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仮称 underdogs  作者: 青江兼次
ライフ・イズ・シット
6/8

トラック6 プレコーラス

 あれは高校三年生の冬だった。


 年が明けてた。

 この頃は当然っちゃ当然なんだけど私達には同級生と下級生しかいなくて、大人の仲間入りが近い美咲の人気は絶頂を迎えていた。

 でも、同級生も一個下も美咲に気があるヤツは全員玉砕してるか諦めてた。

 一年生も気があるヤツの半分は既に恋破れていて、もう半分は『卒業式がラストチャンスだ!』って備えてた。

 身の程を弁えろよホントにさ。

 そんなだから私が伝書鳩になることもめっきり無くなっていて、だから……その日のことをよく憶えている。


 放課後だった。

 私はいつも通り美咲と一緒に帰る約束をしていて、下駄箱への一歩を踏み出す度に、第二の戦となる大学受験の為に詰め込んでいる諸々が頭の中から零れ落ちていく、そんな……なんてことない日だった。


「一二三先輩」


 下駄箱にたどり着いてローファーを取ろうとした時、私を呼ぶ声が聞えた。

 その声は震えていた。緊張と走ってきたせいだった。

 私は振り向いてその顔を見た。


 うん整った顔だ。美しい。けど、美咲ほどじゃない。

 セミロングが似合ってる。でも、美咲ほどじゃない。


 悲しいかな『美人は三日で飽きる』は嘘だ。

 私はおよそ六年見てきたけど、見飽きたことなんかないんだよ。

 その子の頬には赤みが指していて、瞳も潤んでいて、『貴方に恋してる』って感じだった。

 いやいや、伝書鳩にまでそんな顔しなくていいんだよ。

 これまでも何人かそういう子いたけどさ、どんだけ美咲への想いを拗らせちゃってんのよ。

 私みたいに手を組んで『生きていてくれてありがとうございます』って、祈りを捧げようよ。

 そっちの方が絶対いいって。

 無言で読み終えたラブレターをズタズタに引き裂いて『紙吹雪ってきれーだね』って遊び道具にされるの嫌でしょ?

 拾い集めてゴミ箱に突っ込むこっちの身にもなってくれよ。


 私は黙って右手を差し出した。

 その子は逡巡していた。私の行為の意味を考えているみたいだった。

 美咲待たせてるから早く渡してほしいんだけどね。

 てか、ラブレターどこなの?

 身一つで来てるみたいだけど……なんて考えていた。


 その子は私の手を握った。

 ぐっしょり濡れてた。

 二桁もない気温だったから私の指は死人みたいに冷たくて、その子の温度で手のひらが火傷しそうだった。

 体温高すぎ。

 てか、なにこれ……意味分かんないよ。

 そして、物凄い力で引っ張られた。

 つんのめってリノリウム……じゃなくてあれだ、塩ビとディープなヤツをかまして歯を折るかもしれなかった。足が間に合ってなんとか倒れずに済んだ。

 でも、それで終わらない。

 その子は私に背を向けてもう一歩踏み出してる。手が軋むほどの力で握られていて、到底振り払えるものじゃなかった。

 一歩、また一歩。

 その子と私の足は回転数を上げていく。

 当然の帰結として、二人で廊下を走っていた。

 なんなんだよ、もう。

 どこ向かうか私知らないんだけど?

 階段に差し掛かると昇ることを選択したようで、こっちを振り返ることもなく駆け上がっていく。

 速いって。マジこけそうだから。今繋がってんだって私達。ちゃんと配慮してよ。

 一段飛ばしに進む上履きの色は一年生の緑だった。

 ねぇ……先輩に対するリスペクト欠けてない?

 こいつ、まさか……美咲の同類か?

 ならさ、ちゃんと頭の螺子絞め直して。

 そうして行き止まりに辿り着く。

 いつかの光景がフラッシュバックする。


 鍵のかかった扉。二人で感じた浮遊感。悪魔が顔を出した日。


 がちゃり。

 扉が開いた。

 マジか……知らない展開じゃん。


 くいっと引っ張る腕に抗えないから、その子に続いて屋上へと踏み出した。

 日差しが眩しい、視界が一瞬白に染まった。

 それと同時に耳の機能が拡張した。


 校庭で金属バットがボテボテのゴロを打つ音を聞いた。ボールはファーストミットに収まったっぽい。

 体育館の方からバッシュ特有のゴムがキュッとなる音を聞いた。多分だけどレイアップじゃない?

 学校の外周を走る息遣いを聞いた。もう駅伝は終わったんだっけか。


 不意に思った。

 美咲がいなかったら、どんな青春を送っていたんだろって。

 あと二か月弱で終わる高校生活のもしもを探す。

 結論はすぐに出た。

 何も思いつかない。

 なんの部活もやらず、美咲と帰ることしか知らないから、もしもなんて想像すらできなかった。

 あれか、ジャンプに載ってるラブコメみたいな感じか。

 碌に読んでないけど。バトル漫画雑誌でしょ、あれは。


 その子がやっと私の手を放す。

 濡れた手が冷えていく。

 周りはこんなに騒がしいのに、私に背を向けたその子は何も言わない。

 私だって何も言わない。

 私はこの子と何の関わりもないし。

 そう、私はこの子の名前すら知らないんだ。

 そのくせ向こうは、私の名前を知ってるんだ。

 いつかの過去みたいに。


 私は美咲じゃないよ。

 ホントに何やってんの?

 私のラブコメはもう中学校で終わってんの!

 恋なんて跡形もなく消えちゃってる。

 そんな穢れたもの持っていたら美咲と一緒にいられなかったから。

 今の私にあるのは信仰だけだ。美咲という私の神様への。

 たまたま近くにいる私が他の人より少しだけ多くアガペーを受け取れる、それが全てだ。

 その微笑みが全てだ。

 高校に入ってからの三年間で私は執着すらも捨てた。もう美咲の隣にいなくてもいい。

 積み上げてきた時間はか細い一本の糸になって、なんでか今の私達を繋いでるんだ。

 だから、私は美咲が大学に進学するかどうかも知らない。私は塾にすら行ってない。

 ただ……美咲がこの星のどこかに存在していてくれるなら、それでいい。

 こんな私の心なんて君は知らないか。当然知らないよね。

 それとも、知ったこっちゃないのかな?


 その子が振り向いた。

 若干涙がこぼれてた。

 顔が真っ赤に染まってた。

 勘弁してよ......まだ夕暮れ時じゃないから誤魔化せないんだよ?

 分かってんの?

 私に向けないでよそんなもの!

 目の錯覚だったって……思えないじゃん。


 また逡巡してる。

 彼女、か。

 確かに私は一時期美咲に恋をしていたかもしれない。

 でもそれがなくなってしまった今、自分が本当の意味で同性愛者なのかどうかも分からない。

 分からないことだらけだ。


「一二三先輩」


 さっき聞いた言葉と一字一句違わないのに、音がもう今にでも爆発するんじゃないかってくらいの熱を持ってた。

 口は挟まない。挟む気もない。

 私は待つだけ。


「ずっと前から好きです」


 だから、なに?

 そりゃこんな完璧なシチュエーションでそんな顔してたらさ、どんな馬鹿にでも伝わるでしょ。

 言葉にするまでもないって。

 私は美咲じゃないんだから。頭が火星までぶっ飛んでる女と一緒にしないでよ。

 それともなに?

 私は後輩達の間では馬鹿で有名なのか?

 それなら挽回する機会をくれないかな?

 何でもいいけど彼女の望みが音になってない。

 なんだ?

 酸素がないのか?

 いつかの私みたいに。

 ふざけんなよ。

 ここは閉ざされてないんだから、あるに決まってんでしょうが。

 ほら、見上げてごらんよ。

 ね?

 ここは成層圏だって見える場所なんだよ。

 それとも壊れちゃったのかな?

 脳か、喉か、どこでもいいけどサッサと修理して機能させて。

 はやくしてよ。

 時間が無いんだって......こっちは。


「わ、私と」


 そもそも根本的な問題だけどさ。

 貴方には後二年もあって、私には二か月ぽっちもないよね?

 セーラー服を着てられる時間のことなんだけど。

 で、一体それで何が出来るの?

 何がしたいの?

 そんな一瞬じゃあ、私は貴方のこと好きになれないよ。

 好きになる前にセーラー服押し入れ行きだよ。

 制服脱いだら私との間にある接点なんて無くなっちゃうよ?

 貴方は、ただただ私のことが好きで、魂から零れ落ちるその気持ちを見つめ続けることが耐えられなくて、でもどうしたらいいか分からなくて、最終的に弾き出した結論がその原因に全部『ぶちまける』ってことだったんだろうよ。

 そんなガキみたいな理論で突っ走っちゃったのかもしれないけど、言われた私はどうしたらいいの?

 あっそうって一言で終わらせてもいいわけ?

 私のこと好きになってくれてありがとうって、貴方とは付き合えませんって、そう言えば満足するの?

 それとも、人生振り返った時にあの頃恋してたなーって思い出が欲しくて、何か私と記念にしたいことでもあるのかな?

 血が通ってるのか怪しい私の冷たい手と恋人繋ぎしたいのか?

 拭っても拭いきれない穢れが塗られた私の唇にキスしたいのか?

 並んで歩いてデートの真似事か?

 あぁ、そうか、分かっちゃった。

 アレだろ?

 セックスってヤツだ。

 すっかり忘れてた。そりゃ高校生だもんね。したいよね。

 かつて私と美咲が創った星でそういった行為があったかどうか分からない。

 多分だけど……なかったんじゃない?

 それに星は気付いた時には流れてて、音を立てて爆ぜてしまったから、恐らく私は未経験だと思うよ。

 だからなんだって話なんだけどさ。

 そうか、セックスかー……なるほど、ね。

 この子と私が、ねぇ?

 そう思うと、ちょっとだけ興味が湧いてきた。

 私は私の神様を決めてしまったけど、勝手にやってるだけだし、なんなら私一人でやってるし、己に絶対の禁欲を課したわけじゃないしね。

 泣き顔そそるね君。

 綺麗な顔が歪んでるのが美しいね。

 赤く染まった顔がいやらしいね。

 比べるのは美咲に失礼だけど美咲とちょっとだけ似てるかも。

 勿論、雰囲気だけね?

 甘美な誘惑かな、これは。


 だから、その続きが気になった。

 付き合いたいとか、そういう上っ面はいらないんだよ。

 欲を剥き出しにした口にすることさえ憚られる欲求が、その色鮮やかに染められた唇から欲しかった。

 私と何がしたいんだよ。

 私にどうされたい?

 言えよ。一言でズバッとさ!


 がちゃ。

 危な、悪魔に思考を支配されてた。

 また過ちを犯すところだった。

 なるほどねぇ……やっぱ屋上って人気スポットなの?

 皆クソ映画の見過ぎじゃない?

 私は一人では見ないけど。誰でもそうか。

 なんで美咲と一度もここに来なかったんだろう。


「宇多葉」


 それは私を表す名前。

 んー……そこに込められた意味を、私はどう解釈すればいい。

 難しいなー……今のは。頭が理解を拒んでるっぽい。


「何してるの? こんなとこで」


 あらあら、何が起こってるのかさっぱり分からないけど、二個下の後輩が心臓止まりそうになってますよ、美咲さん?

 私を想って流れていた涙の意味が変わっちゃいそうなんですけど、美咲さん?

 いやいや、マジでどうした?

 私を挟んで超能力バトル漫画みたいな戦いでも始まってるのか?

 目の前の顔を見る感じ、一方的なジェノサイドっぽいけど。

 まぁ、当然と言えば当然か。


 神様には勝てないよ──人はさ。


 触らぬ神に祟りなしっていうでしょ?

 だから睨み返さないほうがいいって。

 もう負けてるから。

 そういう表情は貴方には似合わないよ。


 というか、どうして美咲がそんなに感情的なんだ?

 いつものミステリアスなご尊顔はどうした。

 顔見えてないけどね。

 でも分かるよ。これは異常すぎる。

 迷える仔羊を救う微笑みはどっかに忘れて来たのか?

 それとも、ひょっとして私が知らない顔でもしてるのか?

 なら何故、私のことは断罪しない。

 なら何故、私のことを許している。

 分からないことばっかりで頭がパンクしそうだ。


 手を握られる。

 フラッシュバックする。

 熱くて濡れた手。

 一瞬で現実に戻ってくる。

 握られた手は火傷なんかしてない。握り返した手は濡れてなんかない。

 身体ごと引っ張られる。今日二度目なんだけど。

 なんだ、これ……今日という日が最悪になるんじゃないかって、確信めいた予感がしちゃうんだけど?

 懐かしいな。

 美咲に触れられるなんていつぶりだろう。


 私は泣きじゃくる年下の女の子に背を向けて、美咲と階段を降る。

 美咲は手を離さない。

 誰かに見られている。

 ねぇ、その目には何が映ってる?

 当ててあげようか?

 学校一、いや、世界一の女が、愚劣で卑怯な女の手を引いている、そんな光景でしょうが!

 だから、こっちに気付かれたからって下を向くんじゃない。

 私を見ろ。

 美咲と私はそんな関係じゃない。

 目を逸らすな。ちゃんと見ろ。

 これは欲求に負けそうだった愚か者を連れ出し、罰し、正し、許す、神様の導きなんだ。

 そんで全て終わった後に、然るべき場所で私は一人で懺悔するんだから。

 だ、か、ら、見てはいけない逢瀬を見てしまったと顔に書くのをやめろ!

 お願いだから、やめてよ……。


 靴を履き替える。

 青い上履きから黒いローファーへ。彼女とお揃いの色からお揃いの色へ。

 居残ってた、部活動中だった、そんな生徒たちがこっちを見る。

 その沢山の目は相も変わらず私達を穿つ。

 私達の日常、そのはずなんだ。

 なのに、今日だけはやめて欲しいと思ってしまった。


 街を歩く。いつも通りだ。

 手を繋がれている。いつも通りじゃない。

 沢山増えた中間距離を目指してる。それなのに会話がない。

 なんでだよ。

 私が喋らないからか?

 美咲が唇を噛んでいるからか?

 マジで何がどうなってるんだ。

『映画見よう』とか、

『アイスコーヒー飲もう』とか、

『立ち読みしよう』とか、

『ハトに餌やろう』とか、

 くだらないことを何回でも繰り返してきたでしょ?

 なんで美咲は黙っているんだ。

 なんで私も黙っているんだ。


 辿り着いた。

 ここが今日の中間距離か。

 いつか遊んだ公園。滑り台がロケットの形をしてる。

『今日は何する?』って、やっと口が動いてくれた。音になった。

 くいっと、引っ張られた。

 音は意味を持つ前に霧散した。

 じゃりじゃり、ローファーの底を砂が削る。

 子供が私達の横を駆けていく。

 ほら、余所見してたら危ないよ?

 ちゃんと前を見て?

 お姉さんたちは大丈夫だから。自分が転ばないように気をつけてね。


 嘘だ。

 全然大丈夫なんかじゃない。

 もうなんか、胃が痛い。

 絶対良くないことが起こる。確信してる。天変地異に匹敵する何かが、起きる。

 でも美咲は止まらない。

 ぐいぐい引っ張ってくる。

 めっちゃ急かされてる。こいつ無邪気な犬かよ。私は飼い主かなんかか。

 くっくっ、美咲ちゃんさぁ、マ、ジ、で……馬鹿にすんなよ私を!

 美咲が上で私が下なの!

 美咲が神様で私は愚者!

 そうでしょ?

 そうだって言えよ!

 頼むからそうだねって、言ってよ。


 公園の出口が見える。

 砂利とアスファルト、その境界線を美咲は超えた。

 だってのに手を離さない。

 これはマズい。その先を私は知らない。

 これを踏み越えたら、何か大事なものを失う気がした。

 くっは! あは、あはは!

 ばっかじゃねえの!

 この噓つきが!

 そんなもんあるわけないでしょ!

 もう全部美咲に捧げたはずだから。ただ偶々隣にいるだけなんだから。

 残ってるもんなんて罪だけだろうが。

 はいはいアガペーアガペー。私には大事なものなんて何も残ってない、そのはずなんだ。

 だから、仕方なく踏み越えた。

 繋いだ指先が火傷しそうだった。

 美咲の温度が、あの子と似てた。


 一時停止。


 やば、このトラック滅茶苦茶長いね。

 しかもクソなことに、まだ終わりじゃないんだよね。

 今風に言うとプレコーラスが終わって、これからコーラスってとこかな。

 やっぱ何だかんだで、こっからが一番ワクワクするよね。

 リリックもメロディーも最高潮に盛り上がって感情爆発するでしょ?

 ま、これ回想と妄想だからこの先に待ってるのはいよいよクソになる私なんだけどさ。

 マジで全然ワクワクしねえわ。

 ごめんね。何度でも謝るから許してほしいんだけど、もう割と限界来ちゃってて。

 この現実逃避で始めた振り返りをどうにかしてカッコつけた言い方にしたくて『コンパクトディスク』とか『ベストアルバム』とかカッコつけた言い回ししたんだけど、流石に苦しくなってきた。

 全然まとまってねえし、ただのこれまで歩いちゃった人生の垂れ流しだし。

 もしかしてマジに走馬灯だったりするかな。

 あ、ごめんね?

 茶化さないと心折れそうだった。

 なんだっけ……はいはい、プレーヤーの再生ボタンね。

 そうだね、そういうていでやってるからね。設定したルールを今更変えられないからね。

 はは、ホント馬鹿馬鹿しいわ。


 再生。


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