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仮称 underdogs  作者: 青江兼次
ライフ・イズ・シット
7/12

トラック6 コーラス

 連れられるまま、見慣れない景色、見慣れない街を歩く。


 別に初めて見る街並みってわけじゃないけど、その中に存在する美咲は異物感が凄くて、なんだか直視できなくて俯いたまま美咲の後に続いた。

 そうやって何十分か歩いて、駅に辿り着いて、定期外に出るからチャージして改札を通って、電車に乗って、何故か私の制服を引っ張るように摘ままれて……いや、なんで?

 背は美咲の方が高いんだからつり革掴めって。

 なんでちっさい私の制服なんか摘まんでんのよ。

 何でやっとの思いでスタンションポール掴んだ私が二人分の体重支えなきゃいけないんだっつーの! 


 不満タラタラで電車を降りて、改札を抜けて、また手を絡められる。

 そうして深くは知らない街を歩く。

 如何にもな高級住宅街って感じで、迷い込んだヤツを拒絶するような空気が漂ってて、遠くのエンジンが聞こえる程に静かで、世間で流行っているらしい異世界転生ってヤツをしたのかと思った。


 一体、ここは何区なの?

 きょろきょろと周りを見てしまう私を引き連れる美咲の歩みに迷いはない。

 明らかに慣れてるというか慣れ過ぎてる。

 だって入り組んだ裏路地もすいすい進でるもんね。

 美咲さん、これもしかして……神崎さんの家に向かってます?

 絶対そうですよね?

 なんか背中からヤバいくらい汗が噴き出してるんだけど?

 肌着が『許容量超えちゃったのでもう吸えません』ってギブアップしてるんだけど?

 心臓がバクバクして痛いんだよ。

 なんで、今?

 一度だって連れてきたことないじゃん。ヤバいって。

 親御さんに何て言えばいいの?

 菓子折りとか持ってないよ私。

『初めまして。こんにちは。貴方の娘さん丁度良く螺子抜けちゃってて、だから私の神様になっちゃったんですよ。あはは。生み落としてくれてありがとうございます!』って言えば入れてくれるかな。

 勿論、口には出さないよ?

 私まで錯乱してると思われちゃうでしょうが!

 なんでもいいけど、不意打ち過ぎる。

 世界が私に優しくない。

 ほーん、これが噂のタワマンってやつかー……なるほどね?

 薄々感じてたけど、美咲さんも金持ち?


 がちゃ。

「入って」

 こっわ。

 なんで手はそんな温いのに、言葉はそんな冷たいの?

 さっき境界線がどうたらこうたら言ったけど、玄関と廊下の境界線の方が遥かに危険でしょ。

 これはシャレにならない。引き返すなら今ここしかない。

 生物として最低限備わってる何かがそう告げてる。

 パンドラの箱を開けちゃいけないって。

 くいっと、今日何度目かの引力。

 なんなのよ、もー。はいはい上がりますって。お邪魔しますね。


 ドアが閉まった瞬間、私は口を覆いかけた。

 これは理性が勝ったんじゃなくて、悪魔が勝った結果だった。

 心臓がもう張り裂けそうだった。

 ここは美咲の匂いが強すぎる。

 血の巡りが速くなるのが嫌でも分かった。

 酸素が欲しい。本能のままに喘ぐ。

 甘い毒も吸い込む。肺が壊される。

 それが何度も繰り返される。何度も何度も。

 私の異変など気付いてないのか、美咲はローファーを雑に脱ぎ捨てて、すたすたと歩いて行った。

 触っていいのかな......?

 取り敢えず、私のローファーと美咲のローファーは行儀よく並ぶことになった。


 恐る恐る先に進むと、そこに美咲の姿はなかった。

 私は何故か自分の足元を見ていて、周囲を観察することはなかった。

 靴下は黒。車ヒダのスカートは紺。フローリングは木目調。

 ただ突っ立っていた。

 美咲はどこに行ったの?

 ここでは何をするの?

 分かんないよ……なんで親とかいないの?

 どうして、こんな場所で……二人きりになるの?

 二人だけの星はもう爆発しちゃってて、私達は地球に戻ってきたでしょ?

 そういう事にしたじゃん。そうやって時を進めてきたじゃん。


「こっちきて」

 声が聞えた。

 その声に釣られるように身体が動き出す。

 辿り着いた先にあったのは半開きのドア。

 ベッドが見える。

 ぐちゃぐちゃの掛け布団の上に、美咲のセーラー服がぐちゃぐちゃに脱ぎ捨ててある。

 扱いが酷いな。それじゃプリーツ取れちゃうよ。


 え、何が脱ぎ捨ててあるって?

 は?

 はぁあ?

 はぁあああ?

 いよいよ私まで狂ってしまったのか?

 見えちゃいけない幻覚が見えてるんだけど?

 そっちに行ったら、あれだ、えっと、幻覚よりヤバいもん見えちゃうんじゃないのかな?

 あーそっか、馬鹿な私でも分かっちゃった。

 ほら、私達そこそこ長い付き合いなのにお互いの私服とか知らないじゃん?

 放課後だけしか会わない関係だから。

 つまり、あれでしょ?

 ファッションショー的な?

 はいはい完全理解。着せ替え人形美咲ちゃんね!


 本当に誤魔化せているのか?

 こんな程度の低い言い訳で。

 心臓は激しいまま、呼吸も乱れたままだよ?

 いや、そうやって生きてきた。そうやって嘘をつき続けてきた。

 大丈夫。

 ちゃんとできるはず。

 落ち着け。深呼吸しろ。

 この際、肺が死ぬのは諦めろ。

 理性を取り戻せって。


「来てくれないの? 宇多葉」

 美咲に呼ばれてる。

 色がある。

 どうして、なの……どうして、こんなことするの?

 やめろ。

 やめてくれ。

 お願いだから、やめてよ!

 今すぐにでも逃げ出すべきだった。

 でも、知ってるんだ。

 知って、しまったんだ。

 どんなけ記憶を飛ばしたとしても、身体は覚えてる。悪魔も憶えてる。

 踏み込んだ。

 いや、違う。

 意識より先に身体は既に踏み込んでいた。

 頭はそんなこと指示してないのに。

 何度超えちゃいけない境界線を踏み越えてんだ私は!

 そんなだから! お前は!

 あぁ、もう、どうしろっていうの。

 私、泣きたいよ。


 美咲はベッドの上で仰向けになっていた。

 淡いブルーの、それはそれは脳みそ揺さぶる下着と共に、無垢すら感じる白い肌を世界に晒していた。

 私はスクールバックを投げ捨てたんだと思う。

 そして何かに当たって、チャックを閉め忘れていたのか、中身の教科書とか色々ぶちまけてしまったんだと思う。

 でも、耳が音を拾った時には、そんなことは既にどうでもよくなってた。

 私はコートを脱ぎ捨てて、キングサイズだかクイーンサイズだか分からないデカいベッドに足をかけて、思ったより沈むそれを泳ぎ切って、心を置き去りにした身体は美咲に跨っていた。


 美咲を見下ろす。

 見下ろされるべき私が。


 あぁ、全部、全部全部、全部全部全部全部、壊される!


 本当は美咲のことが好きなんだ。

 ずっとずっと好きなんだよ。

 必死に誤魔化してきたのに、自分に嘘をつき続けてきたのに、それらで塗り固めてなんとか人の形を保っていられたのに、何で今更それをお前が壊そうとするんだ。

 馬鹿が。

 違うだろ。

 今までがずっと許されてきたんだろうが。


 フラッシュバックする。

 私と美咲がまだブレザーを着てた頃、二人で落ちた階段。

 その踊り場で。

 目と目が合ってしまって。

 溶けあいたいと思ってしまって。

 私は何の因果か美咲を組み敷いていて。

 犯罪者の言い訳だけど、やりたかったからやったとしか言えない。

 美咲が何も言わないから、大丈夫だと勝手に決めつけていた。

 あの時の私は衝動という悪魔の下僕だった。


 だから、

 私は、

 一二三宇多葉は、

 神崎美咲を犯した。


 首に手を回されて、

 キスしてもいいんだって勝手に決めつけて、

 初めてだったから歯と歯をぶつけ合って、

 すごく痛くて、

 今度はゆっくりと口付けて、

 そして舌と舌を絡めた。


 それだけじゃ物足りなくなって、

 どうしていいか分からなくて、

 でも触れていたくて、

 美咲の口から漏れる吐息が多くなるところを探って、

 もっともっとと思ってしまって、

 遂には直に触れたくなって、

 興奮と恐怖で震える手でシャツのボタンを一つ一つ外していった。


 もうその時点で頭は真っ白になってしまって、その後に突っ込んじゃいけない場所に手を突っ込んだところまでしか憶えてない。

 でも憶えてなくても、ちょっと伸びた私の爪と指には赤い血が付いていて、奪ってしまったことだけは事実だった。

 美咲は痛みに泣きながら、それでも微笑んでいた。


 私は、その時何も言わなかった。

『貴方が好きだ』とか、

『貴方と付き合いたい』とか、

『貴方を抱いていいか』とか。

 それどころか名前すら名乗らなかった。

 なんの合意もなかった。

 だから、どうしようもないほどに……みだらな行為だった。


 美咲は頭が壊れてる。

 螺子が外れてる。狂ってる。イカれてる。

 私は犯されましたと告発せずに、ずっと罪人である私を隣に置いている。


 私は美咲から離れられなかった。

 罰を求めていたし、

 好きな人と一緒にいられることが嬉しかったし、

 ズタズタに引き裂いて欲しかったし、

 美咲が別の誰かに抱かれるのが吐きそうになるほど嫌だった。


 また暴走するのが怖かった。

 恋とか性欲とか、そういった汚くて醜いものを別の何かに変えたかった。

 美咲への気持ちを別のものにしたかった。

 ぐちゃぐちゃの思考回路は美咲を神様に転化させた。

 私に汚されたのに、私に多くのものを施してくれるから。

 償いきれない罪を負った私に『大丈夫だから』って笑ってくれるから。


 でも同時に、私が全部捧げるだけじゃ美咲が幸せになれないことも分かってた。

 私の行いはマイナスをゼロにするものでしかない。

 なんとか恋を信仰に昇華できたから、それが逆戻りする前に私から離れて欲しかった。


 また嘘をつく。

 昇華できたことなどないだろうお前は!

 ずっと、執着してるじゃないか……。


 だから高校に入ってから、美咲へのラブレターを受け取る伝書鳩になった。

 本当は嫌だった。

 でも、そう思うことすら傲慢だった。

 そうでしょ?

 だってさ、私は美咲を傷つけるだけ傷つけて、それっきりだ。

 いつまでもガキな私は、藪蛇を突っついて過去を言及されるのが怖かった。

 一緒にいられるならなんだってするって決めてた。

 だから見たくないけど、幸せでいる美咲を見たかった。

 死ぬほど見たくないけど、私以外に笑って欲しかった。

 ちゃんとした学園青春ラブコメディをして欲しかった。

 それなのに美咲は私から離れなかった。


 だから……もうしょうがないって思って、

 私から離れよっかなって一ミリも行動に移す気がない考えが芽生えて、

 そんなタイミングで告白されて、

 屑だからセックスしたいって叫ぶ悪魔を持て余してたし、

 抱かれる側の気持ちを味わってみてもいいかなって思ってたし、

 だからあの子に貫かれるのは丁度いい自傷行為かなって思ったのにさ。


 どうして邪魔をした。

 どうして私をベッドに招いた。


 死が二人を分かつまで一緒にいたいと、

 どこか月の裏側まで逃げてしまいたいと、

 どうしようもないほど好きだと、

 膨れ続ける自罰と自己嫌悪で潰れてしまいそうだと、

 ただ幸せになって欲しいと、

 骨の髄まで味わい尽くした美咲ともう一度交わりたいと、

 その他もろもろ抱えて矛盾して自壊して、

 自己防衛の一環として自分の気持ちを信仰と偽って、

 偽り切れなくて狂いそうになって、

 それに疲れて嫌になる時もあって、

 でも自分の首を自分の手で絞めても死ねなくて、

 本当は死ぬ勇気すらなくて、

 そしてここまで生き長らえてしまったんだ。


 私が何も考えず馬鹿で無敵でいられるのは美咲に対して以外なのに。

 なんで肝心の美咲が私を悪に堕とそうとする。

 なぜいつもこうやって、私は好きな人にさえ責任転嫁してしまう。

 どうして、今更──。


 目と目が合う。

 あの時と同じように。


 その目は神様じゃない。

 欲求に忠実な女の目だ。

 あぁ、くそ。

 熱が、ある。

 ずっと、ずっとずっと、ずっとずっとずっとずっと。

 忘れたくて、忘れたくなかった、あの熱が今ここに。


 箍が外される。

 提案なんだけどさ、美咲。

 私達、今日で終わってもいいよね?

 だから、この血に飢えた指で、その祝福された身体に触るね、美咲。

 私は手を伸ばす。

 触れる。

 温かい。

 生きてる。

 人の温度。

 美咲は人間だ。

 私と同じなんだ。

 そんなこと最初から分かってた。


 人は刺激を求める生き物だ。

 それじゃ足りないと更に強い刺激を求める畜生だ。

 そんな罪深い『(さが)』を持って、この美しい世界に生まれ落ちるんだ。

 私の一度目は無理矢理犯すことだった。

 それじゃあ、もう満足できないんだ。

 なら二度目はなんだって話になるんだけど、さ。

 そんなもんはね。

 相場が決まってんだよ、はなっから!

 私の衝動は悪魔の形をしてる。

 何もかも奪う為に私は、もう一度。

 もう一度だけ、この悪魔の下僕になってやる。


 美咲が見る──目を閉じろ。

 美咲が呻く──黙っていろ。


 私は罪人だ。

 法が、社会が、人が、決して許しはしない罪を求める罪人だ。

 脈動を感じる。

 私の指先から。

 奪うよ、本気で。


 誰にも渡さない。誰にも触らせない。誰にも殺させない。

 美咲は私が犯す。美咲は私が壊す。美咲は私が──殺す。


 だから美咲、ここで残念なお知らせなんだけど。

 お前はここで死ね。

 本当の神様になれ。

 そして私が死んだ時、地獄へ送れ。

 地獄で私に罰を与え続けろ。

 この世に生を受けたことを、あの世で後悔させてくれ。

 美咲を汚して殺す私を、絶対に許さないでくれ。

 理性なんて脆い。

 倫理だって脆いよ。

 どうしてこんなことになっちゃうんだ。

 なんで私は、この手の中にある命を幸せにしてあげられないんだ。


 なんで!

 誰も!

 私をちゃんと教育してくれなかったんだ!


 私は歯を食いしばっていた。

 視界も白に染まっていた。

 火事場の馬鹿力じゃないけど、リミッター的なのが外れてた。

 不意に訪れた静寂に視界がクリアになった。

 美咲は涙を零さない様に微笑んでた。

 まだ笑ってくれるの?

 私にそれをくれるの?

 ほんっとうにトチ狂ってるよ。美咲も、私も。


 それを見た私は弾かれるように手を放して、ついでにベッドから転げ落ちた。

 美咲は解放されたせいか、げほげほぜーはーと全身で息をしていて、生きていた。

 良かった生きてる。

 安堵で涙があふれた。

 そして私は両手に残る感触から、何をしていたか段々と理解して、その場で吐くのを何とか我慢した。

 最早ぶちまけたスクールバックの中身なんかどうでもよくて、私は震える足でその場を後にした。


 これが初めての殺人未遂。


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