなり王位に就いて政務なんて出来るはずも無いのだから陛下と共に政務の実務経験を積ませる手筈になっている。
私も王妃教育は修めたが実務経験はない。だから王妃様の横で王妃としての立ち居振る舞いや政務の支えを学ぶ事になっているわ。いきなり仕事を振られる事が無いのは安心ね。
それから時は過ぎ第二王子が立太子してから数年後。王太子となった第二王子と共に執務室で政務を行っていると第二王子から声をかけられ視線を上げる。
「聖女が天に召されたとの報告が上がってきた。」
どうやらあの聖女が死んだらしい。結構長く生かされたわね。しかしすでに彼女は私の人生という舞台から降ろされて久しかった。今の今まで頭からも消えていた。騒動を起こした者たちのことも既にどうでもよく忘れていた。今では聖女であった彼女の名前も思い出せなくなっていた。
彼女のことを思い出そうとしていると、沈黙が長かったのか第二王子が心配そうに声をかけてきた。
「すまない。過去の辛い記憶を思い出させてしまったか。」
そう声をかけられたが、
「いえ、過去の事です。もう私に関係のないことですわ。」
返事を返し目の前の書類に目を再び落とし、再び彼女のことを記憶の彼方へと追いやった。
今は目の前の書類の山達の方が大切なのだ。彼女と違って私は目の前の現実を生きているのだから。
そうして彼女、ディアナ・スブリミタスは後世に伝わる賢王の妃として歴史に名を刻みましたとさ。
めでたし、めでたし。
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